下戸は主人公じゃない

あれから3日、俺たちは戦の準備を重ねていた。筋肉があるとは言えない自分の体に鞭を打ちつつ、せっせとビーク監獄の備品である武器や保存食を荷台に積み込んでいく。


俺は普通に後方支援部隊に配属された。てっきり不死の兵士という肩書のもと、最前線に立たされると思っていたのだがそんなことはなかった。


「メンヘラが?さすがにヒョロヒョロすぎるだろ。」


どうやら俺は不死だからではなく、罪人だから仲間に誘われたようだ。そしてグラノスの方針により何事も最善を尽くすのがモットーの組織であることもあり、力のないものは優先的に後方支援に回されていた。運が良かったのか?


まあ前線て戦いたいわけではなかったし、不死がばれていないのはありがたい。つまり、ビルは俺のことを覚えていなかったということか。ビルについて知るたびに、彼のイメージがポンコツに固まっていくな…。


後方支援部隊もやはり囚人がほとんどであった。


「メンヘラ、これ運んどいて。」

「喉が渇いたな…。メンヘラ、飲み物とってきて。」

「祖父が死んじゃって…今日だけ仕事変わってくれない?」


メンヘラはやることが多いようだ。レイは案の定ぶつぶつと文句を言っていたが、この戦に興味を持っているようで直接は言ってこなかった。


俺が準備をさせられている戦。最初は何のことやらと思っていたが、想像以上に大きいものだとわかってからは他人事ではなくなっていた。下手すると、過去類を見ない大きさの戦いになるだろう。


戦の概要は俺とレイの聞き込みにより簡単に判明した。俺の所属している『亡霊』が、ビークに最も近い国であるブルムという国に攻め入る、というものだ。


ブルムとは大国であり、中でも有名なのはリルレットだ。ブルムはリルレット発祥の地として伝えられてきていた。その国に最も近いのがビークのため、リルレットの墓が問題視されていた説もあるらしい。


他にも、世界最高の治癒を使う魔法使いがいるという話も聞いた。治癒の魔法は難しいのはいうまでもないが、目的を治癒としていないこともできたりするのだとか。いわゆる改善。まあ俺のような一般人がかかわることのない話だ。


生活水準もいうまでもなく、ビーク以上だ。港町のビークの恩恵を受けつつも四方に大きな道を持っているので、ビーク以外の町とも結びつきが強い。一言でいうならば大きく膨れ上がった中継地点だ。


そんな大国を明日攻めるというのだ。確認したところ、やはり俺がビーク監獄に戻ってきた日にビーク監獄を落としたらしく、その情報がブルムに十分に届く前に攻めようとしているらしい。いわゆる電撃戦。


ビーク監獄もそうやって落としたのだろうか?


明日攻めるということで、世話係であったがたいのいい男が俺に話に来た。彼はやはりというか、最前線で戦うらしい。


「メンヘラ、一杯どうだ。」


俺は無言で盃を受け取り、酒を注いでもらう。


「え、ソーンお酒飲めるの?」


実は初めてだったりするが、透明だし水みたいなものだろう。そうでなくても飲んだ人は一律しておいしそうにしているのだからおいしいに決まっている。


「実は俺、ブルムでの戦いが不安なんだ。」


彼とは普段からよく話すのだが、なぜかお互いに名前を聞いていない。俺は名前に意味を見出せないという話は以前したのでわかると思うが、彼はなぜ聞いてこないのだろうか?


「ゴリラにしちゃネガティブ。」


結果、レイからはゴリラと命名されていた。俺には名前っぽいソーンと名付けたのに、ゴリラに関してはやる気が全く見られないな。


「勝算がないのか?」


あのグラノスのことだ。勝算しかないほど準備を重ね、圧倒的オーバーキルをするものだと思っていたが。


「いや、勝つだろう。しかし、ビークを攻める直前のことがどうしても忘れられないんだ。」


俺は黙ってゴリラの話に耳を傾けて、盃に入った酒を口に含む。


「あのおかまにまた邪魔されるんじゃないかって。」


俺は酒の苦さに、おかまという単語に酒を吹き出す。なんだ、これが酒?何かいけない薬品を溶かしたんじゃないのか?おいしくない!俺が吐き気を感じていると、視線を感じた。


ゴリラは驚き、レイはにやけている。なるほど、これが酒の味のようだ。俺は一言謝罪をして立ち上がる。盃にはまだ半分以上の酒が残っている。


「おかま?」


盃がそこまで大きくないことを疑問に思っていた。正直、これだけしか飲ませてもらえないのかと不満すら思ったが、そうか。これはまずい飲み物をおいしそうに飲むことにより、大人だと言っていたのか。あまりお酒を注がれないためにも、この大きさになっていたのだろう。


「ああ、話し方がな。グラノスさんから仕掛けたんだが、返り討ちにあってな。あのグラノスさんとやりあっておいて無傷で退散していったよ。」


グラノスが挑んだのだから、おかま…まあブライだろうが、ブライはかかる火の粉を払っただけだろう。実際、追い打ちを掛けずにその場を去ったようだし。


「戦力が大きく削られたんだが、奇跡的にビーク監獄も半壊状態だったから何とかなった。」


なるほどな。つまり、丁度俺たちが脱獄したときに攻めてきたということか。俺は外の死体を見に行くふりをして素早く酒を捨てる。ほら、お前らに酒を恵んでやるぞ。酒に消臭効果とかないのかな。


「よかったね。」


ゴリラは俺の答えようのない話題ばかりするから、毎回こんな感じだ。多分会話したいのではなく、話を聞いてもらいたいのだろう。


「あんたなんでソーンに話したの?友達いないの?」


レイが俺の適当な返事を聞いてゴリラを心配し始めた。


「…一つ聞いていいか?」


俺が死体と死臭と酒に気分を悪くしていると、ゴリラが改まって聞いてきた。なんだ、追い打ちか?これ以上気分を悪くさせないでくれ。


「死ぬってどんな感じなんだ?」


足で死体を遠くに押しやっていた俺は、思わず振り返る。その言い方だと、俺が死んだことあるみたいじゃないか。ゴリラの前で、俺は死んでいないはずだが…。俺の考えとは裏腹に、ゴリラは確信をもった目で俺を見つめ返してきた。


思わず顔を伏せ、向かない方がいいと理解しつつレイの方を盗み見る。まさか、と思ったが、レイは俺の視線に対して俺が思っている以上にひどい現状を一言返した。


「ゴリラは一回ソーンを殺してる。」

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