第23話 一緒に登校しクラスメイトに冷やかされる  

 月曜日に学校へ行くのが、久しぶりのような気がした。週末にいろいろなことがありすぎた。二人でデートし、帰りに男に尾行され、必死で逃げて、俺の家に野乃香が泊まることになった。


 来夢と野乃香は一緒に登校し、教室に入ったところで向山が振り返った。


「こんにちは、向山さん!」


 商店街で肉屋の店主をしているおじさんだ。こういう人に会うとホッとする。店の仕事があるのに、勉強しようと学校へ来る人もいるんだ。彼の顔を見て、疲れが幾分和らいだ。


「こんちは、明月君。おや、今日は朝から野乃香ちゃんと一緒かい?」


 今の言葉に一瞬ぎくりとした。


―――一緒に家を出るところを見られたのだろうか。


―――そんなことはないだろうし、見たとしても彼は詮索しては来ないだろう。


「え、ええ。すぐそこで会ったので……、一緒に来ました」

「そうかい。それにしては、楽しそうだね」

「ま、まあ。おしゃべりしながら来たんで」

「へえ。今度家の店にも来てくれよな。総菜も売ってるから」

「お店の宣伝ですね。向山さんは、商店街で肉屋さんをしているんですよね。昼間、買いに行きます。そうすれば、まけてもらえるかな……」

「調子がいいな。そこの商店街だから、すぐ見つかるよ。野乃香ちゃんも来てくれよな。こんな可愛いクラスメイトがいるなんて知られたら、きっと羨ましがられるよ」

「そんなことはないですよ。私も買いに行きますね」


―――このおじさんには、俺たちが同じ家から出て来たことは知られたくない。


―――ばれないようにしなきゃな。


 すると、野乃香の中学時代の同級生、若名美留久がそばへ寄ってきた。今の話を聞いていたようだ。


「あら、野乃香。今日はいつもと何とな~く……様子が違うわねえ」

「いえ、いえ、いつも通りよ。どこも変わったところはないわよ」

「そうかしら。何だか、雰囲気が違うじゃない。いつもより……少しだけ大人っぽい」

「う~ん、全然」

「朝、来夢と一緒に来たんでしょ? 仲良くなったのかなあ」


 そう言いながら、野乃香の肩に手を置く。


「や、やだ、私はいつだって……子供っぽいわよ! 何か、勘違いしてるんじゃないの」

「そうムキにならないでよ! 怪しいわね」


 美留久が、野乃香の横に体をぴったりくっつけて腕を回してくる。好奇心を隠せない性格なので、何を考えているのかは掴みやすい。決して意地悪で聞いているわけではないが、必要以上になれなれしい。敢えてここで言いたくはなかった。


「野乃香の好きなタイプなんでしょう、来夢は。隠さなくてもいいよ」


 まるで姉のように、全てを知り尽くしたように野乃香に接することが多い反面、勘違いすることも多いので、野乃香は彼女の冷やかしをうまくかわすことには慣れていた。


 しかしベテラン向山の目はごまかせなかった。来夢が廊下へ出て行ったのを見た野乃香が、すかさず後を追っていく姿を見て、美留久にいった。


「やっぱりあの二人、何かあるなあ。だがそっとしておいた方がよさそうだ。事情がありそうだから」

「やっぱり、私もそうだと思った。ただ仲良くなっただけじゃないのね。流石向山さん、よく気がつくよね。私も、いつもとちょっと違うとは思ったけど、何が違うのかまでは分からなかった」

「野乃香ちゃんに困ったことがあるんだろう。来夢君はいつも彼女の様子を見張っているし、野乃香ちゃんも周りの様子を窺がってるし、一人になるのを怖がってるようだ」

「分かったわ。私も気を付けて見てるわ」


 そうはいったが、二人の仲が気になって仕方がなかった。一目見た時から、美留久は来夢の魅力の虜になっていた。どことなく寂し気で人を寄せ付けない雰囲気。それでいて細かいことにこだわらず、芯は強く、常に未来を見据えた姿勢。そんな内面に強くひかれていた。

 勿論、外見に弱い美留久にとって、来夢はそれだけの存在ではなかった。何よりも、すらりとした体躯と、クールで優し気な顔だちが最大の魅力だった。同じクラスにいて、その姿を見ていられるだけで幸せな気持ちになれるが、できればもっと親しくなりたいと思っていた。どうにかして、彼の興味を野乃香から自分の方へ引き付けたい。チャンスがあれば、きっと自分を振り向いてくれるに違いない。野乃香よりも自分の方がずっと魅力的だし、自分には両親がそろっているし、何よりも大切にしてくれている。頭もいいし、容姿だって自分の方がずっと上だ。煮え切らないような野乃香の態度に、時としてイラついていた。


 

 そんな時、向山が声を掛けてきた。


「ねえ、君たち今日はうちに寄って食事でもしていきなよ。家内がね、同級生の人たちをご招待してあげなよっ、て言ってくれてね。家で作ってる総菜の余り物だが、充分食べ物もある。俺と母ちゃんの手料理だ、寄ってってくれるよね!」

「わあ、嬉しいなあ! ねえ、二人も寄って行こうよ」


 美留久は嬉しそうに、来夢と野乃香にいった。彼女一人じゃ行きにくいだろうし、何よりもそんな家庭の暖かさが嬉しかった。授業が終わるのは九時半だったが、それから四人そろって向山の家に寄ることになった。




 テーブルにはレバニラ炒め、野菜の煮物、ハンバーグ、唐揚げ、野菜サラダなどが所狭しと並んでいた。みな店で売られている総菜だ。


「わあ、こんなご馳走一度に食べたことないわ!」


 野乃香が正直な感想を言った。


「みんな手作りのおかずでうれしいな。私、今度学校の前に買いに来るね」


 美留久も感動で大喜びだった。そこにご飯とみそ汁を付けてくれたので、夕食としてはものすごい御馳走になった。


「俺も手作りのおかずなんて、ほとんど食べたことがないから、感激です。いつもは、スーパーの総菜食べてるんで。こんなにたくさん、ありがとうございます」


 向山の奥さんが、眼鏡の奥から優しげな眼を向けていた。


「こんな若い人たちと一緒に勉強して、家の人やっていけてるのかしら……。家にも娘がいたんだけど、もうとっくに成人して、結婚して遠くへ行ってるのよ。久しぶりに賑やかになって、娘がいた頃を思い出すわ。ささ、皆さん遠慮しないで、たくさん食べてね」

「ありがとうございま~す!」


 三人とも箸を持つ手が止まらなくなるほど、感激して夕食を食べた。美留久も、その時ばかりは心から楽しい気持ちで夕食を共にしていた。

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