part.3

後で知ったが、それは一時的な停電だったようだ、秋山の怖がりのせいで、真昼間の停電にも関わらず、親父さんの幽霊の事が頭にあるのか、良いところまで行った行為もそこでお終い。気の毒なのはいつもお預けを喰らう八神だった。意外と忍耐強いと秋山も八神本人も思うのだが。


取り敢えず遅い昼飯を食いに駅前をぶらつくことにした。あいにく田舎町の駅前に小洒落た店などあるはずも無く、目立っているのはコンビニとキッチュな喫茶店とうどん屋くらいなものだった。

二人は連れ立ってそのキッチュな喫茶「バンビ」の方へと足を向けた。

チリリンと、何処か懐かしげな音を奏でてドアを開けた。

娯楽の乏しい田舎の喫茶店は何処からわいてきたかと思うほど大賑わいだった。見慣れぬ客が入って来ると、それまでガヤガヤとうるさかった店内がシンと静まり返り、否応なく秋山達は注目を浴びることになった。

取り敢えず二人は一番隅っこの目立たない席へと腰を下した。

何となくこの浮く感じが秋山は堪らなく苦手だ。

お絞りと水を持ってきた店員に、一皿に洋食を詰め込んだバンビセットなるものを注文した。早い話しが大人のお子様ランチだ。

そんな二人の一挙手一投足が気になるらしい。皆、知らん顔の向こう側では興味津々で二人を見ている。


「なんか、こう…やりずれぇな。俺たち目立っちゃってる感じ?」


向かいの秋山に八神が身を竦めるようにしてこそっと話しかける。まあ、そうかもしれなかった。

皆が注目したのは、八神のその服装だった。

紺のダウンパーカーに黒いジーンズ。グレーのニット帽を被った秋山に対し、八神はと言うと、紫色のペイズリー柄のシャツに黒いスラックス。事もあろうか毛皮もどきの安っぽいコートを羽織り、いかにも水商売と言う風体で悪目立ちしていた。

秋山はこの男と一年暮らしていた間にすっかりこの服装に慣れてしまい、世間の目とはかなりズレている事に気がついた。


「八神さん。水商売もう辞めたんですよね。何でそんな服装しか無いんですか」

「水商売は辞めたが金が無いのだ」


きっぱりと胸を張る八神の後ろで三人連れの女子ぃーズがコソコソと「ホスト?ホストなの?」などと噂をしている。恐らくホストなど初めて見る人種なのだろう。

穴があったら入りたい秋山とは違い、八神は彼女達にくるりと振り向き、

「へえ?こんな田舎にも可愛い子達がいるんだねえ〜、ハァイ!」などとヒラヒラ手を振ってバブリーな愛想を振りまいていた。


「八神さん、何で服買う金も無いんだ。パチンコ店でバイトしてませんでしたっけ」

「あー…、あそこは耳の健康に良く無いから辞めた」

「宝くじ売り場は」

「俺になってから全然当たらないと文句言われたんで辞めた」

「はぁ…そうですか。早く見つかると良いですね、仕事…」


秋山はうつろに八神を眺めた。

ヤル気はあるのだヤル気は。それは秋山も認める所だ。ただ長続きしないだけなのだ。それが一番重要なのに。

結局は一年経っても八神は無職のままだった。


二人がバンビセットを食べていると、店に入ってきた三人組が秋山に気がついて近づいて来た。


「あれえ?秋山じゃん?帰って来てたのか!ほら、オレだよオレ、浜岡」

「あ、本当だ秋山だ!オレだオレ!山本でーす」

「金田だよーん!」


懐かしの同級生の登場かと思ったが、その馬鹿っぽい挨拶に八神は思わず喉奥でせせら笑ってしまった。


「ああ、覚えてるよ。お久しぶり」


秋山の形骸的な挨拶。気乗りのしない声のトーンで、彼らのことが嫌いなのだと八神にはすぐに分かった。


「今から実家に帰るのか?すごいなー勇気あるなーオレならとてもとても!」

「流石、秋山だな!」

「親父さんも墓の下で喜ぶだろうな」


クスクスと笑いを含みながらの慇懃な態度に、静かに八神がブチ切れていた。

八神は半熟卵の黄身をフォークで突いていたが、過失のフリをして男の一人にピッ!とフォークの先についた黄身を飛ばした。


「あ!!すんません!申し訳ない!今すぐ拭くよ!」


そう言うと濡れたおしぼりで、卵のシミを拭うフリをして、半熟の黄身をベットリとセーターに塗り込んだ。


「ああ!!マズイぞ!シミが広がってしまったぞ!」


「わっ!何すんだよ!お前!」


叫ばれると八神は慌てて立ち上がり、ついでのように、なみなみと中身の入ったコーヒーを床に落としてぶちまけた。

三人は騒然となって、床に溢れたコーヒーの海から後ずさった。


「すいませーん!!雑巾かモップを!!コーヒー溢しちまって!ああ、俺いま拭きますからっ!」


奥の店員に向かって大声を出すと、店員の持ってきたおしぼりで八神は再び男のセーターに手を伸ばした。


「何なんだよ!アンタは!!ああもう良い!良い!オレに触るな!!」


そう言うと男三人組はガタガタと店の外へと逃げ出して行った。

それを見送る八神の片方の広角がくっと上がった。


「何してんだよ!八神さん!…ああすいませんっ!僕が拭きますからっ」


恐縮しまくりの秋山は、店員に手伝ってせっせと床を拭いていた。


店を出てから秋山は至極不機嫌そうだった。無言でコンビニに入って行き、線香とライターを購入し、また無言で店を後にした。後から金魚の糞宜しくくっついて来た八神は焦っていた。


「なあ、先生、怒るなよ。だって頭きたんだよ。友達だからってあんな失礼な態度は無いだろう?先生、怒るなって、俺が悪かったよ、なあって」


八神は秋山の腕を捕まえて振り向かせた。下を向いていた秋山の肩が小刻みに震えていた。


「ふふっ、くくく…八神さん、アンタ最高だな!あー、胸がスッとした!」


秋山が泣いてしまったと思っていた八神が脱力した。そして共に笑い出していた。


「ははは!あいつら慌ててたな!ははっ!クリーニングで落ちるといいな、あの黄色いシミが!」


「あっはははっ!足にもコーヒーかかってましたよ!ブランドの靴でしたね!あの顔!可笑しかった!」


路上で二人して腹を抱えて笑っていた。良い思い出のない故郷であったが、それだからこそ、秋山は、少しだけ八神を連れて来て良かったと思い始めていた。









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