童貞は主人公じゃない

リルレットの話でまた有名なものは、『超越』に近づきすぎると殺しに来る。という話だ。自分たちが近づきすぎていくつもの不遇や苦労を重ねてきたのに、『超越』を知る最初の人物がリルレットでないことを看過できないのだとかそんな理由だったか。


仲間に入るか死ぬかを迫られるという。リルレットが実在した今となっては、事実に思えるし、それを皆に知らせるため親しみやすい昔話にしたのも頷ける。結果『超越』は欲深いことであり、手を伸ばさぬが吉と一般常識化している。


伽噺おとぎばなしのリルレットを殺した男がブライという名前なら、もしかしなくてもあのおかまと同一人物であると断言できるだろう。


やはり、規格外。肌に感じた異常さは、真実であったようだ。つまり、ブライは『超越』に近づいたが故に、リルレットとぶつかった。


「ブライを殺す方法とか算段はありますか?」


「殺せなかった我に聞くのは皮肉かね?」


勝てる希望を与えてくれないベイクの発言に言葉を失う。


リルレットでも敵わなかったおかまを俺が倒さないとなのか?現に俺がわからなかった魔法が使えないことに関しての断定を行った、俺より優れた男が殺されたんだ。俺など近づいただけでチリになるのだはないだろうか。


殺されに行けと言われているようなものだが、ベイクのほくそ笑む姿をみて理解する。


そうか、俺は死なないのか。俺自身が殺す方法ということか。ベイクと違い試行回数を重ねるなど、やりようは多くありそうだ。


…そういえば、俺は最強の不死身なんだっけ。これは『超越』ではないのだろうか?いや、わかっているが一応確認したい。


俺は制裁を加えようとして見事返り討ちにあった一族の末代に質問をしようとすると、ベイクがはじけるように霧散する。しまった、精神的ダメージが強い表現をし過ぎたようだ。


「そろそろ時間切れのようだね、十分に楽しませてもらった。困ったことがあればまた訪ねたまえ。」


俺が反応するよりも前に、ベイクがいた場所から声がする。時間制限があったのか…。


「そうそう、逃げろと言ったが、貴様は思った以上にやる気のようだったから一つアドバイスだ。魔法陣で魔力放出しろ。」


おそらく戦闘に関してだろう。魔法陣を通したら魔力放出はできない。魔法になってしまうからだ。何か意味があるのか?考える間もなく、墓から手が出てきて俺に向けられる。


ポゥっと手のひらが優しく光ったと思うと、強い力…圧力という表現が個人的にしっくりくるが、それによって上空に押し上げられる。


特に魔法陣が見えなかったことから魔力放出だろうか?しかし、人を上空に吹き飛ばすなど、出鱈目すぎる。これが魔法陣で魔力放出をするということか?


なんとかリルレットの墓を見ると、ゴム手袋をした手が、拳を握りしめ親指を突き立てている。何を考えているかわからないが、なぜか悪意は感じなかった。


考える時間もそこまでなく、浮遊感のあとあっという間に地面に激突し、体が衝撃に耐えきれずばらける。咄嗟に両手で頭を守ったので頭は無事だが、右足と右腕が取れた。


前は血が出たりでなかったりした気がしたのだが、千切れた腕からも肩からも血は出ていなかった。痛みはひどく、息ができないほどだがすぐに引き、立ち上がってさっさと腕と足をくっつけてしまう。


魂の不死だったか?魔法が使えないと明確になったが、自分が不死であるともわかった。気がかりなのは、すべての魔法が使える死を超越した存在から、死を超越した存在にグレードダウンしたことだ。


ほかにも俺の魔法の特性が使えなくなってしまった。結局他人にお披露目したのは、ボス猿に魔法を無効化されたあの朝のみとなってしまった。いや、お披露目できていないのだが。…俺の魔法陣が日をまたいでも効力が消えないことについて、ベイクに聞いておけばよかったな。


体をもとに戻した激痛に耐えるため、適当な木片を口に咥える。痛みが来る前から、しっかりと食いしばってからくっつける。慣れたものだが、そろそろ痛覚無効というスキルやらをもらえないだろうか?悪意がなかろうと元凶のベイクを恨んでしまう。


くっついた四肢はありがたいことに、何の後遺症もなく機能するのだが、回数を重ねるごとに、痛みが強烈になっている気がする。前はそつなく戻せたのに、今は涎を垂らしながら涙を流して悶えている。


「かくれんぼするとか、何考えてるの?ほんと馬鹿だよな。」


俺が痛みのあまり無気力に大の字になっていると、ひょこっと目の前にレイが現れた。そうだった、かくれんぼをしていたのだった。


かくれんぼしようと提案した女から、かくれんぼしたことを馬鹿にされるのは心外だな。さすがに、俺は馬鹿なのか、と落ち込んではいられない。


体を起こしながら周囲を確認する。まあ、飛ばされたときに見えたのでわかっているが、的確にルベルの家の方角に飛ばしてくれたようだった。傍には見覚えのある倒木がある。


「なんで空飛んでたのかわかんないけど、ワンにも見えたと思うし、そろそろ来るよ。」


不機嫌そうにするレイに話が見えてこないというと、無視されてしまった。程なくして墓地の方からワンが歩いてくるのが見えた。まあ道になってるし、俺が落ちた方角に来るのは当然か。


俺がワンに手を振ると、諦めたのか、しぶしぶという感じで耳元で一連の意図を教えてくれた。


「ワンをおいて帰ろうと思ったの。」


考えることひどいな。ワンにかくれんぼをさせることで見つかりたくないと思わせたのか。当然レイも見つけたくなどないからさっさと俺を見つけて帰る算段。喋ったら負けゲームに近い何かを感じる。


しかし、面倒ごとをおいていくことや、ワン抜きで話し合うならこれほど条件のいい方法はないか…。誤算は俺がガチでかくれんぼしたこと。


「大丈夫?」


軽く会釈するワン。特に心配というより、社交辞令を感じる。俺が手を振っても振返してこないどころか、小走りにもならずゆっくりと歩いていた。レイも言っていたが、こいつこんな見た目なのに全くかわいげがない。


レイに視線を向けると、レイも俺を見ていた。特に動じる様子もなく俺の反応を見ているので、数秒見つめあってしまう。この程度で照れて少し顔が緩んでしまうから悔しい。


「ごめん、間違えて空飛んじゃったからもう一度かくれんぼしないか?」


誤魔化そうと焦ってワンに話しかけたこともあり、めちゃくちゃな文章を並べてしまう。間違えても空飛ばないだろ…。


当然ワンは、信じられないという顔をし、つばを飲み込む。一言でいうならドン引き。まあレイなら賛成してくれるし、多数決なら負けないだろうとレイに視線を戻す。


「かくれんぼするとか、何考えてるの?ほんと馬鹿、童貞?」


レイは咳ばらいをすると、先ほどより強めに俺に怒鳴る。俺があっけに囚われているのをみて耐えきれなかったのか少し笑顔になった後、ゆっくりとルベルの隠れ家へ漂い始めた。


反射的に後を追う俺についてくるワンが、ぎりぎり聞こえるぐらいの小声で童貞…。と復唱していた。夜の山はなぜこんなにも静かなのか、と俺は神様に抗議したい。もっと虫を増やして騒がしくするべきではないだろうか。

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