第5話 つかめない先輩

「どこか寄りたい所はあるかしら?」

「もしこの願いが叶うのなら、真っ直ぐに家に帰りたいですね」

「それは却下」

「ですよね〜」

「彼女と下校デートをしてるのに、途中で帰るなんて選択肢が出てくるかしら? 普通」

「志保先輩は彼女でもないですし、デートでもなくただの下校です」


 志保先輩と一緒に下校なんて、もっとハードルが高いものだと思っていたが、思っていたよりも重くもなかった。けど、お金持ちの令嬢なら毎日登下校は運転手付きの車だと思っていたから、そこに関しては正直以外だった。


「志保先輩っていっつも登下校は歩きなんですか?」

「入学当初は運転手付きの車だったけど、嫌だったから普通にしてもらったの」

「そうだったんですか」

「えぇ、そうよ」


 志保先輩が度々口にする普通、きっとお金持ち故に叶わない志保先輩なりの何かしらの思いがあるんだと思う様になった。でも、それは凡人の俺に理解できる尺度ではないだろうし、変に口を挟むのも余計なお世話だから俺は何も言わない。


「寒いわね」

「そうですね」

「手が、凄く寒いわ」

「カイロとかあればいいですよね」

「手は握られると温かくなるって聞いたことあるわ」

「そうなんですか」

「えぇ、そうらしいわ」


 陽が落ちて、辺りが暗闇と静寂に包まれる中、場違いに響くのは俺と志保先輩が歩く足音だけだった。一緒に帰りながらふと思うのは、志保先輩の家はこのルートで良いのだろうか? 

 志保先輩の家なんて知らないし、そもそも志保先輩は俺の彼女ですらないが、それでもこんな暗闇を女の子一人で帰らせるのは気が引けてしまう。できれば道が途中くらいまで一緒であって欲しかったが、それは聞いてみなきゃ分からない事でもあった。


「あの、志保先輩」

「なに?」

「志保先輩の家ってこっちであってるんですか?」

「ううん、真逆よ」

「え、じゃあなんでこっち来たんですか!?」

「今日はキミの家に泊まるつもりだもの」


 そう言って肩にかけた少し大きめのカバンをポンポンと叩き、さも当然かの様に志保先輩はその事を告げてきた。一から百まで全くこれっぽっちも理解できない発言に、深い溜息を吐きながら俺は来た道を戻り始める。


「どこ行くの?」

「志保先輩の家ですよ。送りますから帰りましょう」

「嫌よ、泊まるの」

「いきなりそんな事言われたって無理ですよ」

「そこをなんとか」

「ダメです」

「……人でなし」

「俺が罵倒される理由が分からないんですが?」


 相変わらず志保先輩は志保先輩のタイミング、テンション、テンポで会話をしてくる。いくらなんでも知り合ったばかりの女の子を、しかも突発のこと過ぎて容認できかねていた。よくラノベとかである両親は海外を飛び回っていて一人っ子みたい設定ではなく、両親は夕方には家にいるしなんなら姉だっている。


「それと、むやみに男の人の家に泊まろうとしたらダメですよ。男はみんな下心で溢れてますから」

「キミも、そうなの?」


 そんなつもりはさらさらないが、そう答えれば少しは評価や見方が変わるだろうか。俺に対して不安を抱いてくれて、それで絡まれなくなれば良いに越した事はないから、ここで俺が取るべき行動は否定ではなく肯定だった。


「そうですね」

「うそ」

「え?」

「キミは、そーゆー人じゃない」

「なんで、そう思うんですか?」

「もしそうなら、今日は家に泊めてると思うからよ」

「一度は断って、また別の機会を伺ってる可能性もありますよ?」

「私がキミのことをそーゆー人じゃないって思えば、そーじゃないのよ」

「めちゃくちゃな理論ですね……」

「うん、私はめちゃくちゃだから」


 やはり、志保先輩の事は全然分からないし掴めない。結局今の会話だって志保さんのペースに飲まれてしまって、思うように発言できなかった。志保先輩が俺に対して何を思って何を考えて、何を期待してるのかが何にも見えてこない。そんな思考を巡らせていると、近くからカチカチと甲高い音が聞こえてきた。


