四:調達(一)

 ウラノス王には姫と僕が直々にガケメロンを五つ手渡した。幾ら追い込まれていたとはいえ、姫が見栄を張って沢山ガケメロンを持っていくと言ってしまったので、やはり二つでは足りないだろうと言う話になった。結果、僕は姫に連れられ、残り三つのガケメロンを採らされるハメになった。過重労働も良いところだ。腹クソが悪いので、全てにハトのフンを付けてやった。バレてしまえば確実に殺されるので、後で綺麗に洗ったがな。洗う前はフンまみれだったよ。フンコロガシが作ったのかな? ってぐらいフンまみれになっていたよ。


 献上と同時に、ウラノス国とは和平を誓った。あの王が、本当にロクでもない男で無い限り、また同じ過ちを繰り返すことは無いだろう。


 だが、問題はこれで解決では無い。たとえウラノス国がイリス国を狙わずとも、イリス国を密かに狙っている国はまだまだいるのは紛れもない事実。ゆえに、今まで他国とあまり関わってこなかった……と言うか、他国が関わるのを恐れてきたイリス姫も、他国と親睦を深めざるを得なくなってしまったのだ。


 そこで、まずは隣国のイリス国より少し大きな国である、コイオス国の王がイリス国へとやってくることになった。相手の目的は視察だろうな。イリス国より大きいだけあり、イリス国より人口が多いのは当然だが、コイオス国は敵兵の技術を磨くことに長けているので有名だ。容易に敵に回すことは出来ない。コイオス王はグルメなことでも有名だ。よく、結婚式のスピーチで三つの袋があると上手くいくと言うが、彼の場合、胃袋を掴めば味方になってくれる確率が高いだろう。まぁ、年的に玉袋を掴んでも味方になってくれそうだが。コイオス王は、六十代と結構な年ながらも、まだまだ現役なのだそう。姫さえその気になれば、この国はしばらく安泰だ。


 しかし姫はまだ若いし、エロス様曰くお付き合いしたことは一度も無いと言う。エロス様が知らないだけで二、三人はいるんじゃないかなぁと思うのだが、あまり言うと怒られそうなのでその時は愛想笑いだけしておいた。とにかく姫にはまだ男の影をちらつかせてはいけないのだそう。じゃあことごとく姫に連れまわされる僕は一体何なのか。犬か? キャラクターか? 姫も僕の目の前で平気で服を脱いだくらいだし、男とはみなしていないのだろう。


 話が多いに逸れたが、グルメなコイオス王を存分にもてなす為、イリス国城内は大変慌ただしくなっている。シェフ達は、美味且つ、オリジナリティのある料理を、知恵を出し合って考案し、メイドはどの皿を使用するか話しあい、執事はイリス姫に食事の作法を教えていた。執事の説明を聞くイリス姫は、だるそうに首を回した。これだけ慌ただしければ、僕一人が消えたところで誰も気づかないのでは無かろうか。


 僕は、以前も言ったとおり、本来誰とも関わらずに生きていきたいのだ。それは、昔も今も変わらない。姫や、姫の兄であるエロス様の人柄の良さは分かるが、幾ら人が良くても環境が悪く無くとも、人とは一切関係を断ちたくなる時がある。わがままかもしれない。だが、消えたい欲が理性よりも勝ってしまうことがある。それが、流浪を繰り返す僕の常。これからは、彼女も一人で頑張っていかないとな。そもそも、彼女は賢いから僕がいなくとも何とかやっていけるだろう。むしろ、今まで僕がいた意味はさほど無い。それではサラバ、イリス国。僕はそっと踵を返した。


「モモロン、どこへも行かせないよ」


……ですよねー。僕は引きつった笑みを、エロス様へと向けた。エロス様は、僕とは対照的な、爽やかな笑顔を僕へと向ける。どうして僕が去ろうとしたことが分かったのだろう。この人はエスパーか何かなの?


「どうして分かったのかって? そりゃあ分かるよ。君、人嫌いって感じのオーラ出してるもん!」


モロじゃないか。モロ心読んじゃったじゃないか。心の中の疑問を簡単に答えちゃったよこの人。困るな。自分の心の内を読まれるなど、拷問のようだ。仮に気付いていたとしても、それは言わないでほしかった。


「まぁまぁ。そんな嫌そうな顔するなって。こっちも全部分かるわけじゃない。人の心を読めるわけではないからね。ただ、そう顔に書いてあっただけさ。君がどうして人嫌いなのかなんて分からないし、君が僕をどう思っているかは何となくでしか分からない」

「僕が何て思っているか、何となく分かるのですか?」

「ウザいって思っている」


その通りです。そうか! 僕は今、ウザいと思っていると顔に書いているのか。だとすれば、他人に人嫌いと書いておくのも想像がつく。人嫌いだと始めに顔に書いておけば、名刺代わりになって便利だな。どうも、人嫌いのモモロンです! 的な。そんな名刺があれば、皆がそっとしておいてくれるだろう。あ、その代わりかなりイタい人間になるな。目立つのも嫌なので、それはそれで困る。


