第8話 初授業

 国王に絡まれたマリー達は、学院から自宅に帰ると食堂に集まった。

 何の事情も知らないコハクに、色々と話すためだ。だが、マリーとカーリーから、話を切り出そうとはしない……いや、出来なかった。マリーは、なんと言えば良いか分からないため。カーリーは、何から伝えるかを考えていたためだ。そんな中、コハクは、自分から話を切り出した。


「あの……師匠。さっきの話は、本当なんですか?」


 コハクは、あくまでカーリーに質問した。マリーに訊くことは、少し酷かもしれないと考えたからだ。


「ああ、本当さね。血筋的にはマリーは、国王の娘だ。でも、国王は、生まれたばかりのマリーを森へ捨てたのさ。ちょうど素材集めに来ていた私が見つけて、拾って育てたんだよ」


 カーリーは、正直に全て話した。今の状況で、コハクに秘密にする事はないと判断したためだ。この話を聞いて、コハクは少し俯く。そして、マリーに気を遣うように、少し優しめ声で話し掛ける。


「マリーも、知ってたんだよね?」

「うん……十歳の時に教えてもらった。多分、今日みたいな事があるかもしれないからだったんだと思う」


 マリーとカーリーから、肯定の言葉を受けたコハクは、先程の国王の言葉が真実であったと判断する。


「そうなんだ……マリー、大丈夫?」


 コハクは、あれからマリーの顔色が優れない事を気にしてそう訊いた。


「大丈夫だよ。正直、あれが親なんて信じられないけど……」


 マリーが、顔を歪ましてそう言った。入学式で生徒に言葉を贈っている時には無関心だったマリーは、今では完全に嫌悪の感情を向けている。


「マリー、すまないね。まさか、あそこまで直接的に来るとは予想外だった。自分の娘か家臣を、緩衝材に置くと思っていたのだけどねぇ。明日から少し気をつけておくれ」

「うん、分かった。私、もう寝るね。色々あって疲れちゃった」

「ああ、おやすみ」


 マリーは、自室に戻っていった。食堂に残った二人は、心配そうに上を見る。


「師匠、こんな事になるなら、マリーは学院に来なかった方が良かったのでは?」

「私もそう思ったさ。でもね、十年前から魔道具職人になるのに、学院の卒業証が必要になったんだよ。だから、どうしても通う必要があったのさね」


 カーリーが魔道具職人になった頃なら、誰でも魔道具職人になれたが、今はライセンス制を取り入れている。そのライセンスを取るのに、学院の卒業証が必須になったのだ。ライセンス制になった理由は、偽物の魔道具、魔道具職人を排除する事だった。誰でもなれた時代に、魔道具職人を偽って偽物を売り出す人が多くいたため、それを、抑制するために先代国王がライセンス制を採用したのだ。

 それがなくても先々代が定めた法により、マリー達は学院に通わないといけないのだが、仮にライセンス制がなければ、カーリーは、マリーを学院に入れる事は無かったかもしれない。


「先代、先々代と賢王と呼ばれていたけど、今代の王があそこまで愚かだったとはね。コハク、学院では、マリーの周囲に注意するんだよ。相手は、何をするか分からないからね」

「分かりました。じゃあ、私ももう休みますね」

「ああ、おやすみ」


 その後、コハクは自室に戻り、カーリーは、用意しておいた自分の工房へ向かった。そして、何かを作り始める。


「あの様子じゃあ、暗殺とかを考えそうだね。マリーの守りを固める……私の娘に危害を加えさせないよ」


 カ-リーは、夜遅くまで工房で作業を続けた。


────────────────────────


 翌日。マリーは、ベッドから起き上がって制服に着替えた。そして、食堂まで降りてくると、カーリーが配膳しているところだった。


「おはよう! お母さん」

「ああ、おはよう、マリー」


 一晩経って,マリーは吹っ切れている様子だ。マリーが席に着くと、階段の方からタッタッと足音が聞こえた。


「おはようございます。師匠、マリー」

「おはよう」

「おはよう。さっ、二人ともご飯を食べな」

「「は~い」」


 三人で朝ご飯を食べて、食器を片付けると、カーリーが二人にある物を渡した。


「髪留め?」

「ああ、髪留め型の結界生成の魔道具さ。身の安全のためにね。自動発動と任意発動の二種類の発動方法があるさね。自動発動は、殺意のある攻撃に対して発動する。任意はいつも通りさね」

