第4話 社長の楽しさ



中国の張さんから、色々な雑貨と、何十枚もの段通(手織りの絨毯)が届いた。


段通は、ウール100% 、手織りで、厚さが5センチ位ある、ずっしりとしたものばかりで、殆どは、普通は最低でも30万円以上の値段で売られているようなものばかりだった。それらを、その半分以下の値段で売ることが、張さんのおかげで私には可能になったのだ。


店の内装も着々と完成に近づき、私はいつになく精力的に馬喰町などの問屋街を歩き回り、フォトフレームやマグカップ、オルゴールや花瓶といった類いの小物や、テーブルクロスやテーブルセンターなどの布製品、メルヘンチックなティシュカバーや、イヤリングやブローチなどのアクセサリー、そして婦人用のトレーナーやブラウスなど、ありとあらゆる物をごちゃ混ぜに仕入れ、そこは素人の無知の強みで、輸入雑貨というよりは、何でも屋みたいに店のあちこちに並べ立て、コンセプトとやらも主張するテーマも何もないまま、無我夢中で開店の日を迎えたのだった。


いや、もう少し正確に言うと、いつの間にか開店という事になっていた。というのは、10月1日開店の予定で準備していたのに、仕入れてきた荷物をほどいて店に並べていると、人通りの少ない住宅地であるにもかかわらず、お客さんがぽつり、ぽつり、と入って来て、並べる先から商品が売れていくのだった。

「ごめんなさいね、正式に開店していないのに。でも、わたしこんなタペストリー見た事ないの。どうしてもほしいわ。今いただいちゃだめかしら」

「ど、どうぞ、(さすが張さんの見立てた商品だなあ。えっとこれは原価が700円だから、一応2倍にして)1400円になりますけど、よろしいですか?」

「あら、そんなに安いの?ありがとう!」

といった中年女性のお客様や、またある婦人は、さっと店の前に車を止めて飛び降りると、

「これ、中国の段通でしょ?89,000円?そんなに安いの?本物?」

「もちろん本物です」

「うわあ、すごい!」

と手で触りながら、

「こんなに分厚いのね。デザインもすっごい素敵!ホントに89,000円なの?」

「そうです」

「どうしてそんなに安いわけ!?」

(うふっ、それはね、ヒ、ミ、ツ)とは言わず、ごほんと咳をひとつして、真顔で、

「うちは直輸入ですから。間に商社や問屋が入らない分、大分お安く出来るんです」

「うわっ、主人に言わなくちゃ、いや、ダメ、そんなことしてたら、これ、ほら、この大きな水仙みたいなのが真ん中にあって、うわっ、こんなキレイなデザインの、すぐ売れちゃうかしら」

「いや、そ、それは・・・まだ開店もしていないものでなんとも・・・」

「お願い、これとっといてくれませんか。すぐ銀行でお金おろしてきますから」

そう言い残して、店を出ると車に飛び乗って行った。


ふと、一面のウインドウから午後の陽射しが差し込む南スペイン風の誰もいない店内で、私は1人商品を並べながら、うふっ、うふふふ!と相好が崩れてくるのを抑えることができなくなった。

「う、売れる!」

そう。開店前の手応え通り、いざ蓋を開けてみても、仕入れた品物は次から次へと売れ、段通は多い時で1日に2枚、3枚と売れる日もあり、妻に店番を手伝ってもらいながら、1日の売り上げが40万円を越える日さえあったのだ。私はどんどん中国の張さんに新しいデザインの段通や雑貨を注文し、時には妻に店番を任せて馬喰町の問屋街を歩き回り、常にヘトヘトだったけど、簿記検定3級の腕前を生かしてひと月目の利益を算出してみたら、ざっと100万円以上の儲けがあり、さすがにその時は嬉しいのと疲れたのとで朦朧とした気分になった。

