十四・工作(一)

「なんじゃあ!? もう解決してしまったのか!!」


 それが、姫と僕が現場である森の中に向かった後の、姫の一声だった。


「は、はい……」


 何か悪いことをしただろうか。そう言わんばかりの困り顔をするアズキ。本来は良いことなのだがね。今回ばかりは、空気を読んでくれ! と言いたくなる。


 … … …


 一体何がどうなったのか。それには、別行動をしていたアズキとアランが大きく関わってくる。


 アズキとアランは、僕達が城でポイぺ王と話をしている間、ポイぺ国の周辺調査を続けていた。


 水族館へ行ってはイルカのショーを見て大騒ぎし、アランは妻子へ、アズキは実家へとそれぞれグッズを買った。


 次に行ったのは、海産物の料亭だ。姫に誘われたことから、予算はそれなりに持ってきていた二人。ちょっと贅沢をしようと言う話になり、それはそれは素晴らしい料理を堪能したのだそう。


 この次に向かったのが、魚市場だ。二人はここでも味見を幾分かして、家族へのお土産を沢山買った。水族館のお土産や、新鮮な魚を速達するべく、直接運搬屋へ持って行ったのだ。


 ……これ、本当に周辺調査か?


 それはさておき、本題はここからだ。運搬屋へ持って行った後、また周辺調査へと戻ろうとした二人であったが、アランが運搬屋に忘れ物をしたらしく、それを取りに戻ったのだ。


 すると、先程まで男達が汗水垂らして働いていた現場が、騒ぎ立てていたのだ。


 何があったかと聞けば、何と荷物を賊に盗られてしまったのだと言う。それも、今回はポイぺ国の輸出物である大事な海産物まで盗まれたとのこと。皆が落胆していた。


 それを聞いた二人は、賊が何処へ逃げたのかと方向を尋ねた。男達に賊の逃げた方向を聞いた二人は、その素早い足で賊を追い、見事賊を懲らしめたのだそう。そう。これが事の真相である。


 … … …


 二人のしたことは決して悪いことではない。むしろ、二人は市民の荷物を守ったヒーローとも言えるだろう。しかし、このままではポイぺ王に花を持たせられない。理想としては、ポイぺ王の指示を頼りに僕達が動き、賊を捕まえてポイぺ王の自信をつけさせることだったのだから。


「困ったのう。大臣に王を頼まれたばかりだったのじゃが~。これでは私のメンツが丸つぶれじゃあ」

「姫のメンツはどうでも良いですが、困りましたね。ポイぺ王に何と言うべきか」

「えっと、何かあったの?」


 アズキは不安げに僕を見る。そうだよな、事情を知らないんだ。勝手に話し込まれても二人は不安なままだ。あまりの展開に腹を抱えて笑う姫をよそに、僕は城での出来事を二人に伝えた。


「……そうだったの。それは悪いことをしたわね」

「いや全く。二人は当たり前のことをしただけだ」

「でも困った人だなぁ。港町の人って、みんな転んでも笑い飛ばしてるイメージなんだが」


アランのイメージはよく分からないが、確かにこの状況には非常に困っている。大臣にあんな風に頼まれて、賊が既に捕まっていました。とは非常に言いづらい。


 うーむと悩む僕達三人。そんな僕の肩を、姫はポンと叩く。


「まぁそう落ち込むなモモロン。長い人生だ。こう言うこともあるのだ」

「姫、一番悩むべきなのは貴方でしょうが」

「え~」


姫は口を尖らせて僕達を見る。直後、口を尖らせたままひょっとこ面(ヅラ)を見せる。アランが爆笑すると、アズキも釣られてクスクスと笑い出した。くそ、ゲラ共め。


「……まーアレじゃな。こうなったら、工作じゃ!!」

「こうさく?」


僕は姫に尋ねる。すると姫は上機嫌なご様子で、人差し指を立てて話し始めた。


「賊が捕まってしまったのにはそち等に責任があるぞ。アズキ、アラン」

「申し訳ございません」

「すみません姫様」


理不尽な言い回しに、二人は素直に謝っている。二人が謝ると、「そうではない、最後まで話を聞くのだ!」と手を振った。


「こうなってしまったことには、二人の責任がある。だったら、何でもしてくれるよな?」

「は、はい。勿論ですが」

「何する気ですかい? 姫様」

「だーかーらー! そち達が、今度は賊になるのじゃ!!」


姫は両手を伸ばし、それぞれ人差し指をアズキとアランへと向けた。二人は思わず、「ハイ!!」と敬礼をした後で不意打ちを食らったような顔をする。


「私達が賊になる。とはその、つまり……」

「ああ。今から盗むのだ。取り返した物を全部」


姫はニヤリと笑って二人を見た。ああ、可哀想。


 二人は、「いやぁ」と数歩後ずさったが、姫が早足で二人の手を掴んで離さない。アズキは首を横に振り、アランは視線を斜め上へと逸らしたが、姫はその手を掴んだまま、森の奥の運搬屋へと消えていった。


