第6話 その六 パーム  伸たまき(獣木野生) 新書館

 多分、マップスよりもマイナーな作品だと思います。新書館。伸たまき(現在はPNを変えて獣木野生)さんの作品です。

 もし無人島に何か一種類だけマンガを持っていくなら。そんな類の思考実験がありますが、私ならこれを持っていくな、という作品です。

 新書館と聞いてBLを連想した人もいるかもしれませんが、この作品は新書館がBLに注力する以前、聖伝とかの時代からの作品ですね。

 そしてこの作品の何がすごいかっていうと、新書館の編集の全員が、パームを担当したくて入社した、という不確かではありますが活字化されたエピソードがあるのです。

 途中で作者が自然保護活動に偏り、作品としての方向性がブレましたが、現在はまた戻っています。具体的には「愛でなく」辺りはちょっと迷走していた感じでした。


 さて作品の魅力ですが、これは物語として秀逸であるという点と、それを彩るキャラクターが個性的という、単純ですが基本的なことが極めて優れているのです。

 ジェームス・ブライアン、カーター・オーガス。主にこの二人の男を中心とした、群像劇。ちなみに私はレギュラーメンバーの中ではアンジェラが好きです。


 マフィアのボスの甥として生まれたマイケル、後のジェームスは誕生と同時に母を失う。そしてある理由から、保護者である叔父からも命を狙われる。

 誘拐されたジェームスは長年対立組織のボスの手駒になるように育てられるが、油断を誘ってわざと警官に銃を発射し、刑務所の中に逃げ込む。

 叔父の手から逃れるため時折脱獄を繰り返しては、その度に刑務所に戻るジェームズだが、対立組織のボスの死と共に、刑務所での生活を終えることになる。


 一方のカーターもまた、生まれた時から母との確執を持っていた。

 わずかに流れていた日本人の血、それに対する差別。カーターは伯父を後見人として、両親と離れて育つこととなる。

 彼の周囲にはどこか死の雰囲気が漂い、大切な者が失われていく。そして最も大切な者から、彼は自ら離れる。


 外科医であったカーターは、全く畑違いの探偵業を始める。そこへ助手を雇えと言う友人がやってきて、彼は刑務所で間もなく刑期を負えるジェームスと出会うのであった。

 あるはずのない海、というサブタイトルのついた章から、事実上この物語は始まる。

 刑務所内で大学教育を受けていたジェームスは、IQ200以上の天才で、そこを見込まれて対立組織のボスに狙われた。

 このジェームスの天才描写は、世の凡百の作品における天才キャラの天才描写とは全く異なる。彼が天才であることはわずかな描写で納得するし、そしてその人格が極めて牧歌的なこともすぐに分かる。

 カーターというどこか人生に投げ槍になっていた男の下で、ジェームスは天下の大企業を軽く辞職して、助手として働くことになる。

 ほぼ同時にカーターの遠縁であるアンドリュー・グラスゴー。そして紅一点でありやはり親戚のアンジェラ・ヴァレンシュタインが加わることによって、本格的に物語りは始まる。


 この作品の魅力の半分をキャラクターの魅力とするなら、その9割近くはジェームスにあると私は思う。

 マフィアのボスの血統を持ち、その故により人殺しを犯すジェームス。しかし彼の精神はあくまでも優しく、それゆえに厳しい。

 笑わない人間であるが、いや笑えると反論し、普段使ってない表情筋を使うからちょっと待てというシーンなど、最高のやり取りである。

 私は完全に自覚した異性愛者であるが、ジェームスとなら親愛のハグをして、頬にキスをすることも躊躇わないだろう。それほどの、ある意味で異常な魅力が彼にはある。

 長身で怪力、美形で頭脳明晰、博愛の精神に溢れながらも甘さと優しさを混同しない。もしキリストや仏陀が私の目の前に現れたとしても、私は架空の存在であるジェームスを選ぶであろう。

 私は完全な異性愛者だと、普段の性向からも断言するが、誤解を恐れずに言えば、マンガのキャラクターである彼を愛しているのだ。


 現在物語は最終章「TASK」に入っている。

 この極めて日本的価値観から独立した、おそらく比較検討が不可能な作品がどういう完結を迎えるか、実は既に作中で明示されてある。

 ジェームズは死ぬ。そしてカーターは長く生き、ジェームスと名付けた己の息子との関係に頭を悩ませるのだ。

 ただその展開、何故ジェームスが死ぬのか、それはまだ分かっていない。しかしなぜ、どのように彼が死ぬのか。

 この物語の完結を異届けるまで、鬱病を患う私は、自殺への願望に負けずにいられるだろう。

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