その12 侵略か篭絡か

 風呂から上がると、ちょうど二人の秘密の話し合いも終わった頃合いだった。


 襖を開けて出て来た二人は、しかし、話し合いはさらに加熱しているように見える。


「だから! 良ちゃんを利用して侵略を進めてるの! 別に期限だって言われたわけじゃないんだし……侵略はちゃんとするから!」

「ニヨだけだったら、それでもいいんだけどねぇ。でもアタシが派遣された以上、結果は早く残すつもりだから。成績優秀のアタシがいて、なんで時間がかかるんだって思われたくないしねぇ」


「気にし過ぎだってば!」

「成績に影響はないと思うけどぉ、でも印象は良くないわよねぇ。アタシは、なにをやらせても完璧にこなしてくれる、ホランっていう女の子の価値を下げたくないの。それはいつも言ってるからよく分かるわよねぇ?」


 ニヨが一歩下がった……気圧された? 

 気心知れた友達と話しているように見えるが、たまにニヨが結城に怯えている。


 成績に差があるからなのか? 

 ニヨたちは成績がそのまま立場に置き換えられるのか? 

 そもそも、二人が同い年なのかも分からない。


 実は同級生に見えても、二、三こ離れているのかもな。


「とにかく、こっちはこっちで侵略を進めるわねぇ。元よりニヨと協力して仲良しこよしで侵略する気はなかったし。アタシのやりたいようにやらせてもらうから」


 ニヨから視線をはずした結城が、後ろにいる俺に気づいた。


「聞いてた?」

「最後の方だけな」

「そ」


「侵略って、具体的になにをするつもりなんだ?」

「言うわけないでしょぉ? って、思ったけど、どうせニヨには阻止できないだろうし、言っちゃってもいいかもねぇ」


 ぴんっと人差し指を立てた。

 指先は天井を差すが、そんな障害など意にも介さない。

 結城が差すのはもっと上だ。


「とりあえずあの学園でトップを取ろうと思って」

「……手早く侵略……?」


 思ったほど手早いとは思えなかったが……。

 もっと武力行使に出るのかと思った。


 まあ、まさか光線銃やらを取り出してドンパチやるとも思ってはいないけど。

 それはさすがに、映画やドラマに影響され過ぎている。


「あの学園には爪を隠してる精鋭もいるようだしねぇ?」


 生徒数三〇〇〇人……、

 通信制を含めれば一〇〇〇〇人。

 中には一点をこれ以上ないくらいに極めた者がいる。


 中間や期末テストでは計れない実力を持つ者は多い。

 結城は、その中で利用できる生徒でも見つけたのだろう。


「学園にくる気もなく家でだらだらしてるニヨには、どうしようもないもんねぇ?」

「ちょ……ッ」


 そんなこと言ったら、ニヨは絶対――、


「良ちゃんに手を出したら許さない」

「じゃあ守ってみればぁ? アンタもアタシの計画、邪魔する気でしょぉ?」


「だって、そっちがわたしの計画を邪魔しようとするから……!」

「そうよ、互いに譲れない想いがあるなら相手を潰すしかないんじゃない? まあ、こっちはアンタの侵略なんて邪魔するまでもなく、手早く侵略しちゃえばいいだけの話なんだけどねぇ。でもそっちが邪魔するなら、邪魔される前に潰すしかないでしょぉ?」


 二人の視線がぶつかり合っていた。

 先に逸らしたのは結城だ。


「思っている以上に、良に執着してるみたいねぇ。だからこそ、ニヨはアタシの侵略を手伝う気になるはずよ」

「……? ならないけど」

「今は、ね」


 俺とすれ違い、結城は玄関へ向かう。


 さすがにもう夜とは言え、泊めてくれとは言わなかった。

 これまでの意思や目標の違いで敵対している。

 手の内は晒したくない。

 だから敵の手を借りる、なんてことは口が裂けても言わないだろう。


 ただ、ニヨはこうして俺の所に厄介になっているが、結城はどこに住んでるんだ?

 見た目は女子高生の結城が、野宿ってことはないだろうけど……。


「なんだ、帰るのか」

「あ、じいちゃん」


 すると、じいちゃんは結城に紙袋を持たせた。


「なによこれ」

「和菓子だ。毒は入っとらん。嫌なら食わなくてもいいが、持っていけ」


 眉をひそめた結城だったが、拒絶はしなかった。


「ニヨのように籠絡できると思っているのかしら? この子ほど簡単じゃないわよ?」

「辛いのが苦手なら甘いのは好きかと思っての。それだけだったんだが……籠絡? 悪いが、ニヨに餌付けした覚えはないのう」


 ……尖っていた時があるニヨは、どうやって丸くなったのだろう? 

 ふと気になった。


「なにも特別なことはしておらんよ。だが、お前さんもきっとニヨみたいになる」

「アタシが? なめないでくれるかしら」

「じゃあこちらも言わせてもらうが、あまりうちの孫をなめない方がいい」


 一瞬だけ、結城の視線が俺を刺した。

 微かに唇が動き、微笑んだが、すぐに引き結ばれた。


「そうね」

 と、短い言葉だった。


 含みがありそうだが、その内容までは表情から読み取れない。

 だって無表情だ。


「じゃあ和菓子、ありがたく貰っておくわね。……ニヨ、またね」


 手を振ってから、引き戸の扉が閉められた。


「良ちゃん」


 ……息も吐かせぬ間だった。

 そして次に出る言葉を、俺は分かっている。


「わたしも学校にいく」



 いくらニヨの力があっても、当日にニヨの転入を学校側に認めさせることはできない。

 少なくとも今日の一日が必要になる。

 ただ、体験入学であれば力を使って学園に入らせることは可能だ。


 そんなわけで俺はニヨを連れて朝早く……、運動部の朝練よりも早く学校へ着いていた。


 ……朝五時だ。

 早寝をしたとは言え、さすがにまぶたが重たい。


 外にニヨをずっと待たせるわけにもいかないから、手早く任務を達成させないと。


「スペアの制服が多分どっかにあると思うんだよな」


 体育着のスペアがあるんだから制服もあるはずだ。

 生徒はいないが先生はいるので聞いた方が早いかもしれない……けど、探しているのは女子の制服だ。

 生徒会長でもさすがに女子の制服を欲しいと言ったら理由を聞かれる。

 力を使ってもいいが、できれば温存しておきたいところだ。


「とりあえず生徒会室か」


 猪上が私物化して置いてたりしねえかな。

 ちょろっと一日借りるくらい大丈夫だろ。


 あいつなら力を使わなくてもなんとか誤魔化せる気がする。

 盗まれたことにして、後日、俺がそれを見つけた、ってことにすれば俺への好感度も上がるだろう。

 一石二鳥だ。

 もしも制服があればそうしよう。


「………………」

「………………」


 ――完全に油断していたので、言葉を失った。

 生徒会室に入ると、副会長が机に勉強道具を広げて、勉強していた。

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