その15 学園に潜む精鋭たち

 授業中に先生に指名されることが多く、いつも以上に力を使ってしまった。

 正答を二回使ったので、残りは一つ。

 誘導は三つ、聞き耳と思考透視、模範は二つずつ。


 全てを使い切らないと補充ができないので、強力な力の『命令』をすぐに手に入れることは難しい。


 ニヨが朝に使っていなければ……。

 思うが、仕方ない。

 命令でもなければニヨが俺のクラスにこれるかどうかも分からなかったしな。

 できなくもないが、誘導では心許ない。


 もっとたくさん命令を受け取っておけば……とは俺も考えた。

 で、前に実行している。

 だけど命令が受け取れるのは一度に三つまでだ。

 しかもニヨが言うには、審査が一番、厳しいらしい。

 強力ゆえに、使いどころをよく考えないと今の俺たちみたいになる。


 今回も結局、命令は二つしか許可が下りなかったしな。


「結城も力を受け取る時の条件って同じだよな? 成績優秀だから五つも受け取れるなんて言われたら完全にこっちが不利だぞ?」


 結城は一度、俺に命令を使っている。

 ……いや、それは古い情報だ。

 補充していれば使用カウントもゼロに戻るのだから。


「条件はみんな一緒だよ。だからホランも命令は三つまで」

「三つ、か。自分が使うとなると少ないけど、相手が使うとなると多いな……」


 ずずず、と吸い、中身のなくなった紙パックの飲み物を握り潰す。

 今はちょうど二度目の休み時間だ。

 一度目の休み時間はクラス連中からニヨと俺への質問攻めでまともに休めなかったので、二度目は足早に逃げてきたのだ。


 紙パックの飲み物なんて普段は買わないが、教室から離れようとした結果、滅多に通らない場所まできてしまっていた。

 たまたま見つけた自販機に、学園ではあまり見ない紙パックの飲み物があったのだ。

 ニヨが興味を示したので、二人分を買って飲んでいた。


 人通りは少なかった。

 体育や移動教室で、クラス教室にいる生徒が少ないのか。


 この学園は二五とクラス数が多いため、五つのクラスで校舎が分かれている。

 俺とニヨは隣の校舎まで逃げてきたので、ここは一から五クラスまで、一から三学年までの教室が集まっている。


 顔を合わせることは少ないが、俺は有名人なので向こうは俺によく気づく。

 俺も、まあ委員会や部活動で名前がよく挙がる生徒は覚えているが、それ以外となるとあまり記憶にはない。

 それでも生徒会長として挨拶をするので問題はない。


 覚えていようがいまいが挨拶をすれば印象は良いだろうし。


「それにしても……」


 噂ってのは広がるのが早いもんだ。

 俺の妹……ニヨが体験入学していることがもう周知されている。

 隣の校舎の生徒までニヨの名前を知って呼びかけてくるのだ。


「ニヨちゃーん、お兄ちゃんと楽しんでねー」

「はーい!」


 女子二人が通りがかってそんな言葉を残していった。

 で、ニヨが俺の腕に手を回す。

 そのまま手を、恋人繋ぎにさせた。


 もう誰もいないから冷たくあしらってもいいんだけど……少しだけ堪能しよう。


「生徒会長はシスコンだっつう噂は本当らしいな」


 ……誰だ、そんな噂を流した奴は。


「お前じゃねえだろうな、有塚ありづか

「さてね、どうだろーな」


 俺とニヨの目の前を通り、自販機に目を移すのは、二年一組、有塚信介しんすけ

 順位は一〇〇位にも入らない成績だが、学園外では大企業の御曹司だ。

 周りが認める実力があれば、自然と学園での地位も高いものになっていくため、こいつは二年の中でも多くの信者を取り込んでいる。

 スクールカーストで言えば上位の学生だ。


 同学年だし、なにかと絡んでくるから顔も覚えた。

 生徒会長として俺から頼みごとをすることもあるし、貸し借りがいくつかあったこともある仲だ。

 だけど友達じゃねえ。


 友達にはしたくない奴なんだよ。

 言うこと全部が嘘に聞こえるし、約束もすぐに破りそうな、なーんか企んでいそうなその細い目が気にくわない。

 というか、信用できない。

 名前に『信』って入れないでくれよ。


 清潔な見た目と、爽やかな整った顔のおかげで人受けは良いので、信用しちゃうのも納得だな。

 見た目を使って人の信用を取っているとも言えるけど。


 最初は俺も騙されていた。

 思考透視してからこいつの本性を知って警戒したけどな。


「なんで紙パックの自販機がこの校舎にしかねえか知ってるか?」

「……? 昔の生徒がリクエストして設置された、とかか?」

「俺様の好みだ」


 俺様とか言う奴は大抵、人のことを駒としか思ってないんだよなあ。


「バナナミルクが好きなんだが、どこにも売ってねえから設置したんだよ。金があればなんでもできる学園ってのは住み心地が良いよな。お前もそう思うだろ? 生徒会長権限でなんでもできるんだからよ」

