第3話 試験

 マリーが会場に向かうと、そこは円形の闘技場だった。マリーの正面には、模擬戦相手がいる。その人は黒い髪、黒い眼をした少年だった。マリーよりも先に移動して、待っていたようだ。

 マリーが周囲を見回すと、闘技場の観客席には多くの人がいた。マリーは後で知ったことだが、観客席にいる人達は、この学院の生徒達や入学予定者の親達だった。そこから声が聞こえてくる。


『おい。あの黒髪って黒騎士カストルの家系か?』

『髪と眼が黒いってことはそうだろ』

『髪と眼だけじゃなくて、鎧や剣も黒いんだろ?』

『そうなの!? 初めて知った!』


 観客席は、騒々しい状態となっていた。マリーは、何故あんなにも騒いでいるのか見当もつかなかった。


「すまないな、騒がしくなってしまって」

「ううん、全然平気だよ。えっと、アルゲート・ディラ・カストルくんだっけ?」


 マリーは、名前を呼ばれた時に、対戦相手の名前がそんな名前だったと思い出して訊いた。


「ああ、長いからアルと呼んでくれ」

「わかった。私もマリーでいいよ。家名だと、色々とややこしいから」


 マリーの家名であるラプラスは、カーリーの功績のせいで、かなり有名になっている。そのため、ラプラスという名は、基本的にカーリーの事を指す名前になっていた。カーリーに家族がいなかったからという理由もあるが。なので、安易にラプラスと呼ばれてしまうと、受付の時と同じように、色々と厄介な事になるのだ。


「ああ、分かった。つかぬ事を訊くが、大賢者様と関わりがあるのか?」

「養子だよ」

「なるほど、そういうことか」


 アルは、あまり驚かなかった。マリーは、その事に疑問を持つ。


「そんなものなの? 受付の人はもっと驚いてたよ?」

「ラプラスの家名で、あらかたの予想はついたからな。確認のために訊いたんだ。それに、それはこっちの台詞でもある。俺が、カストルの人間だと聞いて、何も反応しないのは、お前くらいだと思うぞ」


 アルの言葉に、マリーは首を傾げる。


「カストルの人間ってどういう事?」

「カストル侯爵家は、黒騎士という別名で有名なんだ。その由来は、この髪と眼、それと黒い鎧と剣だな。そして、カストルの名を最も有名にしたのは、魔剣術だな」

「魔剣術?」

「ああ、それは……」

「おほんっ」


 マリーとアルが長話をしていると、二人の間で咳払いが聞こえた。二人が、そちらを見ると額に青筋を立てている試験官の姿があった。


「二人とも。お話も結構ですが、所定の位置に付いてもらえますか?」

「「すみません」」


 マリーとアルは、試験官に頭を下げてから、闘技場の端の方に行き、向かい合わせに立つ。


「手加減はしないぞ」

「えっと、お手柔らかに」


 アルは、やる気に満ち溢れている。逆に、マリーの方は、不安で押し潰されそうになっていた。対人戦は、コハクとカーリーとしかやった事がなく、衆人環視の中で戦う事も初めてなのだ。緊張するのも仕方ない。

 そんな二人を見てから、試験官が声を張り上げる。


「では、これより、マリー・ラプラスとアルゲート・ディラ・カストルの模擬戦を開始する! 始め!!」


 マリーの家名が出たところで観客席がざわつく。そして、そんな観客を置いていく試合が始まった。

 アルは、開始と同時に剣を抜き、マリーに向かって突っ込んでいった。アルの剣は、さっきの話通り、真っ黒の刀身をしている。一気に闘技場の中央まで走り抜けて来たアルに対して、マリーは、緊張のせいか少し遅れて動き出した。


「『炎弾ファイアバレット』」


 バスケットボール程の大きさの炎の弾が、アルに向かって放たれる。アルは、それをギリギリで避けようと考えていたが、その考えは消された。


「『拡散ディフューズ』!」


 マリーの詠唱に合わせて、炎の弾が破裂し複数の小さな炎の弾になった。これは、付加魔法の一種で、魔法そのものに掛ける魔法だ。魔法の形態を変えるような効果や同種の魔法を連発する効果を持つものが多い。

 アルは、舌打ちをしながら、大きく横に避ける。それを追尾するかのように炎の弾が追いかけるが、アルの後ろに着弾していくだけで、アルに命中しない。これは、アルが当たる直前で、急加速することで避けているのだ。二、三発避けきれない弾もあったが、それらは、剣で切り裂いた。お互いに相手が思いもしなかった事をしたが、動揺はしなかった。マリーもアルもある程度の戦闘経験があるが故だろう。