「私、暗殺される可能性があるの?」


 マリーは、カーリーが用意してくれた物からある程度の事を察して問いかける。


「……ああ、可能性はある。マリー。もし暗殺されそうになったなら、遠慮はいらない。返り討ちにしな。間に合うなら、私も飛んでくるさね」

「うん、分かった。ありがとう、お母さん」


 マリーは、魔道具の髪留めを自分の真っ白の髪に付ける。その髪留めはマリーの眼の色に合わせて深紅の宝石があしらわれていた。

 コハクも自分の髪に髪留めを付ける。コハクの方も眼の色に合わせて琥珀があしらわれていた。


「「行ってきます」」


 マリー達は、魔法鞄マジックバッグに筆記用具を入れて、学院に向かった。

 取り敢えず、学院に向かっている途中に襲撃を受けるという事は無かった。この事から、白昼堂々と攻撃してくることはないと考える事が出来る。まだまだ初日なので、何とも言い難いが。

 学院に着くと、すぐにSクラスの教室に向かう。教室の中には、すでにアルの姿があった。


「アルくん、おはよう」

「アルさん、おはよう」

「ああ、二人ともおはよう」


 自分達の席に着くと、アルがマリーの方向を向く。


「昨日は大丈夫だったか?」

「何のこと?」


 マリーは、アルの急な話題についていけず聞き返す。


「国王陛下との事だ」

「見てたの?」


 マリーの疑問に、アルは頷く事で返す。


「あれだけ怒鳴っていたらな。一応、他の皆には、あまり触れないように伝えておいた。色々と面倒なことになる可能性があるからな。何があったかは、詳しく聞かないが、困った事になったら、いつでも言ってくれ」

「ありがとう、アルくん」


 マリーは、アルの申し出に素直に嬉しく感じた。その後は、他愛のない話をしていると、続々クラスメイトが登校してきた。アルの言うとおり、昨日の事については触れてこない。そのまま、マリー達の話に加わっていく。そして、最後にカレナが来ると、同時にチャイムが鳴る。 


「はーい。授業始めますよ。まずは、魔法学からです。今から教科書を配ります」


 一時間目は魔法学、二時間目は歴史、三時間目は魔法陣基礎、四時間目は魔法式基礎、昼休みを挟んで五時間目は数学、六時間目は魔道具基礎の授業をする。

 一~五時間目までは担任であるカレナが授業を担当して、六時間目の魔道具基礎はカーリーが担当する事になっている。


「教科書は、各授業の始めに配りますので、そのつもりでいてください。では、まずは教科書の初めから始めましょう」


 マリー達は、教科書を開いていく。そして、持参してきた筆記用具を広げた。


「では、魔法の基礎から学んでいきましょう。魔法には、計十種類の属性があります。火、水、風、雷、土、光、闇、力、回復、特殊と分かれます。実際には、特殊の中にいくつもの属性が内包されていますが、そのどれもが他の属性とは違う性質を持っているので、ここで一括りとされています。人によって、使える属性が異なるのも有名な話ですね」


 カレナは説明しながら、黒板に文字を書いていく。マリー達は、その板書を書き写していった。


「特殊については、あまり語りません。そんな事をしていたら、時間が無くなってしまいますし、そもそも使う機会があるかどうかも分からないものあるからです。属性について話しましたが、今日取り扱うのは、魔法の基礎である魔力についてです。あ、予め言うのを忘れていましたが、時折、教科書に無い内容も取り扱っていきますので、ちゃんと板書は書き写していってください。筆記テストとして出すかもしれませんので」


