相対的に主人公じゃない

沸かした湯で体を拭き部屋に戻る途中、開けられたドアから声がかかった。


「やっと来た。神話の続きを聞かせてくれないか?」


読んでいた本を閉じ、ルベルは自室へと俺を招く。おそらくブライの伝書のようなものを読んでいたのだろう。この家の書物はほかにない。


まあ約束だし、今日あたりでルベルとの話は終わる。話している内容はブライによる脱走劇だ。


そのまま話すとつまらないとのことで、レイが監督のもと、とんでもないストーリーが展開されている。まあその熱の入れようも、睡眠薬捜索のためだと思うと何やらうれしいものだ。


「どこまで話したんだったか…。」


「伝説の刑務官5人と対峙したところまで。」


レイが言うことを復唱するだけだったので、あまり内容を知らないが、改めて聞くと意味が分からん。伝説の刑務官とは?俺がレイに目をやると、目に見えてやる気がなくなっており、毛先を弄っていた。


「あー…適当に終わらせといて。」


脚本をほっぽり出したのは今日が初めて…だったら、本当にかわいげがあったが、二回に一回面倒になり、俺が適当に話をつないでいたため、予想通りといった感じだ。


「えーっと…魔法を放つ刑務官がいましたが、ブライには魔法が効かないです。近づいてきた武術の達人は簡単に捕縛され熱い口づけとともに沈みましたとさ。おしまい。」


凍り付くルベル。さすがに適当過ぎたか。いや、いつもこんなもんだったような。しかし、俺が思った以上に適当だったのか、レイが意味わからんと笑い出す。


あ、俺が墓に埋まらないと話が終わらないのか。


「じゃなくて、ここから脱走しました。隣接した海に逃げると見せかけて、監獄の屋根へ上り地上を堂々と逃走しました。その時に俺の浮気相手と鉢合わせして、墓に埋められましたとさ。おしまい。」


「…おかしい。」


俺のおしまいの発言を聞き立ち上がるルベル。しまった、話の辻褄があっていないのだろうか。とりあえず首をかしげて何がおかしいのか聞いてみる。神だからという理由で今まで乗り切ってきたが今回も行けるだろうか?


「死刑囚君が埋まっていたのは最近のことだろ?つまり、その直前にブライが逃げ出したってことは、ブライが脱獄した監獄っていうのはすぐそこの港町の監獄ってことにならないか?」


港町?あ、そういえばレイと会ったのも浜辺で、捕まったのも船着き場だったな。そもそも海に逃げるふりをしていたのを忘れていた。あ、もしかして浜辺で捕まったのって監獄に近いからだったりしたのか?


まあそれはいいとして、全く意識していなかったが港町の監獄だったのか。道理で鰹節のスープばかり出てきたわけだ。パンとの相性が微妙だったのでよく覚えている。


「神だから…。」


「つまりブライはもう脱獄してビーク監獄にいないってことか?」


ビーク監獄だと?レイに助けを求める。良くも悪くも何も考えずに過ごしていたため、投獄されていた監獄の名前など知らない。


「港町ビーク。そこのビーク監獄に収容されていたの。過去に脱獄したという話はないっていうのが売りでね。囚人みんなまじめだねって囚人学校って呼ばれてた。笑える。」


待って、伝説作ってない?あの監獄ってビーク監獄だったの?俺が知っているレベルの有名な監獄だ。確か特殊な方法で反抗するものを無力化させる…腕輪か。自分がしでかしたことの重大さに息が詰まる。


「私が知る限りではそんな話ビーク監獄から出されていない!嘘をついて騙したのか?」


しまった、ばれた。とも思ったが、よく考えたら脱獄は本当のことなので焦らず信用してもらう。


「いや、本当に脱走した。それに神だから…。」


「…そうか、神が脱獄したなどパニック以外の何物でもないのか。それを避けるために…それに脱獄不可能というビーク監獄の存在は犯罪の…」


何やら勝手に納得しぶつぶつ話し出してしまった。どうやら確認したいようで、今すぐにでも墓を見に行くと言い出した。痕跡を探してブライを見つけ出すつもりらしい。俺には関係ないことか。


