働かないのは主人公じゃない

俺の手を引く男は頻繁に後ろを振り返るが、俺がその時に後ろを向いているとそのたびに前を向けと怒ってきた。どこに行くのかと思ったら、特に何もない場所まで連れてこられた。


「なんでここに来たの?」


レイが男の目の前で問いかける。俺はレイに睨まれてやっとその言葉が男に届いていないことを思い出す。普通に話しかけるから、相手側に聞こえているもんだと思ってしまっても俺は悪くないだろ。


しかし本当に何も目印のない、開けた場所だな…。少し周辺を眺めてからレイの言葉を復唱しようと矛盾男に向き直ると、先に矛盾男から声をかけてきた。


「あんな奴に話しかけて気は確かか?」


確かであったなら話しかけてはいなかっただろうな。男の問いかけにレイの口角が上がる。


「は、黒服にまともな奴がいるはずないでしょ。」


それはレイのせいだろ…。


矛盾男は純粋に俺の身を案じてここまで連れてきてくれたようだ。今現在ここから出られないのはあのマントのせいなのだから、刺激しないに越したことはないのかもしれない。


しかし、現にゴリラの会話内容を知っていそうな人間に質問できる状況になったのだから、間違った判断ではなかったようだ。


「…なぜ囚人たちがあんなにやる気を出したんだ?」


「は?…ああ、指令部隊の兄ちゃんの話聞いてなかったのか?」


その通りだ。レイも茶々を入れずに静かに矛盾男の話に耳を傾けている。矛盾男は咳ばらいをしてその場に座り込むと、額の汗を拭う。


「『亡霊』は『超越』を手に入れている。」


「!」


「はぁ?」


レイが馬鹿にしたように続ける。


「『超越』を得たならどうして『亡霊』なんて組織作ってんの。」


レイに言われなくてもわかる。『超越』は囚人たちを釣る餌だ。


「本当に?」


俺が念のため聞き返す。俺も少し信じられない。『亡霊』を作ったこと以前に、『超越』を得ていたなら囚人の力を借りずにこんなところ簡単に抜け出せるんじゃないのか?


「本当だと思うか?」


半信半疑な俺に対して、やれやれと笑みを浮かべる矛盾男。俺が混乱して言葉を失うと、レイが俺の肩に肩車のように座って、頭に体重をかけてくる。


「…本当かどうかは重要じゃなかったみたいね。」


「…。」


「要はここを抜け出すにあたり協力する建前が必要だった。それをゴリラが提示したと。」


なるほど、理由は何でもよかったのか。しかし犯罪者というか脱獄囚である彼らには、自由や金など、明確なものを報酬とした方が確実だったような気がしてならない。よりにもよって夢の塊のような、彼らには縁のないような『超越』を餌にするなんて、どうしてそんなリスクのあることをしたんだ?50円の餌ではなく、50円を釣り針にひっかけているようなものだ。


「『超越』が協力の動機になるなんて、それじゃあまるで…。」


「そうだ、俺たちは『超越』を欲していたんだよ。」


まじか。矛盾男がかっこつけて青空に輝く太陽を見上げて眩しそうにする。


「俺たちってまさか…。」


レイが俺の肩に足をのせてそのまま頭に登り、驚いたように前に乗り出す。お前飛べるだろ、わざわざ頭を踏むなよ…。


「このご時世になんで犯罪なんて犯すと思う?」


それもそうだ。もたらされた技術と魔法の併用により永久機関などとうの昔に完成されている。金に困っても、生きることに困ることはない。必然的に犯罪を犯すものは、欲深い者に限定される。


何を求めてビークに入れられる程の犯罪を犯したのか気になっていた。殺人でもなければ禁忌に触れたほか思い浮かばない。しかしそうか、今、納得した。こいつらは『超越』を求めて犯罪を犯したのか。


「なんで戦なんて仕掛ける…。」


矛盾男は小声でそういうと、立ち上がる。


「そんなことをあの男に聞きたかったのか?」


そんなことと言われると少し悲しいが、マントに話しかける危険性を鑑みたら確かにそんなことだな。


「うん。」


「じゃあ俺が教えてやったんだから、さっさと働け!俺が働いているのにメンヘラが遊んでんのは気に食わねえ。」


あ、はい…。俺は無言で頷くと、ゴリラに仕事をもらうため来た道を引き返していく。その様子を見て、舌打ちをした矛盾男はこちらに背を向けた。


「何あいつ、だから後方支援部隊なんだよ!」


え、いや、俺も後方支援部隊なんだけど…。早くゴリラに頼んで戦闘支援部隊にしてもらおう…。


「にしても、あいつはあそこで何してるんだろう?」


何もない場所に座り込む矛盾男を見ながら、どうでもいい疑問をレイに投げかける。さぼるにしては、目的をもってここまで歩いてきたように見えたが…。


「目障りな奴なりに視界に入らないように努力してんじゃない?」


辛辣過ぎない?まあ本人も働いているといっていたし、何かをしていると考えておこう。俺は軽く振り向きながら若干の皮肉を込めた言葉を残すのだった。


「お勤めご苦労様です。」

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