「初めて君を見た時、あまり表情に変化の無い人だと思ったけど、意外と顔に出るよねぇ。人を見下すような冷たい目をしている」

「そうですか」


冷静に答える僕に、「否定しないのが君らしいよ」とエロス様が笑って言う。


「折角言葉を続けようと思ったのに、何か萎えちゃった。それじゃあねモモロン、妹をヨロシクね~」

肩をポンと叩かれ、エロス様は颯爽と去って行った。じっとその行く末を見ていると、予想通りメイド達が沢山いる方へと向かっていた。このエロガッパめ。


幾らお兄様に引きとめられても、去りたいものは去りたいしな。騒々しい人混みに紛れて外へ出ようとした時、姫の声が聞こえてきた。


「モモロン、ちょっと来てくれ!」


僕が消える余裕は無しか? 姫に呼ばれてしまった以上は、向かわないと怪しまれる。僕は姫の元へと移動した。……今日一日、コイオス王のもてなしを終えたら、きっと皆落ちつくだろう。そしたらその夜にでも、そっとこの国を去ろう。


「姫、ちゃんと作法を受けないと駄目ですよ」

「いやしかしな、厨房が困っておるのだよ」

「厨房が?」


姫が頷く。姫は席から立ち上がると、自ら厨房へと進んで行く。僕は彼女の後をついて行った。厨房へと向かうと、確かに厨房にいる皆の様子がおかしい。とてつもなくどんよりとしている。これは重症だな。どんなショッキングな出来事があれば、こんなに空気が重くなるのだろう。


「これはひどいですね。何があったのです?」


僕は姫に聞いたつもりだったのだが、コックの中の一人であるコック長が立ち上がると、僕の服にしがみついてきた。おじさんに上から目線で見られても気持ち悪いだけだな。


「モモロン殿、実は注文していたチョコマが、道中馬車から逃げ出してしまったそうなのです!」


チョコマ? ああ。あの足が異様に細長く、時速最高四十キロは出せると言う珍妙な鳥か。確か珍味的な感じで、一度食べるとクセになるんだよな。ただ、見た目が悪いので一部ではゲテモノ料理とも呼ばれている。そんな食材を選ぶ辺り、彼等も姫にインスパイアを受けてしまっているように思える。


 それにしてもこの時間で逃げ出すか? 厨房の時計を見る。コイオス王が来るまであと四時間。料理自体に時間もかかるだろうし、今から別の食材を注文なんてしても間に合わないよな。これはヤバいな。


「悔しいです! 確かにチョコマは逃げやすいけど、あともうちょっとだったと業者も言っていました。まさか、国の手前の森で逃げるなんて……」


手前の森か。あそこは人でも迷いやすい。もしヤツが迷っていれば、もしかしたら間に合うかもしれないな。しかし、それにしても一つ不思議なことがあった。


「そんな足が速くて凶暴なヤツを、どうして生け捕りで運ぼうとしたんだ? 仮にそんなヤバいヤツが生きたまま来たら、さばくのが大変じゃないか」


素朴な疑問を尋ねると、コック長は涙目で答えた。


「……生きて連れてきた方が、生き生きしていてめっちゃ美味しいと思ったんです」


馬鹿丸出しの答えに、つっこむ気力も湧かなかった。責任感からか今にも涙が流れそうだし、何より可哀想だから頷いておこう。


「モモロン、出番ではないか!」


姫は肩を叩いた。何だか茶化されているようであまり良い気持ちはしないが、今回は国の将来がかかっているも同然だ。グルメなら、きっとゲテモノでも食えるだろうし、無いよりかはあった方が良いだろう。僕は頷いた。


「本当ですか! よ、良かった! チョコマが来るぞ!!」


コック長の声に、厨房全体に活気が戻った。いや、まだ連れてきたわけじゃないし、連れてこられるかどうかも分からないのだが……気持ちだけでも明るい方が良いか。


「モモロンだけでは心許ない。私も行くぞ!」


姫が胸を叩いて言った。いやいやいや。普通そこ、僕一人じゃ心許ないから、兵を増やすのでは無いのか? 何故戦闘能力ゼロの姫が付いてくる?


「やっぱり、運の無いモモロンには、とびっきり運のある私がいないとな! 何時やられるか分かったものじゃない。はっはっは!」


運が無いのは確かに当たっているが、僕はそもそも貴方と関わること自体に運が無いと思っているのだがね、姫。何度も断ったものの、姫は是が非でもついて行くとうるさい。普通、お姫様が外へ、それも凶暴な動物の元へ行くとなれば誰か彼か止めるはずだよな? 今のところ誰も止めないのだが大丈夫か? え、もしかして死んでほしいの?


「何をうじうじとしているのだモモロン! 早く行くぞ!!」

「は、はぁ……」


姫に背中を押され、仕方なく僕は姫と森へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る