第28話 浮かれている先輩
待ち合わせ時間は10時に駅前。約束の時間の10分前には駅前に到着して、志保先輩が来るのをスマホをいじりながら待っていた。
志保先輩が服装云々かんぬんの話をしたせいで、俺も多少は気合を入れないと申し訳ないなと思い、朝起きてから1人でファッションショーをしていたが、これが中々決まらず、やはりもっと早くから考えておくべきだったと後悔をした。
志保先輩を待ちながら、服装のことを何か言われないかと不安を抱きながら、約束の時間をゆうに10分は超えていた。
「遅いな、志保先輩」
そう呟いた矢先だった。視界の端にこちらに駆け寄ってくる人物を見つけ視線を移すと、志保先輩がこちら向かって走ってくる最中だった。
「ごめん……なさい。遅れてしまったわ」
息を切らしながら俺に謝罪の言葉を言ってくる志保先輩。もしここで謝罪の言葉がなかったら少しだけモヤっとはするけど、ちゃんと言ってくれたから不問にしよう。
「大丈夫です。俺も今来た所ですから」
「気を遣ってくれてありがとう。少し準備に手間取ってしまったの。悪気はなかったわ」
「分かってます。それと志保先輩、すごく似合ってますよ。服」
「そ、そうかしら……別に全然悩んだりなんかしてないし、今日だって全然眠れなかったなんてことはなかったわ。でもありがとう」
昨日は全然眠れない挙句に、服選びも散々悩んだらしい。
分かり易すぎる志保先輩の発言が微笑ましい限りだけど、あることに気がついた。
「志保先輩、それってなんですか?」
「ピクニックバスケットよ。お花見だからレジャーシートとか必要だと思ってね」
「志保先輩、そんな物持ってましたっけ?」
「私は何でも持ってるのよ」
ブルジョワがなんか言ってる。ピクニックバスケットはよく母さんが持っていたけど、志保先輩が持っているのは見たことがなかった。
まぁ、特に気にするようなことでもないからそれ以上ツッコむのはやめだ。
「じゃあ、行きましょうか」
「そうね」
俺と志保先輩は共に歩き始める。目的の場所は駅前から歩いて15分くらいの所にある自然公園だった。
毎年お花見のシーズンになると混雑するが、今はシーズンを終えたくらいなので人もそんなに居ないだろう。
「良い天気ね」
「そうですね。晴れて良かったですね」
「晴れるわ。てるてる坊主、作ったから」
「志保先輩、たまに子供っぽいこと言いますね」
「私はまだ子供よ。キミに甘えているもの」
「甘えているって言うなら、俺の方もですけどね」
「なら、つくづく私達は似た者同士ね」
「そうかもですね」
会話が弾む。2人でお出かけしてるってのもあるけど、やっぱり志保先輩と話をしているのはすごく楽しい。
この時間が永遠に続けばいいと本気で思えた。
この時間が永遠に続けば。
▼
自然公園の中を志保先輩と歩く。ただのその行為だけでも、俺の心は満たされていく。周りには老夫婦や家族連れ、友達と来ている若者もいたけど、その空間は俺と志保先輩だけのものだった。
「自然公園って、観覧車とかはないのかしら?」
「アトラクションは無いですよ。名前の通り膨大な自然とちょっとしたお店があるくらいです」
「あまりパッとしないのね」
「そもそもお花見ですし、自然を見る為にここに来ていますからね」
「それもそうだったわね」
自然の知識なんて何もない。それこそ花に付いている名前も特徴も何も知らない。
事前にここへやってくると分かっていたなら調べた方が良かったのかもしれないと後悔する。
「あれはラベンダーで、あれがアマリリスだよ!」
「えぇ~! すご~い物知り~!」
隣では爽やかなイケメンくんが彼女さんであろう女の子に花の名前を説明していた。あんないかにもなやり取りがしたかったわけじゃないけど、こうやって会話の中で言えたら志保先輩も喜んでくれるんじゃないかなって思った。
「どうしたの? そんな浮かない顔して」
「いや、別になんでもないです」
「なんでもある顔、してる」
「……花とか、詳しくないんで……」
「それがどうかした?」
「もしここで花の名前とか言えてたら、カッコいいのになって思っただけです」
「ふーん」
志保先輩はものすごく興味を無くした感じで返答をしてきた。すると、志保先輩は急に俺の頬をつねってくる。
「い、痛いです志保先輩……!」
「そんな顔されたら、それこそつまらないわ。別に花の名前を知らなくてもいい。でも、私と一緒にいる時は笑っていて欲しい。私は楽しいけど、キミが楽しくないならつまらないわ」
「志保先輩……」
そうだった。結構頻繁に見失いがちだけど、志保先輩はこーゆー人だった。まずは自分とその隣にいる相手のことを優先して、その他は二の次なんだ。
「だから楽しもう。そんなどうでもいい悩み、私は気にしないし」
「そう、ですね」
そう言って志保先輩が自分の左手を俺に向けて伸ばしてくる。その意図が分からず首を傾げていると、志保先輩は少しだけ顔を赤らめ視線を逸らしながら言ってきた。
「手ぇ、握ってあげる」
「え?」
「だから手、握ってあげるって言ってんの!」
「あ、はいはい。繋がせていただきます……!」
わがままプリンセスのお願いなら聞く以外の選択肢なんてない。それには恥ずかしながらそう言う志保先輩の姿はひさしぶりでとても良かった。
まだまだ時間はたっぷりあるし、そんな序盤からシケた表情なんて志保先輩に申し訳ないもんな。精一杯楽しまないとな。
▼
「そろそろお腹空かないかしら?」
「確かに、小腹は減ってきましたね」
「じゃあご飯にしましょう。どこかご飯食べられる場所は無いかしらね」
「どうせなら桜が見える場所がいいですよね」
っとは言っても桜なんかとうに散り落ちてるし、お世辞にもお花見って景観には乏しく、映える場所なんてなかった。
「いいわ、あそこの広場で食べましょう」
「いいんですか? ただの芝生の上ですけど」
「いいのよ」
志保先輩が良いと言うならそれに従うしかない。志保先輩と歩きながら適当に場所を探す。志保先輩がピクニックバスケットからレジャーシートを取り出して、それを広げて共に腰を落ち着ける。
「って、ご飯食べるんですよね? くつろいでますけど」
「ご飯はここにあるの」
そう言って志保先輩はピクニックバスケットを指差した。中からは見覚えのあるお弁当箱が入れられていた。
「志保先輩、これって……」
「やっぱり分かるのね。キミが使っていたお弁当箱借りたの」
「借りた?」
「うん。キミのお母さんにお料理を習ってたの。だから最近遅かったの。黙っててごめんなさいね。どうしてもサプライズがしたかったの」
明かされた真実。それはあまりにもシンプルに単純な解だった。近々幕引きがあるのではないかと思っていたが、それはどうやら俺の杞憂だったらしい。
「そっか……そっかそっかぁ……!」
「どうしたの急に?」
「いや、なんでもないです……! 志保先輩の手料理早く食べたいです!」
その事実が妙に嬉しくて、まだ志保先輩と一緒に居られると分かってたまらなく心地が良かった。
「変なキミ。でも……あまり期待はしないでね。上手く作れた自信は……ないの」
「大丈夫ですよ!」
そう、こういった手料理で1番大事なのは気持ちだ。その調味料さえ入っていればどんな手料理だって美味しくなるんだ。
「醤油とみりんと砂糖を使うのが基本って習ったわ」
「あぁ、なんでも美味しくなる味付けですね」
「じゃあ……召し上がれ……」
志保先輩は緊張しているのか、視線を逸らしながら俺に弁当箱を渡してきた。
その恥じらう姿は普段見慣れない志保先輩の姿で新鮮さがあった。
弁当箱を開けると、赤や緑や黄色、お肉と野菜のバランスがしっかりと取れた献立が広がっていた。
匂いも美味しそうな香りが漂い食欲を唆る。自分はこの世で1番の幸せ者なんじゃないかと錯覚してしまう程に。
出会いはどうであれ、今こうして志保先輩と一緒にいる瞬間がたまらなく心地よかったのだ。
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