第35話 野乃香を励ます
母が梅香のアパートを出て行ったのを見計らって、野乃香は来夢のところへ戻った。
「あ~あ、色んなことがあって大変だった。今度は、お母さんが……」
「次から次へと、色々な事があるものだ。だけど、ふたりともひと段落して、良かったよね……お母さんも再出発だし」
「そうだね。私、ぐったりしちゃった」
「どうしたんだ、野乃香らしくない」
「私らしいって何なのかな? いつも明るくて、元気? それとも、くよくよしないこと?」
「おい、おい、いつもとどこか違うぞ。普段だったら、俺の方がくじけてて、野乃香の方が楽感的で、励ましてくれる。何とかなるよって。よっぽど、落ち込んでるんだな」
「そうみたい……」
―――元気になる方法はないかな……こんな時はどうやって励ましたら、元のようになるんだっけ。
―――出会った時のことを思い出す。
駅で出会った時には、自転車に乗せてあげた。二人乗りをするのはいけないことだと思いながらも、後ろに乗って走った後、なんともすがすがしい顔をしていた。
「あのさ、外へ出ようか」
「それで?」
「いいから、外へ出ればわかる」
「何をするの?」
「おいでよ。あっ、スカートはやめておいた方がいい」
「ジャージならいい?」
「おあつらえ向きだ。じゃあ、行こう」
ふたりで外へ出て、自転車に鍵を突っ込んだ。かちりと、子気味良い音がしてロックが外れた。
「さて、後ろに乗る?」
「あ、自転車に乗るんだ。しかも二人乗り?」
「どうぞ」
「あ~あ、来夢ありがとう。なんか嬉しい、だけど私こんなに育って重くなっちゃってるよ」
「まあ、重くて大変だろうけど、いいよ。後ろに乗って!」
「よ~いしょっと」
「出発! しっかりつかまってて」
「わあ、懐かしいなあ」
野乃香を乗せた自転車は、正直重かった。小学生だったころに比べると、かなり重くなっている。でも俺も体格が良くなり、力も強くなった。ペダルを踏みこむと、するすると滑るように道を進んでいく。風が気持ちがいい。
「野乃香が小学生の頃、こうやって俺が家まで送って行った。覚えてるでしょ?」
「覚えてるよ。一人で心細くて、どうしたらいいかわからなかった。だから有難かった」
「不思議だよね。その時出会った人と、又こうして自転車に乗っている」
「夢のようだね」
自転車の揺れに合わせて、野乃香の両腕が俺の体の前で揺れている。そんな揺れも気持ちがいい。このままペダルをこいで公園まで行こう。
「さて、公園に着いた。遊んでいこう」
「ヤッホー。来夢君、子供みたいですね。さあ、遊ぼうかな!」
「だって、俺たち同級生なんだから」
「年上の同級生だね」
「それを言うな! 言わなきゃわからないよ、誰にも」
―――いつの間にか元気になっている。
―――外へ出てよかった。
「わおお! ブランコがある!」
「乗ろうか!」
自転車を止めて、ブランコの前まで行った。幸いなことに、誰もいなかった。
「乗ろう! 子供の頃はよく遊んだもん」
「俺も。小学生の時だったな」
二人でブランコを漕ぎ、ゆらゆら前後に揺れた。
「風が冷たいけど、気持ちがいい。ゆらゆら揺れていると、くよくよしている自分が馬鹿みたいに思えてくる。悩みが飛んでいくといいな」
「俺は、重力が一瞬無くなる瞬間がいいな。ほら、上に昇って降りてくるとき、宙で一瞬止まるだろう」
「そうだね。ふわっ、と体が浮く。私は、景色の角度が変わるのが楽しい。世界が色んな見え方をするよ」
「そうだね。後ろを向くと、さかさまに見える。うわっ、でもなんだか気持ち悪くなりそう。乗り物酔いみたいな」
「ふう、普通に前を向いて乗った方がよさそうだね。ゆらゆら揺れてるだけでも、充分」
「一緒にブランコに乗るとも思わなかった」
「楽しいね」
「そんなに?」
「まあ……」
―――次第に悩んでいたことを忘れかけてきたようだ。
―――今の瞬間だけなのかもしれないけど、そんな瞬間があればいいや。
―――他に、もっと元気になるところはないかな。
「ああ、あっちに池があったはずだ。行ってみよう」
「は~い。もう目が回っちゃうもんね。終わりにするよ」
ふたりともポケットに手を突っ込み、まっすぐに池のある方へ向かった。
「おお、鴨がいる」
「唇が丸っこくて、可愛いっ」
「カモ鍋にして食われる奴もいるんだ。ほら、向こうにネギが植えてあるだろ?」
「えっ、そうなの。どこどこ?」
「冗談だよ、冗談。こいつらは大丈夫だ。公園で飼っている鴨だからね」
「そうよね」
鴨も寒くて動きが鈍くなっているような気がしたが、鳥も寒いと感じてるのかな。公園の周囲を回ると、枯葉がほとんど地面に落ち、枝だけになっている木々もあった。そんな木々の枝の先にも、ほんの小さな芽がしっかりと付いて春が来るのを待っている。
空は抜けるように高く、青い。地面に届く陽ざしが温かい。
「少しは元気になった?」
「まあ」
「外へ出たからだな」
「元気にしようと、かまってくれる人がいるからだね」
「こいつう。俺の事面白がってるのかよ」
「構ってくれて嬉しい、えへ」
風は冷たかったが、たくさん歩いて、体温は上がってきたような気がしていた。
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