そして、

「どう?」

という妻の問いに、

「うん、これならまあまあだね」

と答えながら、口もとに笑みがこぼれるのを抑えることができなかった。

というのも、妻に、妻の預金の返済と、生活費として、合計50万円渡しても、私のポケットにはまだ50万円残っていたのだから。

「ヨッ、社長!どうですか景気は」

「えへっ、えへへっ、ぼちぼちでんな」

「社長のぼちぼちは並みのぼちぼちじゃねえからなあ。その、えへっ、えへっ、てのが油断ならねえ。いいねえ、儲かってる人は」

すぐ近くで電器店を営む頭のはげた主人が、時々店をのぞきに来ては、腕組みをしながらそんなことを言って、羨ましそうに帰っていく。それもそのはず、2ヶ月経っても、3ヶ月経っても、まるで開店セールのように私の店には客が絶えることなく、売上はますます順調に伸びる一方だった。


「あっ、社長さん、どうも、いらっしゃいませ。さっ、どうぞどうぞ・・・」

以前からの飲み友達と酒を飲んで、何度か行ったことのあるスナックへ行っても、そんなふうに店のママがテーブルへ案内してくれ、態度が以前とはてんで違うのだ。

ほかのだれよりも私を優先してミニスカートの女の子をつけてくれ、ママも一緒に座って、まあその愛想のいいことといったら・・・。

「ミナちゃん、社長さんとは初めてだったわよね。社長さん、こちらミナちゃんです、どうぞよろしく」

20代前半くらいかと思われるそのミナちゃんという女の子は、とりあえず話題を作ろうとして、

「どんなお仕事してらっしゃるんですか?」

と私に尋ねてくる。

「いや、ちょっとね、輸入雑貨店を経営しているんだよ」

「うわーっ、すごーい、わたし、雑貨屋さんやるの夢なんです」

「へえ、そうかね。あっ、それでここでバイトしてお金貯めてるんだね」

「いえ、そういうわけでもないんですけど」

「でもね、お金は貯めといた方がいいよ。輸入雑貨店はね、まず自分のコンセプトをしっかり持って、それに基づいて内装に最低5、600万はかけないとね。客をひきつけるのって、店の雰囲気作りも結構重要なんだよ」

「はあ、・・・あの、どんなもの売ってらっしゃるんですか?」

「いやね、まあ色々だけどね。フランスのものとか、スペインのものとか、ま、ヨーロッパ中心だよね。カントリー雑貨とか、エスニックなんて、もう古いね。やっぱりビィズィネスは先を読まなきゃ。日本人はね、やっぱり結局ヨーロッパですよ。特に西ヨーロッパね。そしてね、あのね、仕入れはね、重要だよ。やっぱり自分で足を運んで、自分の目で確かめたものでないとね」

デタラメが口をついて出て、私は酔った勢いでついつい饒舌になる。するとママが、

「社長さん、大変なのね。やっぱり自分で海外とかに仕入れにいかれるの?」

しらけて酒をちびちび舐めている友人を横目に、

「そりゃあ、もちろんさ。自分で行かなくちゃ。まあ、年に4、5回はヨーロッパに行くかな」

「うわーっ、ほんとにいいな」

と、ミナちゃん。

「ふん、ほんとにいいね」

と友人。

「おい、まあいいじゃないか。ほら、飲んでくれ。ここはオレのおごりだから」

「あっそう、じゃ、ありがたくいただいとくかネ」

そうして飲んで、ヘタな歌をうたって、したたか酔って、

「ママ、お勘定」

「あら、もうお帰りですか?」

「いや、何しろ忙しいからね、ヒィック」

「まあそうおっしゃらずにもっとゆっくりしていってくださいよ」

「そうもいかないんだヒィック、まあ、また来るから、ヒィック」

「そうですかあ、それじゃあ、本当にいつもありがとうございます・・・」

と、差し出された紙に書かれた1万6千円という金額に、

「あっ、(1万円札)2枚でいいの?ヒィック、んじゃ残りはママとミナちゃんにチップだ、ヒィック」

「うわーっ、いいんですか?」

「あら、本当にいつもすみません」

「なーに、またよろしく頼むよ。じゃあママ、コート取って」

ブッ・・・。

「あっ、ごめん、おならしちゃったヒィック」

「あらいいんですよ、おならくらい。じゃあただいまコートを・・・」

                   (つづく)

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