話も終わったので、ルベルの部屋を後にしようと立ち上がる。俺も同行したら脱獄囚として再び投獄されてしまうだろう。今後の方針を考えないとな。レイも欠伸をしていたので部屋を出ようとしたとき、何気なく本棚に目を向ける。


「…そういえばリルレットって知ってる?」


聞いた話だとブライと戦って殺されたはず。もしかしたら事実確認ができるかもという何気ない一言だったが、ルベルだけでなくレイまでも怖い顔をしていた。何やらまずいことを聞いてしまったのかもしれない。接触したことについては伏せごまかしておこう。


「昔話のリルレット。ブライとどっちが強いのか気になっただけだよ。」


いいラインに誤魔化せた気がする。しかしこの反応、二人はリルレットが実在していると知っていそうだ。


俺は一般常識ぐらいは知っているし、すべての魔法が使えたこともあり他人より特別だと考えていた。が、こう周囲に規格外のような連中ばかり集まると、自分はそこら辺のモブではないかと悲観的になってしまう。俺って大したことなかったのか?いや不死身だし…希望を捨てるのはまだ早いはず…。


「…神が投獄されたのは今から20年ぐらい前。」


え、嘘だろ、ブライっていくつなの?てっきり20後半だと思っていたのだが、まさか10歳にも満たない子供を投獄するわけもないよな…。


「じゃあ歴史の問題。ビークができたのは何年前だと思う?」


、と強調してくるルベル。ビーク?監獄だろうか?そんなもの知るわけない。俺は迷わずレイを見る。


「20年前。」


「20年前?」


思わずレイに聞き返してしまう。俺の視線が上空だったのでルベルが、は?という感じで上空を見上げるがレイのことは見えないので、首をかしげる。


「あんた顔微妙だよね。」


これは多分ルベルに向けられたもの、俺ではないはず…。


「その通り。」


とルベルが続けるが、会話が噛みあい不意打ちを食らったレイが吹き出す。


「ビークは一度滅んでる。神の手によってね。」


ブライを神と呼ぶとすべて神話のようになるから勘弁してほしい…。


「まあ滅ぼしたというより、流れ弾といった方がいいかな。ビークで神は戦闘し、何者かに負けたらしい。その結果ビーク監獄に投獄されたんだと。」


らしい、ということから聞いた話なのだろう。つまり、なんだ。ブライと誰かの戦いの余波で一つ町が滅んだと?神話で間違いなかったようだ。


「その何者かっていうのが私ね。」


レイが神話に混ざろうと、すごいでしょ。とどや顔で自慢してくる。話をめちゃくちゃにしないでほしい。少し本当っぽいから反応に困る。


「誰と戦ったか?どこから噂されたのか神は『超越』に近づいていたんだとか。つまり、まあ嘘みたいに聞こえるかもだけど、リルレットと戦ったんじゃないかって言われている。」


『超越』に関しては事実だと思う。リルレットに関してもそうだが、気になるのはこの話だとリルレットが殺されたことの辻褄が合わない。勝ったのに殺された?


「なんの目的か誰かがリルレットの墓をビークの墓地に作ったんだ。信じる信じないは置いておくとして、話がややこしくなりすぎて誰もこの話をしなくなった。リルレットの墓に関しては観光客集めって言われてたりもするから本当に分からない。」


冗談は全く混ぜずに淡々と話すルベルは、大きく息を吐くと伸びをし話を締めくくる。


「リルレットと戦ったかはわからない。ただ、一つ断言できるのは神は負けたってことかな。」


俺はブライを殺したいとは思っていない。だが驚いたことに、このことを聞いた俺は、リルレットのお願いは不可能ではない、と、そんなことを考えていた。

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