七話「露牙鹿(ロウガロク)その1」

〜草原 9番エリア〜


今までの草原ステージとは雰囲気が変わる。木が所々に生え、他のエリアに比べてマップも狭い。


「……居ないね」


ユイは声を押し殺しながらも、小声で話しかける。


「ああ、音も殆どしないし姿も見えない……」


足音を出さずにここまで来たが、聞こえるのは木が風になびく音と落葉らくようが地面を這いずる乾いた音だけだ。ちょうど時間にして14時頃、この世界の太陽が上空から影を作り出す。

そろそろ巣となるここで獲ってきた獲物を喰らう時間なのだが……


「K1くん、静かに」


ユイの声に俺は無意識に口に手を当てる。

互いに息を殺して木の後ろから覗く。

そこには文献よりも明らかに大型のロウガロクがいる。遠目から見ても俺の3倍ぐらいはある。

大きすぎて口からはみ出た牙、茶色の体毛に覆われて、大きく平たい角が元々でかい図体をより大きく見せている。

口に大きな肉塊を抱え、地面に落とす。

頭を下げて、肉塊にかぶりついている。


「それじゃ今のうちに、エンハンス掛けるからじっとしてて」


そう言いながらユイは背中に抱えた槍を右手に持つ。

その槍の持ちてに俺は驚く。


「なんかその槍……穴空いてないか?」


「え?うんそうだよ。操演槍そうえんそう……知らない?」


「いや話は聞いていたが実際に見た事はないから……」


操演槍そうえんそう。確かこの槍を振った際に空気が穴を通ることによって音が出て、それを旋律として繋げると近くのプレイヤーや自分自身に様々なエンハンス効果を付与できるっていう珍しい武器だ。原理としてリコーダーの様に穴を塞いだり、槍の振り方で音が変わるらしくそれを旋律として繋げるらしい。この概要だけでも複雑な事が分かる。

少なくとも俺には手に余る代物だ。

確か前作だと使用率最下位っていう話を前作プレイヤーリスナーのミミズさんから聞いた様な……


ユイは両手に操演槍を握る。


「ちょっと離れていてね」


ユイは槍を体の周りを包み込む様に回し始める。俺は地面に手をつきながら離れる。

その最中、音が聞こえ始める。

空気があの槍の穴を通り音を奏でている。

暫くして体から赤いエフェクトが出る。


攻撃力上昇【小】

移動速度上昇【小】

弾かれ無効

暫くすると俺の目の前に出て来たホロウィンドウにそう表示される。


「それじゃ、行くよ!」


ユイは木から出て、ロウガロクに向かって走っていく。


「はあ!」


ユイは思いっきり跳び、食事中のロウガロクの頭に操演槍を突き刺す。


突き刺された角の周辺に血が滲む。


ピィーー!!!


笛の様な高い声で鳴く。



ロウガロクは口に含んでいた肉を落とし、頭を振り回し始める。

それと同時に突き刺した操演槍をユイは抜き取り、操演槍を振り回す。さっきとは違う旋律が聞こえる。

するとユイと俺に今度は紫色のエフェクトが発動される。


防音【小】が追加された!


防音……確かプレイヤーが怯ませる音が聞こえなくなるやつか。


ロウガロクは鼻息を荒くして咆哮をしようと息を吸い込み、咆哮……したのだろう。

咆哮の音が聞こえない。いつも威嚇をされると体を動かすのすら困難だったのに、今は何ともない。

ロウガロクは四足歩行のまま、こちらへ突進してくる。


「何処かに隠れて!そのままじゃ……」


ユイの言葉は直前まで近づいて来ているロウガロクの足音が掻き消される。筋肉の動き、関節の可動範囲、見える。

ロウガロクの突進をすんでところで躱す。

ロウガロクはその勢いのまま木に激突する。木は軋み、痛々しい程に抉れている。あと少し衝撃を加えれば折れてしまい程酷い有り様だ。


ロウガロクは突進して2秒ほどその場に立ち止まる。俺は距離を取りつつ、木の近くに移動する。

成る程、あの突進の直後の硬直に攻撃するのか。

ロウガロクは今度はユイの方を向く。


「ユイ、そっちに行くぞ!」


大声でユイに呼びかける。


「了解!」


ユイは木の後ろに隠れ、槍を振り回しながら旋律を繋いでいく。


防御力【小】


またホロウィンドウが表示され、俺にも効果が現れる。

ロウガロクは鼻息を出しながら、突進を始める。

ユイは木から少し離れ、様子を見る。

ロウガロクは木に激突し、それと同時に俺も木から体を出し、ロウガロクの足元へと走り出す。ロウガロクはさっきと同じ様にその場所に立ち止まる。

俺は走りながら、背中にいていた太刀を抜刀する。

GMWの太刀とWOの太刀の違いに今だに慣れない。

WOだと一度手に持ってから抜刀するのに対し、GMWの太刀はいている太刀が簡単に抜ける。WOは良く言えばリアリティがあるが、正直何回もランクを回していると面倒臭いと思う場面も少なくなかった。GMWはこういうヒットアンドアウェイの戦法を取ることが多いからならではの対応なのだろうか。

太刀を右手に持ち振りかぶってロウガロクの足元を切り下げ、突き、切り上げる。

ロウガロクは切られた前足を激しく動かし抵抗する。暴れる足に巻き込まれ、尻餅をつく。


「やべ」


すぐさま立ち上がり、太刀を持ちながら回避アクションをして距離を取る。

ロウガロクは俺に角を向け、突進の準備をし始める。

近くに遮蔽物はない。

息の荒れたロウガロクが俺を見つめる。

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