第19話 野乃香が家に隠れることになり

 帰りがけにどうしてもということで、野乃香はショッピングセンターによって何やら買い物をした。深くは追及しなかったが、着の身着のままではまずいことがあるんだろう。


―――下着を買ったのかもしれないな。


 そこで夕食の総菜なども買い、俺の部屋へやって来た。彼女にとっては二回目の我が家訪問だ。だが、その時とは違い緊迫した思いだ。後ろを振り向きつつ家に入り、鍵を掛けると、ふ~っとため息が漏れた。


「はあ~。一応一安心だ」

「お姉ちゃん大丈夫かなあ……一人で。あたしだけ安全なところに隠れちゃって」


 メールを再びチェックした野乃香は、姉が家にこもっていることや、男の姿は見えなくなったと書かれていたので、安堵した。家に押しかけたところで、開けてもらえるはずはない、と諦めて帰ったのだろう。それでもどこに身を隠して見張っているかはわからない。油断はできなかった。


「もう姿は見えなくなったようだけど……」

「隠れているのかもしれないし、朝になって戻ってくるかも知れない。明日の朝の方が心配だな。ひとまず野乃香はここで休め!」

「来夢の家が安心だもんね、でも……この部屋で一緒に朝まで過ごすのね……」


―――二人きりで……朝まで……。


「それが一番安全だからな」

「安全……よね」


 また、来夢の父親の家へ行った時と同じことになった。二人でいられるのは嬉しい。


―――だけど、ハラハラして気が気ではなくなる。


―――俺は何もしない自信があるんだが、野乃香が勝手に一人で大騒ぎするんだ。


「いつも使っているマットで寝ればいい。俺は予備の布団が一組あるからそれを敷いて寝る」


 押入れを開けて、古い布団を引っ張り出した。親父が止まりに来た時のために、一組だけ保管しておいたものだ。薄くて、あまり寝心地の良い布団ではないが、ないよりはましという代物だ。それを見た野乃香がいった。


「そんな布団で、申し訳ないなあ。私がお邪魔してるんだから、そっちで寝る」

「いいよ。これ、あまり寝心地良くないんだ。マットの方で寝て」


 布団の事でもめるなんて、少しエロチックな気がする。


―――まあ、学校で行く修学旅行か何かだと思えばなんてことはないか。


―――いやいや、女子と一緒の部屋などということは普通はあり得ないから、これはかなり特殊なシチュエーションに違いない。


「パジャマは……もちろん持ってるわけないよな。そのまま家へ来たんだから」

「着替えも、何も持ってない」

「しょうがない、俺のパジャマを貸すよ。大きいけど、かまわないだろう」


 ケースを開けて洗い立てのパジャマを取り出し、野乃香に渡した。可愛げのないチェックのパジャマだ。今使っているのと同じような柄だった。二人で着替えると、色違いではあるが、お階揃いのような感じがしなくもない。


「お風呂に入ってから着替えればいい」

「そうする」

「お湯を入れてくる」

「うん」


 ザーッと勢いよくお湯の流れる音がする。いきなりこんな日がやってくるとは……。お湯の音が音楽のメロディーのように聞こえてきて、ふわふわした気持ちになってくる。


―――このお湯に野乃香も入ることになるのだと思うと……落ち着かないなあ。


―――ここは、先に入ってもらおう。


「先に入っていいよ」

「そんなあ、来夢が先の方がいいんじゃないの?」

「いや、俺は後で入る。その後、洗濯をするから」

「そうなの、じゃあお言葉に甘えて……」


 俺が渡したバスタオルとパジャマを持って洗面所のドアを開け、中へ入って行った。後ろ姿を見送って、俺はつばを飲み込んだ。華奢だが、均整の取れた後ろ姿を見ると、つい想像してしまう。あの向こうでは、これから野乃香が服を脱ぐことになるのだ。風呂に入るのだから、当たり前の事なのだが、一つ一つの動作を思い描くと、ついつい顔がほころんでくる。


