三:採集(一)

 ガケメロンは王が戦争を取りやめる唯一の条件だ。だからこそ、王へは絶対にガケメロンを献上しなくてはならない。


 だが、ガケメロンはその名の通り高く切り立った崖の途中で生えており、とても取りづらい位置にあるメロンなのだ。その上、ガケメロンをとっていく鳥や、食い散らかす虫なども多く、人の手に渡ることはそうそう無い。弓で取ろうものならば、その実は感情を持ったかのように揺れるのだとか。なので、ガケメロンを見つけることすらままならないのだ。


 しかし偶然にも、ガケメロンは早く見つかった。しかも、二つも実っている。一つの茎から、二つに分かれているので、遠目から見たら黄緑色のサクランボのように見える。姫は、持参していたはしごを崖に引っ掛け、登り始めた。……が、見るからにして、長さが足りない。ガケメロンまで、三分の一も届いていない。これならば紐を吊るした方が早いのではないか。そうは思ったものの、ここは少し泳がせてみよう。はしごが倒れないようにガッチリと掴み、登って行く姫を見る。姫ははしごの頂上まで登り切ると、辺りをキョロキョロと見渡し、ゆっくりと降りてきた。


「採れないな」

「ですよね」


 彼女が、「な」を言う時点で僕は素早く答えた。その速さがツボだったのか、姫は腹を抱えてげらげらと笑った。


「それじゃあ、もう少し大きいのを出すとしよう!」


姫はもう一つ、寝かせていたはしごを取り出した。先程の二倍くらいの長さはある。だったら始めからそっちを使えばいいものを。たたまれていたはしごを伸ばし、姫は脚をかけた。確かにさっきよりは長いが、これもこれでガケメロンには程遠そうだな。このはしごと、さっきのはしご二つで丁度届くくらいの高さか。これは、また無駄足になりそうだ。と言うか、姫も分かっているだろうに。どうして彼女はあんなにも、無駄なことに対して楽しそうな顔をしているのだろうか。


 などと冷静に思いながらも、ひたすら無駄な動きをしている彼女を少し楽しんで見つめている僕もいた。


 姫は再度僕の元へと降りてくる。


「採れないな」

「ですよね」


 同じ速さ、同じタイミングで答える。姫はげらげらと笑う。先程と全く同じ流れだ。僕がそうさせているのかもしれないが、彼女が、「採れないな」と言った時点で、彼女から笑いを仕掛けているのだ。僕に罪は無い。


 姫が腹をさすって気を落ち着かせると、始めの短いはしごを肩にかけ、肩にかけた方の手で布を持った。そして彼女は当たり前のように長いはしごへと手を掛けた。いやまさか。彼女の不可解な行動が心配になり、流石に僕も声をかける。


「姫、はしごなど持って、どうなさるおつもりです」

「どうって? 決まっているだろう。見ろ、あの距離。コイツとコイツを足せば届きそうではないか」


そりゃあ届くかもしれないけれど。と言うかちょっと余るくらいならあるけれど。崖を見る。


 崖は武者返しのように上へ行けばいく程手前に沿っていて、見るからに危ない。このまま彼女が倒れ込み落ちてしまえば、高さによっては大怪我どころでは済まないことになるかもしれない。


 姫を止めようとしたが、気づけば姫はもうはしごを登り始めていた。それも、前よりスピードが速い。ここで大声を出し、驚かせるのも悪いので、彼女が一旦登り切るまでは黙っておくことにした。はしごを登り切り、姫が肩にかけていたはしごを手元までズリ下ろすと、一瞬姫の体が大きくふらついた。


「おっと!」


姫はそれだけ言うと、何とか持ちこたえる。貴方が生きているのも、僕がしっかりと捕まえているからなのだがな。彼女はセーフと小さく手を広げた。緊張感の無いヤツめ。


 片方の腕をはしごの足掛けの下へと通し、落ちない様に体勢を整えるとはしごを片手でゆっくりと持ち上げた。あんな重たいはしご、あの細い腕でよく持ち上げられるな。はしごの端と端を合わせ、はしごの間に通した手に持っていた布をを歯で食いしばって引っ張り、何とか巻きつける。巻きつけたは良いが、あの状態の手でどうやって巻きつけようと言うのだ。手もプルプルと震えて来ているし、こんなところで手が攣ったりなどしたら……。


「うわああっ!?」


 彼女の心配をしていた矢先、上から素っ頓狂な叫び声がした。見上げると、姫ははしごと共に宙に浮いていた。いかん、落ちる! 咄嗟に剣を抜くと、それを投げてはしごへとぶつけ、はしごを姫から離した。あんな鉄製の重いはしごにぶつかれば、姫が大怪我をするだろう。……となれば、同時に僕の首が飛ぶのは目に見えている。


 そして、重力に逆らえず、どんどんとスピードを上げて落下する姫を両手を広げてキャッチした。唖然としていた姫だが、彼女は僕に抱えられたまま、顔を上げて言った。


「採れないな」

「ですよね」


 姫は数秒顔を強張らせて我慢していたものの、少しずつ口元が緩んでいくと、肩を激しく動かし、鼻や口から、ブフッと汚い音を出して笑った。このトンデモ姫が。こんなしょうもない笑いの為に命を張っていたら、命が幾つあっても足りないぞ。深いため息が出た。


「お、モモロン良い匂いだな。ハーブでも食べているのか?」


ハーブを直接食べる男ってそうそう聞かないのだが。何にでも反応してくる姫を鬱陶しく思った。彼女は気にせずげらげらと笑う。おっさんか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る