 … … …


 数分後、僕達は森の入り口に待たせていたポイぺ王を呼び、森の奥へと来てもらった。


「と、ところで、賊って本当にいるのかい? もう逃げたんじゃ……」

「いや? どうかなぁ?」


姫は意味ありげにニヤニヤと笑っている。僕が、「OK」と言ったら、きっと笑い出すくらい楽しみなのだろう。彼等の勇姿が。本当に可哀想だが、確かに今回は、賊がどうのこうのより、ポイぺ王をどうのこうのするのが重要だ。僕も姫の無茶苦茶な案に乗る。


「ポイぺ王、此方の奥の方より、目撃の情報を運搬屋から伺いました。ですよね?」


 僕が運搬屋の方を見ると、運搬屋は頷いた。


 今回、ポイぺ王の事情を話したところ、運搬屋は快くこの計画に乗ってくれた。多分、姫同様面白がっているのだと思う。運搬屋の口元は若干緩んでいる。


「ポイぺ王、どう致しましょう?」

「えっと、君はどうしたら良いと思う?」

「ポイぺ王。此処へ来た意味をお忘れで?」


こうなったら、意地でも貴方に解決してもらわねばならぬのだ。何故なら、奥では二人の男女が嫌々ながらも悪役のフリをして待ち構えているのだから。一睨すると、ポイぺ王は冷や汗をダラダラと流した。その様子に、兵達はオロオロと僕とポイぺ王を見る。


「で、でも……」

「これモモロン! だから、ポイぺ王も現場を把握せずには何も言えないのだと言っておろう? ほれ、さっさと目撃現場に案内するのだ」

「あ、いや……」

「そうですね。これは失礼致しました。どうぞ、此処からは足場が悪いゆえ、お手を拝借」


ポイぺ王の手を引き、そのまま持ち上げると両腕の中に収めた。見た目同様、なかなかの体重だな。


「モモロン、私は?」

「姫は自力で来れるでしょう」

「私の国の部下とは思えんな……」


 姫のぼやきを無視し、僕は木々を渡って跳躍しながら進んだ。急に高く飛び上がったのが驚きだったのか、ポイぺ王は何度も女子のような悲鳴を上げていた。


「さ、もうすぐですよ。ポイぺ王」


 目的地の目印である荷物の山を確認すると、僕は木の枝から飛び降りた。着地後、ゆっくりと顔を上げる。これはかっこつけているのではなく、目の前のものをすぐに直視する勇気が無かったからだ。目出し帽を被った二人の男女の姿を。


 笑うな、笑うな。強く言い聞かせたが、目に入った瞬間やはり吹き出してしまった。僕の様子を見て、片方の小柄な賊は恥ずかしそうに頬に両手をやった。やめてくれ、その姿が更に笑いを誘う。


 その賊は当然アズキだが、僕共々、あまりおかしな様子を見せるとポイぺ王に感づかれる。珍しく、もう一人の賊、アランがアズキの背を叩くと、片手に持っていた鉄製の短い武器――クナイを僕達の方へと向けた。


「テメェ等、一体俺様達に何の用だ」


おお、らしい。それらしいぞ。自分より格下であるアランに負けているようではいけない。アズキの心の声が聞こえるようである。アズキは羞恥心を捨て去るかのように大きく手を振ると、悪女のような声で高笑いをした。


「ボウヤ、もしかして私達に盾突こうってんじゃないだろうねぇ。痛い目見ても知らないよ?」


ボウヤとは、僕に言っているのだろうか。それとも……ポイぺ王か? どちらにせよ、どう見てもボウヤには見えないが。まだ若干の恥じらいがあるのだろうか。先程の高笑いと言い、若干まだ乗り切れていないのが目に見える。不安になってポイぺ王を見てみると、ポイぺ王はガタガタと震えあがっていた。良かった、恐怖で疑うどころじゃ無いらしい。


「ポイぺ王、どう致しましょう」


 僕はポイぺ王の肩に手をやり、決断を委ねる。僕が振れたことで、ハッと現実に戻ると、ポイぺ王は僕を見る。


「じゃ、じゃあ命令するぞ、モモロン君!!」

「仰せのままに」


 ポイぺ王より一歩前に出る。ポイぺ王、どうか決断はお早めに。でないと、きっと笑ってしまう。


 ポイぺ王は一息つくと、目をカッと見開いた。良いぞ、その調子だ! 何時でも剣を抜けるように構えると、後ろからポイぺ王の声がわずかに聞こえてきた。


「……モモロン君、何か技ある?」


 ……いや。僕、妖怪でもモンスターでも無いんで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る