―――そろそろスカートは脱いだ頃かな。


―――それじゃあ下着一枚か。


―――次にそれも脱いで、一糸まとわぬ姿になっているんじゃ……。


 すると、ドアが突然開き、野乃香の顔が現れた。はっとして顔を上げた俺に、野乃香のきょとんとした瞳が注がれた。


「な、何だ?」


 うろたえた俺を見て、冷ややかにいった。


「来夢、今何か変なこと考えてたでしょう。すっごい焦ってたじゃない。シャンプーとリンスはこれを使っていいのかな、と思って……」


 指さした先には、俺の使っているシャンプーとリンスがあった。


「お、おう……。いいよっ……そ、それしかないから」

「使わせてもらうね。それから、石鹸は……?」

「風呂場にあるのを使って。それも俺の使いかけだけど」

「悪いね」


 覗かないでといい、ウィンクしてから扉が閉まった。ごほん……と、俺は咳払いを一つした。


「大丈夫だ。安心して入って」

「そうよね。ここは鍵がないけど、信用してる」


 そうだ、家の風呂場のドアには鍵が付いていない。開けようと思えば、いつでも開けられる。いや、野乃香に言われて、余計焦っている。


―――もう今頃は全裸になって、風呂場にいるだろう。


―――体を洗っているかもしれない。


 部屋で一人体育すわりしていると、同じ高さで野乃香が風呂場にいる姿が思い浮かんだ。そんな気持ちをよそに、ドアの向こうから、小さな音量で声が聞こえてきた。メロディーが聞こえてくる。中で鼻歌を歌っているようだ。アニメの主題歌のようだ。きっといつも見ているのに違いない。


 その音楽が止まり、ザーッと水音が聞こえて、それからしばらく静かになった。ああ、じっと音を聞いていると気になって仕方がない。テレビのリモコンを手に取り、スイッチを入れた。刑事ドラマをやっていたので、それを見ることにした。と言っても、ストーリーはあまり頭に入ってこない。音量を上げても同じことだった。


 すると、風呂場のドアが少しだけ開いた。もう出るのかな。と、思っていると、火照った顔だけ出して彼女が小声で言った。


「あのう……パジャマをドアの外に置いてきちゃったんだけど」


 申し訳なさそうに、こちらを見ながら手招きしている。


―――ってことは、まだ下着しか着ていないということ。


 急いで風呂場に近寄ると、部屋の前にパジャマが置かれている。確か持って入ったと思っていたのだが。


―――あっ、一度開けた時に外に置き忘れたのか……。


―――しょうがないやつだなあ。


 パジャマを手に取り、彼女の方に差し出した。顔だけ外に出している野乃香は、胸元から下をバスタオルで巻いた状態だった。手を伸ばしパジャマを受け取ろうとした。


 ……その瞬間、巻いていたタオルが……


 はらりと巻いていたところがほどけ……。


 下へ落ち……。


( ^ω^)・・・


 そして……、当然重力の法則に従って……さらに下へ落ち……


( ^ω^)・・・( ^ω^)・・・


 パジャマを取ろうか、胸を隠そうかという葛藤が野乃香の中に生じたが……。


―――胸元の方が、間に合わない!


 パジャマをしっかりと握りしめた野乃香の体に巻かれていたタオルは、完全に落下して、無残に床に広がった!


「ああああ~~~っ、ああああああ―――! やだ―――! 😩」


 当然、目の前に広がった光景は、パンティとブラジャーだけを身に着けた野乃香の姿だった。


 悪いとは思ったが、俺は目を逸らすことなく、じっとその姿に魅入ってしまった。野乃香の方は見られたくないのだろうが、目を閉じることは難しい。


―――おお、小柄ながら均整の取れたプロポーション。


 ブラジャーが包み込むように、胸のふくらみが見え、ワイアー付きのブラで持ち上げられた胸が、左右に谷間を作っている。ふっくらした胸の下には、きゅっとくびれたウエストがあり、小さいおへそが見える。その下には……。

 コロンとした丸い下腹部があった。太ももから下は、まっすぐ下に二つの曲線が見えた。ほう……、っと俺はつい手を伸ばしそうになった、がその悲鳴と共にパジャマを持った野乃香が後ろを向いた。


 後ろを向くと当然今度は彼女のヒップが見えた。丸い二つのふくらみが俺を手招きしているように見えたが、それは俺の勘違いに過ぎないので、直立不動の状態で見送った。


「あああ……、何てことをしちゃったんだろう」


 自己嫌悪に陥った野乃香が、俯き反省しながらドアを開けて出て来た。別に反省しなくてもいい、ただ置き忘れただけじゃないか。


「気にするなよ」

「あああ~~~、あたしは気にするよ……もう駄目だ!」


―――駄目なことはない。


―――立派なプロポーションだ。


「俺は気にしない」


 平静を装っていった。


―――気にしないはずないだろうが!


―――刺激しすぎだよ。普通あり得ない!


 気にしていないふりをしながら、冷蔵庫から水を取り出しさりげない動作で、さりげない表情で野乃香に手渡した。


「ふう、あったまった。気にしてなくて、よかった」

「どうぞ、来夢」

「あっ、そうだね、俺の番だ」


 パジャマと下着を手にして、俺も風呂場に入った。ドアを閉めると、俺は焦りまくっていた。表情と態度とは裏腹に、体は先ほどの光景に反応しまくっていたのである。

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