二:争い(一)

 人間と言うのは、どうしてこうも争いたがる生き物なのであろう。なんてことをふと考える。答えは、みんなそれぞれ性格が違うから。単純に言えば、そういう言葉で片づけられてしまうだろう。だが、そんなちょっとした喧嘩のような理由でこの争いを言いくるめては欲しく無い。それは勿論、争いと言うものがこの世から消えてほしいからだ。そして、この世から消えてほしいソイツが、今まさに刻々と迫って来ている。そう。つまり、これから戦争がおとずれようとしているのだ。


 と言うのも、世界は今イリス国を除いてかなりピリついている。国の王達の間で、小さな意見の食い違い、それが理由で戦争が起ころうとしているのだ。動かさせられる者の気持ちにもなってほしいが、その余裕があればこんなこと起こりはしないのだろう。


 それで、除かれているイリス国までもが何故狙われているのかと言うと、イリス国はそのロクでもない争いに巻き込まれてしまっているからなのだ。国と言っても、イリス国はとても小さく、田舎と言っても過言ではない。領土を広げる為にと真っ先に狙われるだろう。


 それを予測してか、ここイリス城内は騒々しい。民は騒ぎ立て、兵士は雄叫びを上げ、メイドは泣き叫ぶ。ついでにシェフの作る飯が超不味い。お陰さまで、僕の機嫌もかなり悪い。騒ぎにかこつけて、こっそり違う国へと逃げ込んでしまおうか。最低な考えを思いついたが、きっと何処へ行ってもこの嫌な雰囲気は変わらないのだろう。そう思えばこの国がここら辺で一番小さいし、人口も少ないのでまだマシか。


「モモロン、イリス様がお呼びだ」

「僕を? 分かりました、直ちに向かいます」


 兵士が僕に言った。


 こんな時期に、僕を呼ぶなんて何を考えているのだろう。まさか、敵のウンコを持って来いと言うわけではないだろうな。そんなこと絶対にしないぞ。仮にしたとしても、絶対に食わないぞ。馬鹿なことを考えながら、長い廊下を走る。王室の前まで来ると、ガタイの良い二人の男が、それぞれ左右の扉を開き、僕は王室の真ん中へと進んでいく。イリス姫は、高級感の椅子には座っておらず、大きな防弾ガラスの窓から雲行きの怪しい空を見つめていた。


「イリス姫」


声をかけると、イリス姫がゆっくりと振り向く。一瞬細めた目が、美しい。黙っていれば綺麗な姫だと言うのに勿体無い。目を見開くと、にこっと笑って僕へと近寄ってきた。


「モモロン! すごい事態になってしまったな!!」

「笑って済む話じゃないですよ、姫」

「そうだな」


姫は、何時に無く真剣な顔つきになる。そして、ガラスの向こうの景色を見つめる。その先には、不安そうな顔をした民が沢山いた。この景色、何度目だろう。


「出来ることならば、彼等を助けてやりたい。姫として。いいや、人として。しかし、私はどうすれば良いのだ……モモロン」


僕へと不安そうな眼を向けた。珍しく弱気な彼女。ことの重大さが伝わってくる。


 別に、この国に何の思い入れも恩義も無いし、イリス姫に対しても同様に何も感じない。だが、多くの人を見殺しにするのも人として如何なものか。僕が話しかけようとした時、傍にいたメイドが血相を変えて僕等に話しかける。


「イリス様! あ、あちらをっ!!」


メイドは窓を指さす。僕達はその方向へと視線を向けた瞬間、あまりにも衝撃的な光景に目を疑った。


 予想していたよりも早く、敵国の兵達が攻めてきたのだ。それも、イリス国を真っ先に狙ったのはウラノス国。全国の中でも、五番目に入る程大きく、人口も多い国だ。女子供や、兵士達を容赦なく狙う敵国の兵士達。これを血も涙も無いと言うのだろう。怒りがこみ上げる。