「できねえよ。生徒会長は万能じゃねえんだ」


 学園側に真っ当な理由で申請し、許可が下りなければなにもできない。

 そのあたり、ニヨたち侵略者側の都合と重なる部分がある。


 お金持ちの方が自由度が高く、たとえ事後報告でもお咎めはなかったりする。

 問題が起これば全て自己責任、元に戻すのも自己負担にはなるが。


「……で、なんだよ。お前もニヨを見にきたのか?」

「ん? ああ、妹のことか……興味はあるな」


 ニヨがささっと俺の背中に隠れる。

 怯えられてる。

 まあ、今の有塚は人の信用を取ろうって気がない素の状態だから、嫌われて当然だ。


「さっきから失礼だぞ。俺様は普通にしてても好かれることの方が多い」


 立場にも魅力はあるからな。

 それにしても俺の心を読んだみたいなタイミングだったな……こいつ。

 ……いや、まさかな。


「興味があるってのはそういう意味じゃなくてだな。ついでに言えばシスコンだって噂を流したのは俺様じゃねえぜ。流す意味がねえってのもあるが、単にお前ら、本当に兄妹なのか?」


「………………は?」


「複雑な家庭事情があるなら突っ込みはしねえが。義理、だとしても、ここまではっきりと嘘だって分かる言葉もねえもんだ」


 義理の妹だとしても、妹という発言に嘘はほとんど含まれない。

 本当の妹でなくても関係上は妹なのだから、嘘も本当も半々という有塚の理論。

 でも俺の「妹」という発言には、はっきりと全部が嘘だと分かったらしい。


 ……前から、こいつのこういうところが苦手で、嫌いなんだ。

 人の嘘が分かる。


 精度はやや甘く、抜け道が存在するが、それでも目をつけられると厄介だ。


 結城が言っていた学園に潜む隠れた精鋭……実力者。

 有塚は別に隠れてはいないが、こういう才能を持つ者がいる。

 もしも結城がこの精鋭たちと手を組んだら……思っているよりも早く侵略が完了してしまうかもしれない。


 ……もしかして、こいつはもう、結城と手を組んでたりするのか……?


 あり得る。


 自分だけが美味しい思いをすればいいと考える有塚は、良い条件さえ整えれば簡単に仲間になってくれる。

 そして、転校生の結城も必然、注目を浴び、それを見逃さない有塚じゃねえ。

 既に接触していて当然だ。


 なら、俺とニヨにこうして接触してきたのは、結城の指示か……?


「ま、嘘でもいいけどな。妹と偽ってたからなんだっつう話だしよ。俺様には関係ねえ。実は妹じゃないんだって言いふらす、とお前を脅したところで、効果は薄そうだしな」


 必要であればそういう手も使うと言いやがった。


「お前に聞きたいことがあんだよ。転校生……結城穂蘭、だったか」


 僅かに体を反応させた俺に、有塚は勘違いをした。


「お前も疑ってんのか? まあそうだろうな。転入試験満点、ありゃなんかやってるぜ」

「……え?」

「方法は分からねえが、なんらかの不正をしてんだろ。まあ、この学園、不正なんかばれなきゃいいって精神だが……、気にくわねえ」


 有塚が珍しく苛立っていた。


「不正を暴いて潰そうって考えてるわけじゃなくてだな、尻尾を掴んでいつでもゆすれるようにはしておきたいんだ」

「真剣な顔で最低なことを言い出したな」


 一応、相手は後輩だぞ? 

 いや、実際は侵略者で、たぶん年上だ。


「思い出しただけでムカつくぜ。あのガキ、この俺様をテキトーにあしらいやがって」


 ……さすが、既に接触してる。

 その時、結城に子供扱いされてプライドが傷ついたとか、そんなところだろう。

 それで意地でも謎を暴いてやる、と俺に話を持ちかけたわけか。


 無理だな。

 結城に近づけば力を使われて操られる。

 有塚に勝ち目はないだろう。


 止めても無駄だろうが……いや。


「……止めなければ、結城へのプレッシャーにもなんのか……?」


 みすみす手駒を与えてしまう可能性もあるけど、結城に力を使わせれば、俺たちの残っている力で優位に立つこともできる。

 そもそも結城の侵略を阻止するとは言っても、終わりが見えないぞ?


 あいつの心を折る……は、曖昧なゴールだ。

 阻止したところで何度も立ち上がられては永遠に続いてしまう。

 だから、地球から追放できれば一番良いけど……。


「そういえば、あったな……」


 一つだけ方法が。


 ――強制送還。


 どうにかして結城を強制送還できれば、侵略はニヨだけのものになる。


「おい、大垣。どうなんだよ。あの転校生を疑ってんだろ? ネタを取って脅すことに抵抗があるなら、あいつの不正を知っておくだけでも損じゃねえだろ。手っ取り早く生徒会に入れてボロでも出させろよ」


 生徒会入りの条件は品行方正、成績優秀、ようは先生に認められれば生徒会入りを果たすことができる。

 俺が推薦したとなれば、先生も拒否はしなさそうだが……。


 個人的に結城を生徒会に入れたくはない。

 副会長との相性が悪いのもあるが、相手は侵略者だ。

 わざわざ俺の領域に入れる愚行は避けたいところだ。


「ただ不正を暴くためだけに生徒会に入れさせるのはリスクが大きいな。気にかけて見るようにはするつもりだが……とりあえず任せてもいいか?」

「あん?」


「強引な手には出ないだろ? お得意のじわじわと攻めていくやり方で結城にプレッシャーをかけてみてくれ。それが続けばボロが出るだろうし、満点もただの偶然だった可能性もあるしな」


「やっぱり疑ってんじゃねえか。ククッ、分かった。俺様なりのやり方で追い詰めてやるよ」


 少し興味があった。

 有塚と結城、どちらが先に相手を出し抜くか。


 侵略者の力は多人数には向いていない。

 それは実体験から導き出した答えだ。


 そう、多くの信者を持ち、利用する有塚と結城は、相性が凄く悪い。


 有塚が沈められても周りが最善の動きをする。

 さすがに本人には劣るが、それでも有塚の意思を汲んでいるため有塚を彷彿とさせるのだ。

 四分の一の有塚成分を持つ信者が四人もいれば、有塚一人分になる。

 まあそんな単純なものではないだろうが、周りにいる生徒もそれなりの力を持っているんだ、無能ではない。


「さて、少し長話をしちまったな。移動教室だからそろそろ向かうとするか。じゃあな大垣、たまに連絡を入れる」

「分かりづらい暗号を俺の周りに仕込むのやめろよ。あれ、結構解くの面倒なんだ」

「連絡先を教えたくないだろ、俺様なんかに……だろ?」


 それはそうだ。


「伝言でも文通でも、やりようはいくらでもある」

「第三者の目に入らないように、入ったとしても分かりづらくするのは基本だ。いいじゃねえか、なんだかんだお前は全部分かってんだからよ」


 まあ、最悪手段としてお前の思考を透視したからな。

 まともに解いたことなんて一度もねえよ。


 こういう暗号文などでも、正答の力は発揮されるためそっちを使うことが多い。

 有塚の暗号は時間と共に崩れていく風景に混ぜたりすることが多いから即答できる力がないと厳しいんだよな。

 節約する意味でも、あまり関わりたくはなかったが、仕方ない。

 内容が結城のこととなれば放っておくこともできないからな。


「楽しみにしとけよ大垣。じゃ、副会長にお大事にと伝えておいてくれ」

「ああ」


 有塚が背中を向けたまま手をひらひらと振って去って行く。

 曲がり角を曲がって姿が見えなくなったところで、ニヨが声をかけてきた。


「珍しく静かだったな」

「だって……あの人と喋ると、ばれそうな気がして恐かったし……」


 嘘を見抜く力。

 まさかニヨの正体まで分かるとは思わないが……、

 言葉の真偽が分かるだけで、あいつは答えを出せるわけじゃない。


 それにあいつ自身、あの力に頼っている風には見えないし、どちらかと言えば参考程度で信頼はしていないように見える。


 大勢をまとめていると、結局、信じられるのは自分だけ、と以前に言っていた。

 俺への接触にもわざわざ自分で出向くのが証拠だ。

 あいつの手足となって働く信者はたくさんいるっていうのに、傍若無人の王様のようにこき使うってタイプでもないからな。


「ひゃぇぅ!?」

「え、どうしたの?」

「きゅ、急に後ろの自販機が動き出して……」


「節電するために、利用者がいない場合は機能を制限させるシステムがあるんだよ」

「で、でも、誰もいないのになんで動いて……」

「さあな。機械もきまぐれだからたまに動いたりすることはあるぞ?」


 俺たちもそろそろ戻らないと次の授業に間に合わなくなる。

 結城への対策をニヨと話したかったが、次の機会でもいいだろう。


 そういえば、次の授業は確か小テストがあった気がする……ふむ。

 どうやって乗り切ろうかと端末をいじりながら教室へ戻った。


 有塚の最後の言葉の違和感に気づきながらも、俺はすっかりと忘れてしまっていた。

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