第4話 夜の街は誘惑が一杯

 仕事が終わり、社長の誘いで会社の仲間と居酒屋へ行くことになった。とはいっても、当然の事だが、未成年の俺には酒を飲ませてはくれない。こっそり家で飲んだことはあるが皆の手前飲むわけにはいかない。いつもコーラやウーロン茶で乾杯し食事をするだけである。


 俺は、ぱっと作業着を脱ぐと、会社で働いたお金で買った一張羅のダークスーツに着替え、夜の街へ繰り出した。これでサングラスをかけると誰も未成年だとは思わない。歩いていると、大人として見られるて気分がいい。昼間は、閑散としている歓楽街だが、夜ともなると熱気に包まれ、大人の街へと変貌する。


「おう、いつも決まってるなあ来夢。馬子にも衣裳だな」

「おじさん、それを言わないでくださいよ。出かける時ぐらい、びしっと決めたいじゃないっすか」

「そうだよな。分かるよ、その気持ち。それに、仕事にも慣れてきて、いっぱしの社会人だからな」

「褒められてるんだか、けなされてるんだかわからないや……」

「褒めてるんだよ、来夢。逆境にめげず、一人でよくやってるよ」

「おじさん、いやあ、社長のお陰ですよ」

「ワハハ、良くいうよ!」


 叔父はまんざらでもなさそうな顔をして喜んでいる。ガサツな男だけの宴会は盛り上がり、お開きにになり来夢と社員たちが外へ出た。社長が会計を済ませて出てくるのを、待っているところだった。


 来夢と、ガタイが良くて力仕事にいかにも向いていそうな大村が一緒に立っていた。それを取り囲むように、数人の社員がいて、彼らはタバコを吸っていた。


 傍から見ると、俺たちは何者に見えるんだろうか。会社の作業着子ど脱いではいたが、オフィスで働くサラリーマンには見えないだろう。俺と同じくサングラスをかけた大村を見たら、まともな社会人には見えないかもしれない。そんなことを考えながら、地面を見ながら待っていた。



 すると、その街に場違いなというか、ぴったりなのかどちらかわからないような少女が、とことこと歩いてきた。少女はセーラー服を着ていて、片手には小さな袋を下げていた。こんなところに平然として入り込むなんて、やはりこの街で仕事をしている女の子、いや若造りしたアルバイトのギャルなのかもしれない。


 そんな彼女の姿を見ていると、きょろきょろと店のネオンを見ながら、どこの店に入ろうかと物色している男性の二人組の一人が、彼女に声を掛けた。


「おい、そこのギャル。どこの店の子?」

「な、なんですか。あ、あたしの事ですか? あたし、これからそこのお店に行くところなんです!」

「ちょ、ちょっと待てよ。これから出勤かあ。それにしてもセーラー服姿とは、いいねえ。どこのキャバクラで働いてるんだ?」


 彼らは、セーラー服姿で仕事にやって来た少女に声を掛けているのか。というより、ほとんど絡んでいるような格好だ。店に出勤する前に、個人的に口説いてしまおうということなのか。


「俺たちと遊んでいかないか! 店に出勤しするより金になるぜ!」

「ああああ~~! 止めてくださいっ! あたしそういう仕事してないんで!」

「何かっこつけてんだよ! その服装が証拠だろうが!」

「これは本当に中学校の制服なんです~~っ!」

「嘘だろう。どう見ても店の服だ。出勤なんかしないで、俺に付き合ってくれたら、もっとお小遣いをはずむぜ!」

「いやよ!」

「何が嫌なんだよ。働いてるくせに!」


 店の灯りの中では、制服なのか店のコスプレなのかがわからないが、嫌がっているのを無理に誘っている連中に腹が立ってきた俺は、そいつ等の方へ歩いて行った。


「おい、やめろよっ! 嫌がってるじゃないかっ!」

「何だ、お前。関係ないやつは、引っ込んでろよ!」

「嫌がる女の子を、無理やりつれて行く奴は許せないんだっ!」

「なんだとおおお――っ! てめみたいなガキは、引っ込んでりゃいいんだっ!」

「そんなわけにいかねえよ!」


 その女の子は、俺たちの間に挟まれ、ガタガタ震えている。その女の子に向かっていった。


「大丈夫だ、ここは俺に任せておけ!」

「はっ、はああ……」


 それから俺は、粋がっている二人組に向かってサングラスをくいっと持ち上げた。


「俺が相手になろうか! それだけじゃ不足だったら、後ろに組員たちが控えてるからなっ。兄貴、俺ちょっと用があるから……」

「なっ、何だよ。来夢!」


 俺は、店の前ででかい図体でド~ン両足を広げて構えている大村の方を向いた。彼は何のことかと分からず、腹をさすりながら上着の胸ポケットへ右手を突っ込んだ。それに気を取られている奴を、右手でポンと押すとよろけてぐらりと転びそうになった。もう一人が、大村の動作を見て、よろけた男に耳打ちした。


「アイツ、ちょっとやばいんじゃないか。胸に手を突っ込んだぞ」

「そうだな、刃物を持ってるのかもしれない。それとももっとやばいもの」

「ピストルかっ! 相手にすると後で何されるかわからないっ」

「ここは退散した方がよさそうだっ!」


 そう言って、悔しそうにおれを睨みつけて逃げていった。後に残った少女は、まだ震えたまま俺の顔を見た。


「組の方……でしたか。ありがとう、ございました。助かりました。お礼はできませんが……お金がないんで」


 そう言うと、ぶるぶる震えて、泣きそうな顔で俺を見つめた。俺は別に、説明しようとは思わなかった。組の方であることには変わりはないからな。


「いやいや、いいんだ。人助けができてよかった。別に礼には及ばない。早くいけよ、誰かまってるんだろう」

「ああ、母に届け物があって、ここへ来ました」

「ふ~ん、お母さんに忘れ物を届けに来たんだ。感心だな」

「ちょっと、その辺の店で働いてるもんですから」

「まあ、いいさ。じゃあ、行けよ」


 少女は、何度も後ろを振り返りながら、歩き去った。


 どう見ても、コスプレしているとは思えない。現役中学生のようだった。上目使いに俺を見る目は、つぶらで純粋そのもの。またここらで会うことがあるだろうか。会ったら、今度はもう少し話をしてみようと思った。


 それから何度もその界隈に行っては見たが、その少女に会うことはなかった。俺はいつしか、少女の事は忘れてしまっていた。少女のきゅっと結んだ髪に、豚の髪飾りがついていたことも、暗がりの中で気づくことはなかった。

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