 あまりの出来ごとに、窓へと駆け寄ろうとする姫の手を掴んだ。


「姫、我慢して下さい。今貴方が此処から見ていたら、貴方が戦いをただ眺めているように見えてしまうかもしれません。それに、敵に貴方の居場所がモロバレです」

「しかし!」

「姫! 貴方は一国を背負う王でしょう! こんな時こそ、貴方が冷静でいなくてはならないのです」


 僕は鞘から剣を抜いた。姫に背を向けて歩き出すと、姫が僕のマントを掴んだ。僕は姫の方へと振り向いた。


「……モモロン。もしやそなた、剣の腕に自信があるのか?」


詳しい過去は、他人に言いふらしたくない。だが、腕にはそれなりに自信がある。人が泣き叫び、苦しむ光景だって何度見たことか。戦火の中に、何度も駆り出された。僕の手は、幾多の命を救い、そして奪ってきた。また、繰り返すのだ。馬鹿な僕は。


「ええ。多少は」


これで最後にしよう。僕は自決する覚悟で向かうつもりだった。だが、イリス姫の目はそんな僕を見越すようであった。彼女は即座に判断すると、早口で言った。


「モモロンよ、ついてこい」

「え?」


彼女に手を引かれ、僕は玄関とは逆の方向へと進んでいく。その途中、足早に進む姫の前にエロス様が立ちはだかった。


「何処へ行くつもりだい。イリス」

「兄様、緊急なのだ。退けてはくれぬか」

「これからどうするつもりだい? 教えてくれたら退けてあげるよ」


エロス様に問われると、イリス姫はニヤリと笑った。その瞬間、僕の手を握る力が強くなった。


「殴り込みに行くよ。こんな笑えないことは止めろと」


エロス様は静かに目を閉じると、壁側に寄り、姫に裏口へと手を伸ばした。行け、と言うことか。この人は、この選択が親愛なる肉親の命に関わっていると言うことを分かっているのだろうか? 僕が疑わしい目で見ていると、すれ違いざまにポンッと背中を叩かれた。僕は彼に託されたのだ、彼女のことを。剣を強く握った。


 … … …


 裏口から出ると、兵士達の身の裂けるような声がする。どうにか助けてやりたい。だが、今あの軍勢では、飛び込んで行っても自分達までやられてしまう。グッと堪え、僕達は用意されていた馬車でウラノス国へと向かった。


 道中、一応の為に数人敵国の見張りが置かれていた。馬と姫を古木の陰に隠し、僕は剣を抜く。息を潜め、一気に近づく。敵は十人。少し厳しいが、やるしかない。敵陣に飛び込んだ。まず一振り。肘を曲げて、眠たそうに両腕を上げる兵士の脇にぶつけた。脇の僅かな甲冑の隙間を狙ったら、大当たり。衝撃は少ないだろうが、よろけたので時間が稼げるだろう。二人目の兵士も、力が全く無い。僕の剣を何とか受け止めたようだったが、受け止めた後力を強めて振ると、力に押されてそのまま倒れ込んで頭を打った。よし、コイツは気絶した。残り九人か。辺りを見渡す。


 先程よろけた兵士が起き上がって背中を向けた僕を狙おうとしたので、そいつを蹴飛ばす。こいつ等には剣は必要ないな。剣を戻すと、今度は二人同時に走ってくる兵士達の攻撃を避け、甲冑の隙間をがっしりと掴む。直後に、兵士同士の頭をぶつけさせ、気絶させると、一人の兵士を捨て、もう一人駆けよって来ていた兵士へとその兵士をぶつけさせる。兵士は脳震盪を起こしていた。これで残り五人だが、この間に既に二分経過している。こうしている間にも、罪の無い民が狙われているのだ。こんなところで茶番をしている場合ではない。気が焦る。


 落ちつけ。落ちつけ。深呼吸をし、目を閉じる。その後目を見開くと、残り全員で僕を狙いに来た五人へ睨みつけた。

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