第14話 団らんの夜は更けて

 俺たちは、二人でキッチンに並び、カレーの材料を切った。一緒に並ぶと、野乃香は俺の肩ぐらいしか身長がない。彼女が小さいわけではない。俺もだいぶ身長が伸び、同じぐらい彼女も育ったということだ。


「ここのキッチンなら広いから、二人で作れる」

「うん。家では一人しか料理できないけど。田舎の家は広くていいわね」

「俺の家も一人しか入れない」

「仕方ないわ。一人だったら、狭い方がいいかもしれないし……」


 優しい言葉に励まされる。


「うわっ、このフライパン古そうだ。さび付いちゃってる。使うのはやめよう。鍋で炒めて、そのまま煮込んだ方がよさそうだ」

「本当ね、その方がよさそう。さて、油を入れようかな。温まったら、野菜を入れるから」

「よ~し」


 俺たちは、肉と玉ねぎを炒めてから、ジャガイモとにんじんを加え、さらに炒めて火が通ってから水を入れて煮込んだ。丁寧に作ったカレーは、久しぶりに会う親父と食べると格別だった。たった二人きりの家族が久しぶりに再会できた。ささやかな食卓だが、俺にとっては心が解放されて、安らげる一時だった。そこに他人である野乃香が加わっても、不自然な感じはしなかった。親父は、機嫌よくビールを飲んだ。こんな光景は以前は当たり前だった。親父の嬉しそうな顔が見られるのは久しぶりだ。


「うまいっ! 子供の頃は当たり前のようにお前と食事してたのに、高校へ入ったとたん、突然離れ離れになってしまった。今度はいつ会えるのかと思っていたが、思いがけず来てくれて嬉しいよ。それにこんな魅力的な友達を連れて来てくれて……今日は最高の日だ。美味しいカレーも食べられた。今まで失敗続きだったけど、これからはいいこともあるかもしれない」

「一人暮らしで、料理の腕が上達しただろ。隙間風が入るような家だけど、一緒にいると嬉しいや。新しい学校にも慣れてきて、これからはうまくいきそうな予感がする」

「そうだといいな」


 俺も少しだけビールを飲んだ。野乃香はそれをじっと見ながら、お茶をすすっている。


「家族水入らずで楽しそう。私はなかなかそうはいかない。母は、私たちの知らない新しい家族を見つけてしまい、その人とは仲良くなれなそうもないし……。でもお姉ちゃんがいるから、私は平気」

「そうなのか。野乃香ちゃんも大変だね。お姉ちゃんと二人で頑張ってるんだ」

「はい。しっかりしてるようで、チョット抜けてるんだけど、楽しい姉です」

「野乃香ちゃん。俺は情けない親父で、息子と一緒に暮らせなくなってしまった。来夢は自分で今の生活を始めたから、一人でもやってるけど、何かあったら力になってあげてください」

「はっ、はあ―! かしこまりました。私が付いてますので、ご安心ください」


 野乃香は、人差し指をおでこのところへ持って行き、得意げなポーズでいった。


「何言ってるんだ! 面倒を見てるのは、いつも俺の方だろ」

「はい。そのようです。えへへ」


 それを見た来夢の父親は、微笑んでいった。


―――あっ、一度だけ彼女の作った昼食を食べたことがあったけど。


「まあ、二人とも、仲がいいな。問題が起きたら、協力してどうにか乗り切ってくれよ」

「今までの三年間も何とかやって来られたんだ。これからも何とかなるだろう。それにクラスメイトもできて、仕事仲間とは違う楽しさもある」

「いいなあ、学生は。若い時の時間は二度と戻って来ない。大事にしろよ」

「うん。なあ親父、こっちの暮らしはどうなの? 仕事はうまくいってる?」


 電話では言えないことがあるかもしれない。


「何とかな」

「そうか。ならよかった」


 日焼けした肌に、農作業の大変さがうかがえた。以前はふっくらしていた顔は、細くなり何だか筋張って見える。腕や足も、幾分細くなっている。


「力仕事以外の仕事はないの?」

「身を隠しながら、お金を稼ぐにはこの方法が一番いい。ここではあまり人に会うことがない。下手に都会で大勢の中で仕事していると、あいつらに見つかってしまうからな。こんな辺鄙な所までは来ないだろうから……」

「そうかもしれないけど、無理しないでね」

「ああ、お前はいつも優しいな。カレー、美味しいよ。二人で作ってくれたから、二倍美味しい」


 野乃香は、それを聞いて嬉しそうだ。


「うまくできて、よかったです。明日も何か作ります!」

「もう一日泊まっていけるんだな。嬉しいなあ」

「野乃香ったら、半分は俺が作ったのに、自分で作ったように言ってるよ」


 父親は、笑っていった。


「まあ、まあ、喧嘩するなよ。明日は仕事が休みだから、この辺を少し案内するよ。神社や公園ぐらいしかないが、都会の人にとっては気持ちが落ち着くし、ゆっくりできるだろう」

「わ~い、ありがとうございます。あたし広い所大好きで~す」


 久し振りの親父との団らんは、心から寛げるものだった。あっという間に夜が更けて、もう寝る時間になっていた。



 親父が、ちゃぶ台をかたずけていった。


「俺は向こうの狭い部屋で寝るから、来夢たちはこっちの部屋で寝るといい」

「うん。えっ、二人で……」


 俺は思い切り焦った。野乃香と目が合い視線が絡んだ。

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