part.6

「ええ?!今月いっぱいで立ち退き…?どういう事ですか?」


スマホ片手に支払いを済ませた客に愛想良くお辞儀をしながらも、驚愕な内容に秋山は内心の動揺を隠せなかった。

この年末に来て、こんな急な話しはどう考えても理不尽だ。


「待って下さい!せめて二ヶ月待って頂けませんか!……いやでもそんな一方的な…、もしもし?

大家さん?もしもし?!」


大家は一方的に秋山に喋って通話は事切れた。

暫く呆然と立ち尽くす秋山だったが、そんな事はお客には関係無い事だった。

兎に角今は何も考えないようにして仕事に向き直った。

仕事がひと段落する頃は、折り返し大家に電話を入れるのには非常識な時間になっていた。


「困ったな、どうしたらいいんだよ!酷いよ!年末年始の予約客だっているんだぞ!こんな理不尽許されない!」


怒りは後から後から湧いてくる。

こんな時、八神がいてくれたなら、ふざけた事ばかり言って気を紛らわせてくれるのに。

自分が追い払ったくせに、そんな都合の良いことを考えていた。

秋山はもう一度、交渉すべく、大家からの連絡を辛抱強く待ってみることにした。それでも駄目なら訴えるべき所へ訴えてやろうかとも真剣に考えていた。

明日はクリスマスイヴだと言うのに、気分はどん底だった。

今頃、八神はどうしているだろうか。仲間のホスト達と上手くやっているんだろうか。

何故かそんな事ばかり思い浮かんだ。


次の日のイヴ当日も、遅くまで客足は途絶えなかった。街はますます賑やかに、何処かのバカが、往来で花火だか爆竹だかをけたたましく上げていた。

何人かの若者がたむろって、何だか乱痴気騒ぎをしている。棒切れを振るって、地面や壁を叩いたり奇声を発したり、その一団が事もあろうか秋山の店になだれ込んできた。

そいつらは所構わず店のあらゆるものを容赦なくぶっ壊し、窓や鏡を叩き壊した。

お客らは皆、逃げるように外へと出て行き、秋山は茫然となって立ち竦んでいた。

そんな騒然とした店内へと若者を掻き分けるように八神が駆け込んで来た。


「止めろ!止めてくれっ!!この店には何も関係ないだろう!!

俺一人の問題だ!!」


八神はまだ暴れ回っていた男の腕を縋るように掴んだが、蹴り飛ばされて床に転がった。


「アンタが玲斗さんの女を取るから悪いんだろう?!

しかも、それはうちの若頭の御嬢さんだ!」


そう言うと、その男は店のライトを一つはたき落とした。


「止めろ!!もう止めてくれっ!」


「甘いこと言って、シャンパンタワーをせしめやがって!レミーマルタンも入れさせたそうじゃねーか!ええ?!何本だ?一本か?二本か!」


男はカウントする度に店内のライトを一つづつ破壊した。

床にライトの破片が降り注ぐ。


「や、八神さん、これは一体、どう言う事ですか…っ!」


床に蹲み込んでいる八神に駆け寄ると、八神は左腕を吊っているのが分かった。


「八神さんっ、アンタ腕が…!」


「そこのお前も、あんまり立ち退きゴネてるとまずい事になりますよ?」


秋山に男が凄んだ。

急な立ち退きと、この八神のゴタゴタは繋がっていると、この時初めて秋山は理解した。


「立ち退き…?立ち退きって…」


本当なのかと、問うような八神の眼差しに、秋山が頷いた。

慌てた八神はその男の足元に額を擦り付けて懇願した。


「いや、それだけは勘弁してくれよ!」


その八神を男は脚で払い除けた。


「なら御嬢さんから巻き上げた金を返せ、そしたら何とかしてやる」 


男は足元の八神に蹲み込んで、その顔を下衆びた薄笑いを浮かべながら覗き込んだ。八神の目が左右に泳ぐ。


「か、金はもう…無い。

なあ、今すぐじゃなきゃ必ず返す!だから…この店には手を出さないでくれっ!」

「ふざけた事言ってんじゃねえぞ!」


再び男が立ち上がって店の物を壊し始めると、背後にいた何人かの男達までもが、一斉に店の物を破壊し始めた。


「止めろっ!僕の店だ!!」


秋山は無謀にも男達を止めようとそのうちの一人に掴みかかっていた。その手目掛けて棒が振り下ろされた。


「…っク!!」


鋭い痛みが走って秋山は蹲った。あろう事かそれはハサミを持つ大事な右手だった。


「先生!!」


血相変えた八神が秋山へと駆け寄った。手からは血が流れていた。

それを見た八神はカッとなって立ち上がると、暴れている男目掛けて拳を振り上げていた。


「てめぇ…!!人が大人しくしていりゃあ!!!」


こうしてこの場末の比較的平和だった繁華街に騒然とした大立回りと乱痴気騒ぎが繰り広げられる事となった。通りに流れるクリスマスソングもヒートアップして、なんとも賑々しいクリスマスイヴである。

当然、周りからの通報で警察が駆けつけ一応、騒動は鎮圧されたが、八神は今度こそ大嫌いな病院へと搬送される羽目になった。


秋山が警察から聞かされた事は、要するに、後輩ホストの贔屓ひいきにしている常連客を、ここの所やる気を出した八神が奪った事から話は始まったようだった。

連日、高い酒やシャンパンタワーなどを入れさせて、店には貢献したが、後輩のホストには恨まれた。

ところが、その女客と言うのがまた厄介な事に、ヤクザの若頭の御嬢さんで、後輩ホストは親父であるその若頭に、八神が娘にちょっかい出したとか、連日連夜散財させて娘を弄んだなどと、腹いせに尾ヒレをつけて話して聞かせた。当然親父は怒り心頭で、八神がこの所、懇意にしていた秋山の店にまで、こうしてとばっちりの嫌がらせを受ける羽目になった。と、そう言う顛末てんまつだった。



白いカーテン、無機質なベッド。

そして八神は全身包帯だらけで横たわっていた。片足を吊られ首にはコルセットを巻き、頭にも包帯とネットが厳重に巻かれ、素肌の面積の方が明らかに少い状態だった。

その傍には自分も右腕に包帯を巻いた秋山が付き添っていた。

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