その5 後輩と騒がしい議論

「会長、少しこの女、黙らせていいですか? 生徒会入りした時から不満だったんですよね、なんで十位がいるのか、生徒会に相応しくないですよね」

「自分が四位だからって偉そうに言わないでくれる? たかが中間テストの点数だけが良かっただけで、一年が会長に我儘を言えると思ってるの? 知ってるわよ、あんたはただのその場しのぎでしかない学力だって。身についてないんじゃないの? 抜き打ち実力テストの時は散々だったじゃない」


 まずいな、ヒートアップしてきた。

 さすがに暴力を振るうとは思えないが、なにをしでかすか分からない危うさがあるからな、この二人は。

 ただそれも、二人が一緒にいる時だけだが。


 二人揃えばメリットもあるがデメリットもある。

 しかし、俺の言葉も聞こえないとなると、デメリットの方がでかいか?


「会長……」


 副会長と目が合った。

 すぐさま止めようと割り込むかと思いきや、意外と副会長は静観を決め込んでいる。

 俺に委ねているのか、いざ喧嘩一歩手前になったら動けなくなってしまったのか。

 ……怯えが見えるので後者だろう。


「立川、二人の飲み物を買ってきてくれ。お金を渡すから。とりあえずクールダウンさせないとな」

「は、はい! 今すぐに!」


 言って、俺が用意した小銭も受け取らずに、部屋を出て行く。


 これで邪魔者はいなくなった。

 副会長を操る目は丁度残数の都合でなくなってしまうため、どうにか席をはずさせる必要があったのだ。

 いくらばれないように仕掛けると言っても、目の前で二人の態度が急に変われば、怪しむだろう。

 俺の話術で誤魔化せる範疇ではない。


 ……


 仕方のない奴らだ。

 世話が焼けるが可愛い後輩、付き合えとまでは言わないが、喧嘩しないくらいには仲良くなってもらう。

 じゃねえと、生徒会が上手く回らないんだからな。


「猪上、太田、


 ここできちんと俺の声に反応し、目を見てくれるところはやはり俺の信者なだけある。

 あの時の仕込みがきちんと今でも活きているのだから、さすがの力だな。


「仲良くしろ、お前らは互いに支え合う、パートナーだろ?」

「パートナー……?」

「おれと、こいつ、が……」


 二人の表情から力が抜け、闘志が鎮火される。

 流れる沈黙の後、先に太田が動いた。


「あー、その、悪かった、な。女がどうとか言っちまって」

「あたしも、酷いこと言っちゃって、ごめん……」

「太田書記」


 と、俺は声をかけた。

 もう目の力は使えないから、俺自身の言葉だ。


 男女差別をするつもりはないが、やはり引っ張るのは男の役目だ。


「お前の方が先に生徒会入りしたんだ、猪上会計を支えるんだぞ。間違っても蹴落とそうなんて考えるんじゃない。二人とも、俺が選んだ精鋭なんだからな」

「……はい。会長、肝に銘じておきます」


 そしてそのタイミングで、副会長が戻って来た。

 全員分の飲み物を抱えながら、


「――会長っ、って、あれ? 解決、しました……?」

「さて、少し休憩しよう。立川副会長の選んだ飲み物でも飲みながらな」



 おとなしくなった後輩二人を見て、怪しまれるかなとひやひやしたが、

 副会長は、「さすがは会長です」と俺のおかげだと誤解してくれた。


 ……俺がやったのだから誤解でもないんだけど……、まあ、怪しまれなかったのならいいや。


 その後も議論は続き、最終的に最も安全な方法で結論を先延ばしにする方法を取った。

 購買のメニューになにが欲しいのか、というアンケートを取ることにした。

 生徒が選んだメニューのランキング上位を追加すれば非難はないだろう。


 結局、一年の要望は採用できなかったが、二人も本気で言ったわけではないらしい。


「ダメ元で言っただけっすよ。実際ケーキが追加されてもたぶん週一、よりも少ないスパンでしか食べなさそうですし。カフェやテラスも結局、使う頻度が減りそうですしね」

「そういうもんか?」


「会長には分からないかもしれないすけど、授業を聞いているだけで完全についていけているわけではないですよ。一年通って慣れたならまだしも、まだ入学して三ヶ月くらいですし……やっと一段落ってところですから」


 初めての大きなテストを終えて、やっと気を抜くことができた。

 そうか、一年にとってはこの学園の仕組みがやっと分かってきたところなんだもんな。


 ケーキだとかドリンクバーだとか、親しみ慣れたものを学園に取り入れたいと思うのは、思いの外、学園のカリキュラムにストレスを感じていたからか。

 落ち着くための安全地帯が欲しいんだろう。


「まあ、困ったら俺を頼れ。相談には乗ってやる」

「会長」

 と、副会長がホワイトボードを片付け終え、俺を呼んだ。


「そろそろ下校時間です」

「そうだな、じゃあ、今日はこれまでにしよう」


 思いの外、長い時間、話し込んでしまっていたらしい。

 俺と副会長だけなら、短いやり取りで淡々と効率的に話が進むので、手っ取り早く終わる。

 ただ後輩二人は脱線が多いので、一つの話もえらく長くかかってしまうのだ。


 それが悪いとかではなく、むしろ活気があって良い。

 副会長との静かな生徒会も落ち着くが、二人の後輩がばたばた暴れ、てんやわんやになる騒がしい会議も捨てがたい。

 このメンバーなら、今年の生徒会も無事に乗り越えられるだろうと思えた。



「ん? ……このクーポン、今日までだ」


 カバンの隙間に紛れ込んでいたチラシの切れ端。

 ハンバーガーチェーン店のアイスが半額になるクーポン券である。

 見つけてしまったら凄くアイスが食べたくなった。

 となれば見て見ぬ振りをして、行かないわけにはいかない。


 一つの券で二つまで対象となる。

 一年は既に帰ってしまっているし、なら……、


「立川、このあと一緒にアイスでも食べに行くか? 半額の券が出てきたんだ」

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