「火の用心」


 その声のあとに鳴らされるその音の正体は木の棒と棒を叩きあわせて鳴る音だった。今時珍しい風景でもあるし、一部のご近所さんから騒音扱いされないかが心配になるが、だからと言って特に注意を促すわけでもない。


「アレは、なに?」

「ん、あのおじいちゃんがやってる事ですか?」

「うん」

「あれは火の用心って言って、火事とか起きない様に、起こさない様に気をつけてください的な意味が込められた注意喚起みたいな物ですね」

「アレをやって効果があるの?」

「効果があるかは分かりませんが、普段から危機管理をしておけばいざと言う時にって感じですかね」

「不思議ね」

「そうですね」


 段々と遠のいていくその音を名残惜しむ事もなく、志保先輩の家へと向かい歩みを進めていたが、ふと志保先輩が俺に話しかけてきた。


「なんだか、避難訓練みたいね」

「そんな大袈裟な事でもないと思いますけどね」

「火って恐いのかな」

「そりゃ、恐いんじゃないんですかね。火事なんて体験した事ないから分かりませんけど」


 火事なんて早々体験する事でもないし、一酸化炭素中毒なんて苦しいらしいし、そんな死に方は絶対に嫌だな。願わくば余命を全うするかの様に病院のベッドで安らかに眠りたいな。


「火事じゃなくて火の事よ」

「火ですか? 火も恐いんじゃないですかね」

「燃やすって行為は浄化とかにも使われてるじゃない? だから、そう考えると火は恐いだけじゃないのかもしれないって」

「そういう考え方もあるんですね」


 自分の不満やストレスを燃やして解決なんて聞いた事はあったから、案外そうなのかもしれないな。けど、それでもコントロールの効かないレベルの火であれば恐い事には変わりないとも思った。


「もし、火事になったら助けに行くからね」

「そりゃどーもです。でもまぁ、無理だけはしないでくださいね」

「無理?」

「もし俺が死にそうだったりしたら、わざわざ来なくていいですよって話です。二次災害で志保先輩まで死なせるわけにはいかないですからね」


 別に深い意味はない。そんな事早々あるモンでもないし、ただ志保先輩の話に合わせているに過ぎなかった。それでも、街灯の光が照らす志保先輩の表情は真剣そのものだった。


「私はキミがいないと生きていけないわ」

「え?」

「だから、もし無理だと分かっていても行くしか選択肢がないわ」

「随分と重たい言葉ですね……」


 社長令嬢様が何を言い出すかと思えば、そんななんの意味もない発言だった。やっぱり志保先輩の感性は分からない。


「キミが死ぬ時は、私も一緒に」


 そう言いながら親指を立てて語ってきた志保先輩は優しく、柔らかく微笑んでいた。


「そんな眩しい笑顔で悲恋を語らないでください」

「悲恋、かな? 好きな人と一緒に生を終えられる。それは悲恋ではないと思う」


 悲恋ではないと言った志保先輩が俺の先を歩く。視線は同じ方を向いているはずなのに、足取りだけは俺の方が遅れてしまっている。


「どうしたの?」

「いえ、なんでも」

「ふ〜ん。変なの」


 変なのは圧倒的志保先輩の方だと思うんだけど。でも、なんだか変とか不思議って感覚以上に、志保先輩には特別な何かを持っている風に感じたけど、当然それが何かは理解できないでいた。しばらくすると、とある場所で志保先輩の歩みが止まり、ふと視線を上げるとそこには古びたアパートが建っていた。


「ここ、私の家」

「え? へ……?」


 そこはどう見ても令嬢様の名に相応しくない古く今にも風で飛ばされそうなアパートだった。


「志保先輩の家ってお金持ちじゃなかったでしたっけ?」

「家出、してるの」

「家出!?」

「私は、私の望んだ人生を歩みたいから。今日は送ってくれてありがとう、またね」


 そう言って手を振ってから志保先輩は階段を登ったアパートの二階にある一室へと入って行った。家出してボロアパートに一人暮らししてるって事なのだろうか? やはり志保先輩は俺の理解の範疇を越える女性だった。




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《令和コソコソ噂話》


 第5話読了してくださりありがとうございました! 


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