第12話 喧嘩する先輩
志保先輩はみるみる内にアルバイトの仕事をこなすようになり、今では俺の方ができないまである。
そんな志保先輩を母さんも父さんも物凄く気に入っていて、それはそれは自分の娘のように優しく、俺にしたことないくらい優しく接していた。
「このバカ息子はほんとうに、」
事ある毎に志保先輩と俺を比べて溜息をつく母さん。まぁ、志保先輩の擬態能力の高さに脱帽するが、こんなに肩身の狭い思いをするのは始めてだ。
けど実際はあまり気にしてもいない。俺を産んでからはなかなか子供ができず女の子を諦めた母さんにとっては本当に心の底から嬉しい筈だから。
「いらっしゃいませ」
「は?」
「え?」
お客さんが入店してきたので挨拶をする。彼女の名前は黒井白瀬。黒いんだか白いんだから分からないけど俺の幼馴染だ。いや、ただの腐れ縁だな。
そんな白瀬が店に入ってきて俺を見るなり物凄く怪訝な表情をした。あれ、俺なんかしちゃいましたかね……? 心当たりはまったくないんですけど。
「あんた、ちょっと来て」
「え? 俺?」
「他に誰が居んのよこのバカ」
「母さんも大概だけど白瀬さんも酷くない!?」
そのまま白瀬に呼ばれて店の外へ付いていく。少し離れた場所まで移動してから白瀬は口を開いた。
「なに、アレ?」
「あれ?」
「あの女のこと」
「あぁ、志保先輩ね」
「あんた、あの人に関わりたくなかったんじゃないの?」
「え? あぁ、そー言えばそうでしたね……」
確かに白瀬には相談してたっけ。その時の白瀬の対応は雑だったけど、意外とそーゆー所気にしてるんだなって再認識する。
「今はなんとか、やってます」
「意味わかんない」
「ほ、ほら。白瀬も言ってたじゃんか? 何か理由があるかもって。その理由があって、だから今はまだ絡んでるって感じで」
「その理由ってなに?」
「それは……言えない」
「言えない? なにそれ」
「俺の口からは言っていいのか分からない。だから言えない」
「そっ、じゃあもういいや。今後アタシに相談なんかしてこないでね。じゃ」
彼女の苦悩を、志保先輩の抱えてる悩みを知っているのはきっと俺だけなのだろう。それは他でもない志保先輩から直接聞いて言われて、一緒に過ごして分かったことだ。
それを俺が勝手に他人に話していいわけがない。志保先輩だって悲劇のヒロインのように語って欲しくないはずだ。
ただ、自分を理解してくれてそれでも絡んでくれる、一緒に過ごしてくれる存在が欲しいだけなんだ。
「ごめんな、白瀬」
白瀬の後ろ姿にポツリと呟く。志保先輩が前を向けて、この問題が解決とかした時にはしっかり話をするから。
相談に乗って貰ったのにごめんって謝罪の気持ちと、いつか話すからと決意の気持ちを込めてそんな言葉を呟いた。
白瀬の少し後ろを歩きながら店に戻る。白瀬はいつものように買い物をしていて、そんな白瀬に目を向けることもなく志保先輩は俺の元までやってきた。
「なにかあったの?」
「いや、なんでもないですよ」
「あの子、すごい恐い顔してた」
「パンの予約の話されてたんですけど、親に伝えるの忘れてたんです」
「そんなことであんなに恐い顔するの?」
「まぁ、白瀬は恐いですからね」
風評被害でごめんね白瀬さん……今の俺の思考じゃこんな言い訳しか出てこないんです……
それでも志保先輩はふ〜んと言ってとりあえずは納得してくれたみたいで、そのままレジへと戻っていく。
レジ前にはパンを選び終えた白瀬と志保先輩が対面する。ただそれだけのことなのに物凄い緊張感が芽生えてしまうんですけど。
「850円になります」
「あんた、あまりアイツに迷惑かけないでよ」
「はい?」
「あんたにどんな事情があるか知らないけど、アイツを巻き込むなって言ってんの」
「もしかして、嫉妬かしら?」
「は、はぁ!? 嫉妬なんかしてないわよ!」
「どなたか知りませんが、欲しいなら自分の力で奪えばいいんじゃないですか? あなたの抱えてる感情なんか知りませんが、それに私を巻き込まないでください」
「……もう知らない」
「850円、ちょうどお預かりします」
白瀬はレシートも受け取らず店を出て行く。物凄い緊張感、冷戦状態ってこんなことを言うのかな? せめてもの救いが親がここに居なかったことだよね。本当に冷や汗かいたし、白瀬も志保先輩もなんでそんな怒ってるの?
「厄介な人ね」
「そ、そうですね……」
「きっとまた来るわ」
「え?」
「そんな目をしてたわ。彼女」
白瀬が俺を庇う。それだけが何も理解できなかった。俺がつい相談しちゃったからだけど、もう大丈夫だよって一言だけでも言っておかないとな。いや、でももう相談するなって言われたよね? あ、でもこれ相談じゃなくて決意だし。
「キミって意外と隅に置けないのね」
「なんの話ですか?」
「今は分からなくていいわ。いずれ分かる時が来るから」
そう言った志保先輩の表情は少しだけ悲しさを帯びていた。志保先輩が言った言葉の意味も、なぜ悲しんでいるのかも俺には分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます