願望がないのは主人公じゃない

「では、明日持ってくる。残りの刑期を楽しむように。」


俺はうなずき、促されるがままに部屋の外へ出る。


「こいつ本当に自覚しているのか?」

「わからない。しかし、何度も来週に死刑を執行すると説明はした。」

「死期を悟って諦めているのか?」

「諦めているというより…」


話が部屋から漏れていると気づきドアを閉める刑務官。一瞬目が合うがそらされてしまう。


「行こう。」


先に歩き出す刑務官に置いて行かれないようについていく。




ブライの話を要約すると、みんなで脱出するからそれに必要なものを刑務官にお願いしてほしい、とのことだ。ほかにも作戦とか指示を出されたが忘れてしまった。必要なものだけは念入りに繰り返し聞かされたため覚えていたという感じ。


「明日に届くのね?やっと…やっとこの日が来た…。」


この脱獄作戦においてブライは最重要人物であり、成功すればこの獄中にいる極悪人が世に放たれることを意味する。


「脱出したらあたしの家に行ってよ。あと、あいつは置いて行った方がいいと思う。」


霊…こいつのことはレイと名付けようか。名前がないならつけてしまおうというのは、どっかの誰かさんもやっていたし。正面に立つレイのことを見ながらぼんやりと考えていると、無視されたのが嫌だったのかジト目になる。


「脱出か…。」


それに反応し上体を起こすおかま。


「嬉しくないの?死刑をまぬがれるのよ?」


あ、そういうことか。俺が死なない方法はブライから見たら脱獄だけなのか。


「死刑囚ちゃんはどうして落ち着い……ねえ。やりたいこととかないの?」


俺が無気力にベッドで寝そべっていると、話している途中で質問を変えてきた。


やりたいことなどたくさんある。例えば…。例えば…?


思わず跳ね起きる。俺がやりたいことはなんだ?口を開けたまま言葉に詰まる俺を見て、めんどくさそうにレイが助言をしてくる。


「…あいつのやりたいことはなんなんだろうね。」


ため息交じりに重く口を開くレイ。考える時間を貰うためブライに話を返すのはいい選択だと思った。俺は自然と小さく頷きブライの方を向く。


「あんたは?」


少し目を大きくし天井に視線を移すと、顎に手を当てて首を傾けるブライ。女の子だったらポイント高かったな。というか、その仕草は女の子を連想させてきた。


「私は…愛されたい。」


これ以上に直球で曖昧な言葉などあるのだろうか?こちらを見て体育座りになり照れ臭そうに小さくなる。小さくなれてないぞ。目を疑いこすってみたが、やはりゴリゴリのおっさんだ。少女が呪いにかかった説について話したい人いない?


「なによ、その表情は?」


まずいな、今の発言を笑い飛ばしそうなレイでさえ真顔でブライを見ているのだから俺も冷たい表情なのだろう。というかレイ、少し怒っていないか?俺は咳払いをしてこのやり取りをなかったことにするべくやりたいことはないか記憶を遡る。


少女…違う。呪いに…いや、だめだ。想像以上の破壊力に俺の思考が持っていかれている。沈黙が続くのを嫌がったのかブライが立ち上がろうとする。何か…何かないか?いや焦る必要もな…少女…あ、そういえば。


「ある女性を探したい。」


「誰の事?」


驚いてすぐに聞き返してきたのはレイだった。予想外のところからの返事にレイを見ると、反射的に反応してしまったのか背を向けてきた。ブライはというと、立ち上がろうとした状態で止まり俺をギロリとにらむと、俺に背を向けて寝床に寝転がる。防御力が1段階下がった気がする。


「どいつもこいつも女、女って…。」


俺がノーマルだということに苛立ちを覚えたようだ。少しかわいそうだな…?少しかわいそう?なぜ?ブライの見た目はおっさんだ。…内面は少女だから?


変身魔法のような高度な魔法が使えたとして、何のデメリットもなく変身できるわけではなく、質量の増える変態のみに限定される。そのうえ、元に戻れないというケースがほとんどというか当たり前である。また、腕を欠損したとして、腕を生やしても肉が膨張するだけで感覚神経や筋肉、骨はなく、動かすことはできない腕の形をした肉がつくだけである。上級魔法使いの中には元通りにする者もいるそうだが、簡単であるはずはないというのが現状。性転換など夢のまた夢である。


…。


「名前は僕も知らない。約束というか、気になることがあるから会いに行くだけで、別にそういうんじゃない。」


思わず口をついて意味の分からない脈ありな発言をしてしまった。いや、この程度で脈ありなど童貞でもあるまいし、思うわけがない。思うわけが…。ブライはピクッと動き、背を向けたまま肩越しにこちらの様子をうかがってくる。相手が悪かったか…。


「そうなの?別にどうでもいいけど。」


文面とは裏腹に嬉しそうな、恋が始まったかのような声のトーン。満足そうなため息の後に、思い出したかのように慌てて「おやすみ。」とそっけなく付け加える。そこら辺の死亡フラグより強力なや恋愛死亡フラグが立った気がする。目を閉じれば自分を欺けなくもないか?


「…何……考えてんの?」


レイが絞るように口を開くが、こちらも文面とは裏腹で、先ほどより少し顔が赤くなって興奮しているように見える。


何考えているか?それはこちらの台詞である。お前こそ何を想像している。そういえばとウェンカイとか言っていたのを思い出し、こちらにも敵がいたと思いなおすのだった。くれぐれも俺をネタにしないよう後で釘を刺しておこう。

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