 アルは、体勢を立て直すと、すぐにマリーに向かって走り出す。


「『氷床アイスフロア』」


 対して、マリーは、床を凍結させる事で移動の妨害を図る。足場を不安定にされたアルは、踏み込みが出来ない状態となった。少なくとも、マリーは、そう思っていた。

 しかし、アルは、お構いなしに、氷の床に対して思いっきり踏み込んだ。だが、アルは滑ることなく、そのまま氷の床を踏み砕いて、しっかりと踏み切った。


「嘘っ!?」


 これには、マリーも驚きを禁じ得なかった。しかし、すぐに立ち直り行動を開始する。


「『風壁ウィンドウォール』」


 風の防壁がマリーとアルの中間地点に発生する。


「くそっ……」


 勢いよくこちらに向かって来ていたアルは、風の壁に突っ込んでしまう。その結果、風の防壁に跳ね飛ばされたアルは、宙返りをしつつ着地する。そして、風の防壁を避けるために、回り込もうとした。マリーは、新たな風の防壁を張って止めようとするが、紙一重で間に合わなかった。


「これで、終わりだ!」


 アルが真っ直ぐに突っ込んでくる。もう通常の魔法を使っても間に合わない。見ている全員がそう思っていた。


「『起動ブート』」


 マリーが呟くと、マリーが着けていた腕輪から光の壁が出現した。アルの剣は、光の壁に阻まれる。マリーの腕輪は、光の壁を作り出した後、崩れ去った。


「魔道具か!!」


 攻撃を防がれたというのに、アルの口は笑っていた。

 魔道具の中には、フカイの持つ釣り竿の他に、簡易的に素早く魔法を展開するものがある。込める魔力によっては、魔道具本体を壊してしまう。マリーは、アルの力が高いと判断して、強固な壁を作り出していた。


「使用は禁止されてないからね! 『起動ブート』!」


 マリーは、もう一つの魔道具である靴も発動させる。発動するのは、風爆と呼ばれる魔法。足元で風を爆発させてマリー自身を飛ばす。これは、発動時に込める魔力の量で威力が変わる。着地の時は、込める魔力を少なくして軟着陸した。


「流石は大賢者の娘だな。魔道具の使い方が上手い」


 アルは、すぐにマリーを追いかける。


「はぁ……これは、あれを使わなきゃ勝てないね」


 マリーは、腰につけているポーチの口を開ける。


「いくよ! 『剣舞ソードダンス独奏ソロ』」


 腰につけたポーチから太い刀身の剣が飛び出してくる。マリーのポーチは、魔法鞄マジックバックという魔道具になっている。その中は異次元空間となり、見た目よりも多くの量を収納できる。


「なっ!?︎」


 空中に浮かんでいる剣を見て、アルは動揺した。マリーが使っている魔法は、それだけ常識離れしているものだったからだ。動揺しているアルに、マリーの操る剣が容赦なく斬りかかる。


「どうなっているんだ!?︎」


 アルは、剣で打ち払うが、その後もマリーの剣はアルに襲いかかる。上から振り下ろしてきたかと思えば、すぐ様斬り返し、さらには鋭い突きをしてくる。持ち手がいない剣は、アルを翻弄していく。


「これでも対応してくるの!?︎」


 アルは、翻弄されながらも、マリーの剣を捌きながら、ゆっくりマリーに近づいていた。


(少し厳しいが、これなら、マリーにも近づけるな)


 アルが勝ちを確信したその時、信じられないものを見た。


「『剣舞ソードダンス二重奏デュオ』!!」


 マリーの操る剣が、もう一つ増えたのだ。今度は、先程の剣よりも、ほんの少し細身になっている。


「何!?︎ まだ増えるのか!?︎」


 アルは、増えた剣を危なげにだが、対処している。だが、避けきれない攻撃によって、細かなダメージが溜まっていく。その隙をついて、マリーが止めを撃つ。


「『風弾ウィンドバレット』!」


 風の弾が、アルを襲う。二つの剣の対応に気を取られていたアルは、風の弾を避けきれなかった。


「がっ!」


 風の弾の直撃を受けたアルは、気絶こそしなかったが、動きを止めてしまった。そこをマリーの操る剣が斬りつけ、今度こそ気絶させるに至った。


「そこまで! 勝者マリー・ラプラス!」


 アルが気絶した事で、この模擬戦は、マリーの勝利に終わった。

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