その2 生徒会長の完璧な仮面

 授業中、出席番号の都合で先生に名を呼ばれた。


「少し難しいが、この問題を……今日はそうだな……大垣ならできるだろ」

「はい」


 数学の授業担任は、俺のクラス、二五組の担任だ。

 名前は巳浦みうら……黒いタイトスカートとスーツを着た女性教師だ。

 美人なのだがまったく笑わない鉄仮面と生徒たちの間ではよく揶揄されている。


 呼ばれて俺は席を立ち、黒板まで向かう。

 問題を前にして一度、動きを止める。

 だが一瞬だ。

 一呼吸を入れる前に自然と手が動いていた。

 書き間違いはなく、迷う素振りも見せずに、俺は途中式から答えまでの全てを書き切った。


「完璧な正答だ。さすがは大垣、学年一位の学力は伊達じゃないな」

「買い被らないでくださいよ、俺にも解けない問題くらいはあります」


 ふっ、と笑ったように見えたが、巳浦の表情は変わらず鉄仮面のままだった。

 席に戻り、端末を確認する。

 もちろん授業中はスマホ禁止なので机の下に隠しながら画面をタッチして操作した。


「残り五回、か……次からは味覚操作は一つでいいかもなあ……」


 副会長が準備してくれても、気分じゃない、と言えば回避できる。

 それに飲めないわけでもないのだ。

 苦いが、俺が我慢すればいいだけの話だ。


 味覚操作をストックするくらいならば、瞬間的に答えを導き出せる『目』を増やした方がいいだろう。

 今のように前に出て問題を解くとなれば、自力で解くのは不可能だ。

 分かりません、間違えましたで納得してくれればいいが、不調でも俺はテストで満点を取ってしまった前例がある。

 迂闊に言葉にはできない。


 完璧な大垣良を疑われるわけにはいかないのだ。

 黒板の問題のレベルが俺に分からない以上、全てに正解しておく必要がある。


「『目』が三つに『耳』が一つ、『口』が一つか……温存するくらいなら使


 効果時間があるため残っている回数でも明日までもつ気もするが……念には念を入れよう。

 どうしようもなくなって体調不良で早退する手はできれば残しておきたい。


 と、いつの間にか長考してしまっていたらしい。

 授業終了のチャイムが鳴った。


「今日はここまでだ。次回は小テストをやる。全員勉強をしておくように」


 男子生徒からブーイングが上がるが、巳浦は無視して教室を出て行った。


「大垣、次は体育だぞ」


 後ろの席の男子が動かない俺に声をかけてくれた。

 急いで端末をしまう。


「大垣って、よくスマホいじってるけど、生徒会長のお前でもそういうのするんだな」

「俺だってお前らと変わらない生徒だぞ? スマホくらいいじるさ」


「変わらない、ねえ。勉強完璧、運動神経も抜群でなにをやらせても並以上の結果を出せるお前が、オレらと変わらねえとか、冗談きっついぜ」


 言いながら、大げさに背中を叩いてくる。

 別に俺に対して敵意があるわけではなく、友人のノリ、というやつだ。

 自分と次元が違い過ぎると認めてしまえば嫉妬はしなくなる。

 この男子生徒もそれだ。

 なんでもできるすげえ奴、と受け入れてくれているから付き合いやすい。


 だけど中にはいるんだよな、俺に嫉妬して絡んでくる奴が。


「体育は、サッカーか……ま、サッカー部にとっては、気分が良いとは言えねえか」


 俺が気を遣えばいいのだが、成績に影響するとなれば力を抜くことはできない。

 だから結局、自然と叩き潰す形になっちまうんだよな……。


 着替えを終え、下駄箱で靴を履き替えていると、専用のシューズを履いたクラスメイトが通り過ぎて行った。

 途中、一方的な言葉を残して。


「……俺を負かしたところで課題をこなしたのと評価は同じなんだけどな……」


 まあ、負けてやるつもりはねえけど。



「――最後にミニゲームをおこなう。リーグ戦をし、最も勝ち星の多かったチームには高評価を与えよう」


 体育教師が全員を整列させてチームを分けていく。

 試合時間五分という短い試合だ。

 クラス数が多いため、一クラスの人数は四〇人と意外と普通であり、しかも今は女子が引かれている。

 誤差はあれど五人チームで四つだ。

