十・参る

 姫に言われた通り、僕は姫からの手紙を数人の兵と共にムネモシュネ国の従者に手渡した。あの乱闘事件を知っているらしく、従者達は怪訝そうな顔をしていたが、「待って下さい」と僕達に言うと、手紙を王へと届けてくれた。


 それから、一時間近くは経過しただろうか。従者が手紙を持って帰って来た。封筒を見ると、「考える時間を頂きたい」とのこと。これを姫に渡すと、姫は顎をしきりに触って文面を見つめていた。やがて考えを決めると、立ち上がって僕へと手紙を返される。


「ならば、此方から向かおうではないかモモロン」

「どう言うことですか?」

「だーかーらー。それに、考える時間を頂きたいと書いておったろ? もう十分考えたろ、ヤツも」


 彼女は一体何を言っている? 確かに隣の国から馬で来て、城へ戻るまではなんやかんやで三十分くらいはかかったが、この書き方は数日の猶予が必要って感じだろう。


「姫は三分くらいで決断出来るかもしれませんが、相手はそうもいかないと」

「何を言う。私だって三分で決断出来ることは少ないぞ! 精々出来ることと言えば、自分が男か女かくらいだよ!!」


それはもっと早く決断出来るだろう! とツッコみたいところだが、実際に口にするのは絶対に嫌だ。心の中で彼女へのツッコミを終えると、表情を変えずに話を続ける。


「それで、どうして今行こうと? きっと怒られますよ。ムネモシュネ国の王は短気なのでしょう? 頭を冷やすべきだと言ったのは姫ではありませんか」

「短気は損気なのだ。それにな、短気と言うのは、考えれば考える程腹が立ったり不安になったりするものだ。私達は一日待った。奴にとってはそれで充分なはずじゃ。だから、これからサプライズをしに行く! どうじゃ!!」


どうじゃ!! と言われても……。確かに短気な人間は待たされると怒りっぽくもなるものだが、急に行くのも結構腹立たしいものなのでは。サプライズをしに行くって、友達や恋人だったら嬉しいだろうが、ほぼ面識の無い相手じゃなぁ。などと、僕が思った所で、彼女の考えはもう決まっているのだろう。


「よし、行くぞ!」


 僕の手首を掴むと、姫は僕達の様子を見つめていた兵達に馬の手配を命じた。兵は慌てて王の間を出て行くと、始終を見ていたエロス様が、やれやれと首を振る。


「妹よ。君の言動には驚かされることばかりだ」

「兄よ! たまには自国に帰ったらどうなのだ。こんなところでおなごの尻ばかり追い求めていてはロクな男になれんよ?」


姫の言葉に、エロス様は数秒黙り、目を逸らして口笛を拭いた。子供か。


「兄様、達者でな!!」


それは兄様のセリフだと思うのだが。


 姫は見事エロス様を論破すると、僕の手を引いて意気揚々と歩きだした。ちらりと後方を見てみると、ガクンと項垂れるエロス様がいた。……妹って、強いな。


 … … …


 王の間を出た後も、多少の準備で城の中に残っていた。姫の部屋のソファに座らされ、姫の服を選ぶ姿を見させられる僕。意外と女子力があるように聞こえるだろうが、服はとんでもなく趣味の悪い服ばかり。当然美しいドレスや小奇麗な布もあるが、それらには一切目もくれない。せめて、そのツギハギだらけの服だけは着ないで欲しい。そんな願いが彼女に届くはずもなく。


「お、これ良いなぁ。これを着た娘が姫とは思わんだろう!」


姫は僕がいることも気にせずドレスを脱ぎ、ツギハギだらけの服を着た。幾らバレない為とは言え、その美しい黄緑色の髪ではバレると思うし、仮にバレなかった場合、そもそも城に入ることが許されないだろう。


「姫、変な格好をしては入れなくなりますよ」

「入れない? サンタクロースは煙突の中から入ったりするじゃろう。私達だって、どこかしら入れる道があるはずだ」


汚れてでも入るってか。全く、ああ言えばこう言う姫。僕も一概には言えないが。


 姫は自室から隣の部屋へと移動すると、そこのクローゼットからも服を取り出してきた。そこにあるのは、ツギハギだらけのズボンと半袖。ついでに、僕の手の中に割れた眼鏡を置きやがった。


「こんなこともあろうかと、男性物も作っておいたのだ! と言うか、兄様にプレゼントしようとした物だったのだがな。兄様は持ってるから要らぬと言っておったし、モモロンにくれてやっても良いだろう」


 姫。多分ね、それは嘘だと思いますよ。こんなツギハギだらけの服、持っている王子なんて僕は未だかつてしりませんし、仮に持っていたとしても、僕なら捨てます。幾ら地味な男になりたいと言っても、これは逆に目立つでしょう。と言うことで、僕は姫の好意を断固否定。


「結構です」

「いやいや、着るのだ」

「お気遣いなく」

「気遣ってはおらん。お前はこれを着るのだ」

「嫌です」

「着る運命なのだ」

「いえ」

「着るのだ」

「いいえ」

「着ないのだ」

「いっ……はい!」

「……そうか」


やっと諦めたか。少々長いラリーに苦戦したが、これは僕の勝利と見て良いだろう。


 よしっと小さく拳を握り、涼しい顔をしていると、姫が頬を膨らまして此方を見る。姫、そんな顔をして揺らぐ人間に見えるか? 僕はそんな顔一つに心揺らぐ程人間じみてはいないぞ。


「……命令を聞かない兵には処罰を下さんとな。モモロン、民達の前で、羊のウンコを食べた時の感想文を」

「着ます」


 僕は即座にコートを脱ぎ払い、しっしと手で姫を追い払う。「男らしくないのう」と眉をひそめながらも、隣のクローゼットのある部屋へと移動してくれたので、僕は急いで着替える。……って、よくよく考えたら、姫の部屋から姫を追い出して服を着替える僕も相当かもしれない。


 … … …


  服を着替えて姫の部屋を出ると、城内の者達が驚きの表情を見せたり、クスクスと笑ったりと、素晴らしき拷問を受けていた。姫はニコニコと歩いているが、僕はなるべく目線を下に向けていた。また姫に付き合わされているのか? 姫に好かれたら終わりだよな? 姫を好きだなんて相当なモノ好きだよな? 知らん、聞こえない聞こえない。


 裏口から場外へと出ると、大きな馬車を用意していた兵が驚いていた。よく俺の剣の稽古を相手をしてくれるヤツだ。案の定ヤツはクスクスと笑うと、すぐに状況を察して馬車を下げ、一頭の馬を連れてきた。


「はい、どうぞ。楽しい平民ライフをお過ごし下さいませ」

「何と! 気の効くヤツじゃ、名は何と申す?」

「カレブです! 姫から名を聞かれるなんて光栄です。じゃあな、モモロン。姫をちゃんとリードしろよ?」


 カレブは茶化して肘で小突いた。それと同時に、先程の城内の声が再生され、ついため息が出る。落ち込む僕を見ると、カレブは明るく笑い飛ばして僕の背中を叩いた。


「他の兵から話は聞いております。向こうの城に殴りこみに行くのでしょう? イリス姫、そしてモモロン。健闘を祈ります」


 そう言って、敬礼をするカレブ。肩の力が抜け、強張っていた表情が緩んだ。僕と姫も敬礼をすると、僕が先に馬に乗り、姫へと手を伸ばす。僕の手を掴んで姫も馬の上に乗ると、僕はムチを打って、馬をムネモシュネ国へと走らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る