第10話 野乃香フリルの付いたエプロンを付けて料理する

 彼女は、フリルの付いたエプロンを付けると、ポケットに手を突っ込んで考え始めた。


―――そんな仕草をすると、何を考えているのかわからなくて不思議な感じがする……。


―――この服装をすると、女子は大抵可愛らしく見えるものなのだが。


「う~ん、何がいいかなあ? お昼まだ食べてないよねえ?」

「食べてない」

「あたしが腕に寄りを掛けて美味しいものを作るから、食べてね」


 そう言うと、冷蔵庫の中を覗き込み、何やらガサゴソと材料を取り出した。今日は手料理でもてなしてくれるつもりだが、何ができるのだろうか。


―――彼女、俺の事どう思ってるんだろう。


―――警戒が溶けたばかりなのに、すぐに家に呼ぶなんて、慣れるのが早すぎるし……。


「そうそう、これこれ。これがおいしいんだよね」


 野乃香は、野菜を何種類か取り出し、まな板でザクザクと野菜を切った。それをざるの中へ入れる。俺は、そんな姿をテーブルの前で眺めているしかない。


―――キッチンが狭いので、下手に手を出さないほうがいいかもしれないなしな。


「下ごしらえができた! さあて、フライパンを出して、肉と野菜を炒めます。そこに座って、応援しててくださいっ!」

「そうするね。手伝うといっても何をしたらいいかわからないから」

「期待しててね」


 野乃香はこちらを向いて、ウィンクしている。楽しみにしていてね、という合図だ。応援と言われたので、俺はガッツポーズを取った。ジュ―という音がして、肉と野菜を炒めるいい匂いがしてきた。野乃香は、何やらアニメの主題歌を歌い始めた。