 カレナはそう言うと、次々に板書を続けていく。


「魔力というのは、生物の中に流れるものと、大気中に含まれるものの二つがあります。この二つの違いは、魔力の質です。では、アイリさんに質問です」

「は、はい!」


 いきなり名前を呼ばれた事で、アイリが緊張した返事をする。


「体内魔力と大気魔力。どちらがより純粋だと思いますか?」

「えっと……大気魔力ですか?」

「残念ながら違います。恐らくですが、ほとんどの人が、自然界にある大気魔力の方が純粋だと思うでしょう。ですが、基本的に体内魔力の方が純粋なのです」


 カレナが正解を発表すると、アイリは、恥ずかしいというよりも驚いた顔になる。今、カレナが言った事が、自分の知らない事だったからだ。


「魔力というのは、人それぞれ違います。そのため、人の体内に流れている魔力は、混じりっけのない魔力となっています。それでは、何故大気魔力が純粋じゃないのでしょうか?」

「色々な魔力が混じっているからですか?」


 マリーがそう答えると、カレナが頷く。


「正解です。大気魔力は、いくつもの魔力が交じり合っているため、基本的に純粋なものではありません。では、大気魔力には、どのような魔力が混じっているか。それは、生物から漏れ出した魔力です。生物の中を駆け巡る魔力は、ずっと生物の中に留まっている訳ではありません。今も皆さんから魔力が漏れ出て、教室の中で交じり合っています。そして、この教室以上に、この街の中は沢山の魔力が混じり合っています。こんな状態では、純粋な魔力とは言えませんね? これらのことから、大気魔力よりも体内魔力の方が純粋な魔力となるのです。ただ、一つだけ例外があります。それが、『源泉』と呼ばれるものです」

「『源泉』?」


 マリー達の知らない単語が出てきたため、首を傾げることになる。


「はい。言ってしまえば、星の魔力が湧き出てくる場所ですね。この場所は、純粋でとてつもない量の魔力が湧き出てくる場所になっています。基本的には、泉のようになっていて、地下から湧き出ていますね。ここだけは、体内魔力と同じく純粋な魔力が溜まる場所になっています」


 源泉の数は、かなり少なく、その多くは人がおいそれとは近づけない場所にある。下手に周辺を開発してしまうと、源泉の魔力が汚れてしまう。そのため、源泉を利用して悪逆の限りを尽くそうとする人は、現在では存在しない。


「私達は、自身の体内魔力を消費することで魔法を使います。体内に溜めておける魔力の量には、個人差が存在しますが、魔法を使うのに魔力がいるのは、変わりありません。そして、この消費した魔力を回復するには、魔力を使わずに休む事が必要です。そうすることで、体内で魔力を生産する事が出来るのです。また、体内生産の他に大気魔力を吸収する事でも回復します」

「はい! カレナ先生!」


 ここでセレナが、手を挙げる。


「はい。セレナさん。何でしょうか?」

「大気魔力は、色々な魔力が混じっているって言っていましたけど、吸収しても大丈夫なんですか?」

「良い質問です!」


 カレナは、両手を打ち合わせて笑う。


「生物が、大気魔力を取り込む際には、身体の中で自身の魔力に変化させる必要があります。ただ、これは自分がどうにかするというよりも、身体が勝手に変化させると言った方が正しいですね。ここら辺の仕組みは、まだ完全に解かれた訳ではありませんので説明出来ませんが、実際に体内で起こっている反応のようです。また、こういった工程があるため、大気魔力からの吸収は、効率が悪いとされています。ないよりはマシというくらいですね。ただ! これが源泉の近くとなる話は別になります。純粋な魔力である源泉の魔力は、私達の体内にもすんなりと吸収されていくのです」

「「へぇ~~」」


 カレナの授業は、そんな風に色々なものを交えて進んでいった。マリー達の知らない事を丁寧に教えてくれるため、マリー達も興味を持って真剣に聞いている。ちなみに、今カレナが話した内容は、教科書には、簡単にしか書いておらず、ここまでの詳しい説明をする教師もいない。そのくらい、カレナの授業は、学院では異質なものだった。これが、カレナがSランククラスの教師として配属させられた理由の一つだった。

 この後のカレナの授業も、同じように教科書に無い内容も含めて進んでいった。

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