墓参りの呪い

part.1

商売などやっていると、年末年始や祝祭日などは余計に忙しいものである。

当然、ゴールデンウィークも無けれ盆暮れ正月もありゃしない有様で、それは秋山の理髪店とて例外には及ばない。

もうここ何年も、忙しいと言う理由にかこつけ、実家の墓参りにすら行けていないのが実情だった。今年こそはと思いながら。


秋山の経営する理髪店は場末の繁華街の片隅にある小さな理髪店だ。

水商売の人間を相手に細々と商売を行なっている。その理髪店の二階に、秋山はもう五年も一人で住んでいた。

そんな部屋に最近少しばかり変化があった。元ホストの中年男、八神が引っ越して来たのである。ルームシェアとか聞こえは良いが、実情そんな立派な物では無い。

昭和レトロな六畳間に狭い三畳程の台所、風呂は無しという物件だった。そこに男二人で暮らしているのだ。考えただけでもむさ苦しい。

だからといって決して同棲と言う訳では無い。二人は友人とさえ言い難い関係なのだ。身体の関係だって未だに30%くらいでお世辞にも恋人関係というには痴がましい。

そんな奇妙な同居生活も、早一年経とうとしていた。

去年のクリスマスの時期は忘れもしない大騒動で、秋山の店は半壊状態。八神に至っては全壊状態と言っても良いほどの惨憺たる年末年始だった。

せめて今年は静かな年の瀬をと思っていたのだが、何やら今年も神様にそんな慈悲深さは無いようだった。




「八神さん、八神さん!起きてください。今日は貴方がコーヒー当番です」

「ふが?」

「ふが?じゃ無いでしょ、もう連続五日僕がコーヒー淹れているんですから、今日くらいはお願いしますよ!」


なかなか起きてこない八神の身体を秋山は布団の上から揺さぶった。

当然、寝坊常習犯の八神がこんな微温い起こし方で目覚めるはずもない。

諦めて、まだ寝床でふにゃにゃけている八神を放っぽらかし、秋山はまだ薄暗さの残る台所へとコーヒーを淹れる為に立った。

台所と六畳間は嵌めガラスの入った引き戸で申し訳程度に分かれている。

六畳間はストーブのお陰で辛うじて暖かいが、台所となると極寒である。

寒さに身体を震わせながら、秋山は薬缶で湯を沸かし始めた。

窓の下を見ると、朝の繁華街はまだ眠っている。人通りは無く餌を求めて通りを闊歩するのはカラスくらいな物だった。


この部屋には風呂が無い。なので朝一杯のコーヒーを飲んでから連れ立って銭湯に行くのが常だった。

そんな間柄だと言うのに、二人の間にはまだ見えない壁のような何かが存在しているようだった。

多分にそれは秋山の方に問題があるように思えた。

明け透けな八神に対して、秋山はと言うと、鎧で身を固め、己の中に侵略して来る八神と言う男を警戒しているように見えた。

だがそれは一旦侵略を許せば、果てしなく征服を許してしまう恐怖が秋山を縛っているからなのだ。

決して八神を拒んでいるわけではなかった。


薬缶の湯が沸くと、以前八神からもらった賞味期限切れになっているコーヒー豆を挽いてドリップし始めた、芳醇な香りが充満し、ボロ屋が少しだけ高級になった気がする。

背後で八神が起きた気配がした。漸くお目覚めかと、台所へ入ってくる八神へと後ろを向いたままで話しかけた。


「おそようですね。コーヒー今日も僕が淹れましたよ。せめてカップ取ってくださいね」


そう言ってみたものの、八神から一向に、返答もカップも渡される気配がない。


「カップ待ってるんですが?」


ただでさえ低血圧で朝が苦手な秋山が焦れて手を出しながら振り向いた。

薄暗くて顔が良くわからない。

いつもの八神と少し違う気がする。

目を細めてその顔を凝視ししながら話しかけた。


「八神さんカッ…ぷ…、、」


そう言いかけた時だった、秋山は目を見開いて叫けび、驚きの余り床に尻餅を付いた。


「うわぁぁぁぁー!!!」


ずっと八神の気配だと思っていたものは、八神の身体に父の顔をした何かだったのだ。

それは通りにまで響き渡るような凄まじい悲鳴だった。

さしもの八神もこれには跳ね起きた。


「何だ何だ!!どした先生っ!!」


秋山は更に驚いて尻餅をついたまま八神を指差した。その指はワナワナと震えている。


「や、や、や、ど、ど、」

「うん?八神さん、どうしてって言いたいのか」


秋山はカクカクと頷いた。

人間本当に怖い目にあった時はなかなか言葉にならないものらしい。

当てずっぽうだが的を得ている八神が、秋山の言葉にならない言葉を代弁していた。


「や、…八神さん、アンタ本当に八神さんか?!」

「ははははは!おもしれえな先生、何を言ってるんだ?他に誰がいる。六畳を見渡したって他にいる訳ないだろう?変な夢でも見たのか?」


秋山の顔は青ざめていた。冗談が言えるような雰囲気では無い。

ほら、立てよと八神は秋山に手を差し出した。


「夢じゃ無いよ、今、いま、八神さんかと思ったら、と、父さんが、父さんがいた!」

「何を馬鹿なこと言ってるんだ。先生のお父さんはもう亡くなってるんじゃ無いか」

「だから怖いんんじゃ無いか!」


少しヒステリックになっている秋山を立たせると、俺がコーヒーを入れてやるからと、まるで自分が淹れたような口振りで、マグカップを二つ用意すると、熱いコーヒーを注ぎ入れた。


「ほら、まあ落ち着いて、コーヒーでも飲めよ」


そう言って、秋山のカップに手が触れた時、そのカップが真っ二つに割れ、決壊したコーヒーが床に広がった。


「と、父さんの呪いだ…っ!墓参りに行かないから怒ってるんだ!」


墓参りしていない事が、よほど負い目に思っていたのか、それとも余程恐ろしかったのか、珍しく秋山は、ガードを緩めて自ら八神の腕に縋り付いて震えていた。

いや、緩めてと言うよりも、そんなところに気を遣えなかったのだった。

そんな訳で、今年の暮れは店を休んで、秋山は実家へ墓参りに行くことにしたのだった。

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