 その歌声に合わせて、菜箸をを動かし、フライパンの中にうどんを投入した。美味しそうな香りとともに、湯気が立っている。


―――おお、もうすぐ出来そうだ。


「あああ~~、もうすぐ出来そうですっ! ああ、いけないっ、急げっ、焦げちゃうよお! 早くしないと!」


 急に慌てふためいている。


「どうしたの?」

「お皿を、お皿を、お、お、お皿を、出して! 来夢!」

「は、はい、はい、はい、はい、どこ、どこ、どこ~~!」

「そっちの食器棚の、上の段の! は、早く~~っ! 来夢う~~早く出して!」

「わ、分かったから、落ち着いて!」


 俺は、食器棚をあちこち開けて見た。上の段に数種類のお皿が二つずつ仲良く重ねておかれている。一番大きいお皿を二枚持ち、キッチンにいる彼女の横へ並んだ。


「これでいいのかなあ?」

「そう、そう、これ!」


 日を止めてフライパンを持っている彼女は、ホッとしてお皿を見た。作る前にお皿を出しておけよなあ。俺はおかしくなって、くすりと笑ってしまった。


「あ~ん、笑わないで! 作ってるときは、必死なんだから!」

「わあ、美味しいそうだな」


―――見た目は本当においしそうだ。


「でしょう」

「は~い、出来上がり!」


 野乃香は、二つのお皿に焼うどんを取り分けた。片方に少し多めに入れている。


「じゃあ、テーブルに置くね」

「オッケー。お箸は」

「ああ、引き出しの中に入ってたから、出しておいた」

「サンキュー」


 会話が同年齢っぽくなってきた。一つの事に集中していると、そうなるらしい。


「どうかな、食べてみてください?」


 今度は敬語を使う。


「うん、頂きま~す。うん、おお、美味しい、チョット薄味だし、野菜がちょっと固いけど……」

「そうお、醤油が足りなかったかなあ、早く火を止めちゃったからかなあ?」

「いや、丁度かな」

「あたしも、食べてみる」


 美味しいとか、美味しそうとか言う言葉を聞き、もじもじ嬉しそうにしている。野乃香も、パクリと食べた。


「はふ、はふ、熱っつ―い。私は、この位の味が丁度いいです。今度は、少し濃いめにします」


 彼女は、首をかしげている。失敗をしでかしたような、泣きそうな表情をしている。人によって味の感じ方は違うのはしかたがない。


「ね、気にしないで……」

「うん。だけど、おいしかったって言ってくれて、良かった」


 野乃香は、べそをかいたような顔をしている。


―――このシチュエーションは、そう……まるで、新婚家庭の夫婦を彷彿とさせる。


―――しかも、幼い妻は、エプロン姿でテーブルに向かい合って、湯気の向こうで笑顔をこちらへ向けている。


 フレアースカートの上に、フリフリのフリルが付いたエプロンという女子力ビーム満載の服装だ。この姿を見て、うきうきしない男性はほとんどいないだろう。そんな想像をしていると、彼女はどんどん話しかけてくる。


「そうだ、美味しかったら、私の分も少し上げるね。食べて!」

「あれ、あれ、いいの? そんなにくれちゃって……」

「ほら、ほら、いいから、食べて」


 そう言って、自分の皿から箸で数本のうどんと野菜をすくい、俺の皿に入れた。こちらの皿の方がだいぶ少なくなっていたのだが、追加されて再び多くなった。そういうことが初体験の俺は、黙ってされるがままに任せていた。


―――だけど、彼女俺にずいぶん親切にしてくれるけど、どういうことなのかな。


「野乃香、ご馳走様」

「あんまり上手じゃないけど、又食べに来てね」

「うん」


 野乃香の目が、キラキラ光っている。食べ終わると、野乃香はエプロンを外した。


「お姉さん、俺がどんな奴か心配してるんだね」

「あ、ああ、今の私にとっては保護者みたいな存在だから……」

「俺と同い年なのに、しっかりしてるね」

「結構ドジなところもあるんだけど、会社に行くのに、定期券を忘れて行ったり、傘をどこかに置いてきちゃったり、よくあるんだ」

「まあ、そのくらいの事は誰にでもある」


 すぐにいなくなってしまったところを見ると、俺の事を安全な奴だと思ったのだろうか。


「気を悪くしたら、御免」

「そんなことはない。まあ、むしろ当たり前だよね。友達、まして男友達がどんな人かは、気になるだろうし」

「そうだね」


 会話が止まってしまったのだが、野乃香はもじもじしている。


―――この沈黙は辛い。


―――さてどうしようか。


「腕相撲でもする?」

「は、はい」


 俺は腕をテーブルに出し、右腕を腕相撲の体勢に保った。彼女も腕を出して右腕で、しっかりと手を掴んだ。左手で上から押さえて掛け声をかけた。


「一、二の……、三っ!」

「あああ~~っ、ダメだ~~っ、うわ~~っ」

「俺の勝ちだ」


 すぐに勝負が付いてしまった。


―――なんか可哀そうだったな。


「じゃあ、次はハンディを付けて、両手でやっていいよ」

「こうかな、本当にいいの両手で?」

「いいから」

「一、二の……、三っ!」

「よいしょ!」


 野乃香は声を出して、両手に力を込めた。


―――さすがに両手では強い。


 俺は必死になって踏ん張る。


「う~ん、どうだっ!」

「よいしょ、よいしょっ!」


―――いい勝負だ。


―――両手でやって、力は均衡だ。


―――ああ~~っ、でも負けそうだ~~っ。


「うっ」


―――やられた。


「あっ、あたしの勝ち?」

「まあ、ハンディはあったけど、勝ったね」

「えっ、いいの。わ~~い、勝った。来夢に勝っちゃったよ。御免ね」


 満面の笑みを浮かべて喜んでいる。


―――幼いなあ、やっぱり年下だな。


―――しかもとってもわかりやすい。


 こんなことをして、思い切り手を握り合ってしまった。俺も可愛い妹が出来たようで、心がほっこりしていた。さあ、そろそろ帰ろうかなというと、野乃香の笑顔が止まった。


「また学校でね」

「そうだね、会えるもんね。これからはいつでも……」


 彼女は意味深なことを言った。

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