第41話 二人の時は甘く切なく過ぎてゆく

 数日ぶりだったが、家で一緒に過ごす一時は格別だった。俺は、隙を見つけては野乃香の傍にくっつきまくった。部屋の中が寒々しいせいか、野乃香のセーターに触れているだけでも温かく、触っては擦り、触っては抱きしめて暖を取った。


「このセーターそんなに気に入ったの?」

「うん、もこもこしてあったかいから、ついつい触りたくなるんだ」

「セーターが気に入ってるんだ……」

「やっ、野乃香にも触りたいなあ……っと思って」

「うふ、うふ、くすぐったいよ……来夢く~ん、そんなにくっついてばかりで、可笑しいよ……」

「俺可笑しいのかなあ、こら」


 俺は口元に指先を一本立てて、静かにというポーズをとる。野乃香は黙って、目を丸くして逃げるのをやめた。その隙に唇に自分の唇を重ねる。カーテンが閉まっていることを確認する。開いていたら、通りがかった人から丸見えだからな。好奇の目で見られるのは嫌だ。


「座ろう」

「うん」


 野乃香を下に座らせると、もう外からは全く見えず、現実からは隔てられた世界にいるようだった。

 こちらからも外の世界は見えない。

 俺は、くらくらと眩暈がして彼女の体に覆いかぶさった。


「ねえ、いいよね?」

「……あ……ああ」


 電気を消すと、昼間でも薄暗くなった。先ほどまで俺が眠っていたせいで、まだ温もりが残る布団の上に野乃香の体が横たわっている。

 その言葉を聞き終わるか、終わらないかわからないうちに、唇の上に何度も唇を重ね続ける。どのぐらいの時間そうしていたのかわからないほどの時間が過ぎて、いつの間にか、一糸まとわぬ姿になっていた。

 どちらかともなく布団にもぐり、邪魔だとばかりに服を脱ぎ捨てていた。

 甘く苦しい時が過ぎる。

 

 何度も何度も彼女の体の躍動を感じながら、浮遊感を味わった。

 こんなに素敵な時間が今まであっただろうか。

 逢えなかった時間が、狂おしい程の焦燥感を俺たちに味合わせていたのかもしれない。


「か・わ・い・い……よ」

「ああ……ん、来夢。大好き……」

「何時までも、一緒にいたいな」

「私も……」


 それは特別な時間だった。一緒に暮らしていた時には感じることがなかった感覚だった。


「やっぱり、来夢の背中はいいな。離れられないよ」

「おい、野乃香。凄いこと言ってるぞ! 俺の体から離れられないのか……。じゃあ、離れるなよ」

「あれ、来夢君っ。そんなエッチな意味じゃないよお、もう。自転車の後ろに乗せてもらってから、来夢君の背中が恋しかったんだ、私。あの背中を、ずっと探してたのかもしれないね」

「な~んだ、そういうことか」

「だから……こうしていると、いい気持ち……うふっ……」


 背中から抱き着いて、ぴったり体を寄せながらそんなことをいう野乃香は、まるで小動物が体を摺り寄せながら、なついているようにも見える。


「この背中でよければ、いつでも貸してやるよ」

「わ~い、そう来なくちゃね」

「だけど、そろそろ起きようか?」

「あら、もうこんな時間。そうだね」


 最初に起き上がって下着をつけると、そのしぐさを野乃香がじっと見ていた。珍しいものを見るような顔をしているので、わざとポーズをとってかっこよく着替える。


「モデルさんみたいだね、来夢君は」

「そうだろう。かっこいいから、見とれてたんでしょ?」

「それほどでもないよ」

「お~い、どっちなんだよ」

「ああ、かっこいいです。惚れ惚れします」

「まったくいつまでもそんな恰好でいないで、早く着替えて」

「は~い」


 布団の中から、下着に手を伸ばしてもぞもぞと着替えている野乃香を見ると、ホッとする。あ~あ、お母さんにばれなければなあ、と祈るような気持になった。

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