 もう少し試合時間を取っても良い気がするが、まあ五〇分の授業時間ではずっと試合というわけにもいかないし、時間配分は普通か。


 俺のチームにサッカー部はいない。

 とは言え、運動部だらけのチームだ。


「頼むぜ大垣」

「いや、なんで俺に頼る。運動部でもねえのに」


 サッカー経験がなくとも、普段運動をしている奴に敵うわけがない。


「体力はそうかもだけど、戦術とかパス回しとか、そういうの得意だろ?」

「じゃあ、戦術はそれでいいか?」

「それでってのは?」

「俺がパス回すから点数決めてくれよって」


 言うと、各々が、おお、とか、ああ、とか、頷いたので作戦が決定された。

 そして俺の目には、授業が始まる前に仕込んだ力がある。


「さて、あいつはどこにいるのかね、と……」


 おっ、丁度対戦相手が探していた人物だった。

 サッカー部、二年のレギュラーだ。


 野球部やテニス部、バスケ部がいるチームなのだが、文化系生徒会の俺にしか視線を合わせていなかった。

 しかし、偏りがある気がするな……、向こうのチーム、三人がサッカー部なんだが。


「順番に数字を言って分けられたんだ、完全に偶然だよ」


 順列も不規則だ。

 いや、四チームに分けられると予想できないわけもないし、仕込みが不可能なわけでもない。

 だとしても、俺も仕込みはしてるし、お互い様か。


「這いつくばらせてやる、大垣」

「悪いけど、運動部じゃない俺に活躍できる場面があるとは思えねえな。ほら、周りががっつり運動部だし」


 それにやる気満々だ。

 こういうところは運動部らしく、血気盛んだった。


「そうか? けど大垣、お前もやる気満々だろ」

「……かもな」


 そりゃあ、勝ちにはいく。

 勝者に高評価がつくとなれば、負けるのはあり得ない。


 評価が下がるとは言われていないが、印象は良くないだろうしな。

 そんなわけで、コートに集まり、やがて開始の笛が鳴る。


 俺たちは後攻、相手のボールから始まった。


「速攻!」


 ゴール前まで一気に上がった一人の生徒へ、大きなパスが通る。

 しかし俺たちディフェンスもサボっているわけではない。

 受け取った生徒を二人で取り囲む。


「ぐっ!」

「一旦戻せ!」


 ボールが俺たちのゴールから離れ、一人の生徒の元へ渡る。

 俺をずっと敵視している相手だ。

 そして、都合良く、俺と一対一になる。


「抜く!」

 と、気合いを入れているところ悪いが、止める気はない。


 今の俺では止められるわけがないから、無理をする必要はないためだ。

 今はまだ、『視る』だけに留める。


 予想通り、あっさりと俺を抜いたサッカー部。

 次々とフォローに入る俺のチームメイトを抜いて、鮮やかなシュートを決めた。

 ギャラリーがいれば歓声が上がるはずだ。


 だが、全員が試合をしているために淡々と進んでいく。

 自動で電子ボードに点数が加点された。

 点数を決めた生徒にチームメイトの誰もなにも言わない。

 そして、それを訝しむサッカー部ではなかった。

 あっさりと決まったことに並々ならぬ不安を感じている、そんな雰囲気だ。


「大垣、大丈夫か? あっさり抜かれてたぞ」

「悪い。でももう『視た』から大丈夫だ。次は抜かれない。だから前、走ってていいぞ」


 俺たちのボールから始まる。

 当然、俺の前に立ちはだかるのは、サッカー部だ。


 腰を落とし、隙なんて一つもない。

 サッカー部でもない奴に見せる構えじゃないだろ。


「お前のことはもうなめない」


 ……なるほど、一度負けた時は俺をなめていた、と。

 だから今度こそ、なめずに本気で向き合うってわけか。

 日々練習を積み重ね、絶え間ない努力をしたのだろう。

 俺に勝つためだけではないにしても、試合に勝つため、大会で優勝するために。


 汗水垂れ流して、遊びの時間を削ってまで。

 俺にはできねえな、そんな努力。


 したくもねえし。


 けど、そんな努力なんてしなくとも、

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