第7話

―――ムジカレの登場人物は、どのように生まれたのでしょうか。

辺見ユウ「読者のみなさまのイメージを壊すのは忍びないのですが、やまぶきをはじめ、多くの登場人物は「どんな作品でも主要人物が務められるフラットなキャラクター」を目指して考えました。手塚治虫先生の作品にある、スターシステムのように、役者たちがムジカレという作品で役を演じている、という漠然とした考えが根底にあります」

―――なるほど。するとお聞きするのは、ムジカレの登場人物、という思想がどのように生まれたか、といったほうがいいかもしれません。

辺見ユウ「すべてのキャラクターは、紅和奏というヒロインを中心に組み立てられています。まずくれないがいて、くれないがいることでやまぶき、という少年が出来上がり、やまぶきがいることで、他の子たちが強い信念を持つようになった、ということでしょうか」

―――ほう……、じゃあ、くれないありき、の作品なのですね。そのくれないは、どうして生まれたのですか?

辺見ユウ「その……、これ、言っていいのかな? くれないだけは、しっかりとしたモデルがいます」

―――くれないのモデル? それは辺見先生自身、とか?

辺見ユウ「いえ、違います。くれないのモデルは、妹の友達です」

―――また、身近な人なんですね。

辺見ユウ「ええ。ちぃちゃん、と呼んでいるのですが、エネルギッシュで、向こう見ずで、強がりで、本が好きで。寂しがりや。その彼女をモチーフに、彼女が幸せになるためのやまぶきが生まれて、っていう構図です」

―――その、ちぃちゃん、という人はこのことはご存知なのですか?

辺見ユウ「はい。知っています。ムジカレのせいでふたつおさげはやめるしか無かった、って言っていますけど。まあ、黙っていたので、アニメ一期の頃まで知らなかったらしいんですよ(笑)」

―――教えなかったんですか?

辺見ユウ「はい。ちぃちゃんは、多分私の知る子の中で一番たくさんラノベを読んでいます。高校生になってから読み始めたらしいのですが、10年も経たずに2000冊を読んだらしいです。話題作から旧作まで、手当たり次第って奴ですね。だから、見つけてほしかったっていう気持があります。ムジカレ、ありがたいことに、たくさんの人に見つけてもらってきたので」

―――なるほど。できれば、その方にもインタビューに参加してほしいですね。

辺見ユウ「ちぃちゃん、ラノベ作家目指しているらしいですよ。今彼女、大学生なのですが、就職活動の傍ら、ラノベを何度も書いているんだ、って妹から聞いています」

―――そしたら、ぜひうちでも書いて欲しいです。

辺見ユウ「わかりました。今度あったら伝えておきます。電撃だけでなく、FEにも送りなさいって(笑)」

―――全国のムジカレファンの皆さんの嫉妬がすごそうですが。

辺見ユウ「マズかったらこの記事カットでお願いします。結局、他の作家はわかりませんが、作品は自分の体験したもの、知っていることをモデルに書くしかないんです。ムジカレは、きっとこの外に行ける。そこには閉塞を打ち破る楽しいことが待っている、という希望を願って書きました。やまぶきとくれないは、一貫してそれを願っています。第一巻の園と、最終巻の織で違うのは、自分が、と願ったところが、相手と一緒に、というふうに変わったところでしょうか。モデルになった子はたしかにいますが、もう彼女とくれないは全然別の成長をしていますので、紅和奏という少女の成長を是非見届けてあげてください」

―――ありがとうございました。

辺見ユウ「ありがとうございました」

2014年5月 辺見ユウ先生 ムジカ・レトリックの織発売記念インタビュー


 倉敷パイクに連絡を取ったのは、結論として正解だった。

 わたし自身は、サークル運営というものを適当にやっているし、合同誌だなんてやっかいで面倒でキレそうになる事業をできるはずもないのに、パイク氏は何度もそれをやってのけている。マネジメント能力の高さには常に頭が下がる。井守としては、文字を書いているのだからそれでいいだろう、という開き直りはあるが、しかしそれでは交友関係はできるわけがない。

 わたしのサークル「サルクス・プロドロモス」の活動で、イラストや文字を送ってくださっている美澄さんやCathayさんにも、どこかでお礼しないとなぁ……。

 ともかく、パイク氏はそのライトノベルがすげぇ2021でレビューをする10人のうち、五人に話を通してくれた。ほとんど初対面の相手でも、ライトノベルが好きな人間であれば簡単だよ、と言ってくれるだけある。26歳を騙るが、わたしより歳上の、でも26歳の頃からずっと秘書職をしていたことから人間関係の取りまとめが非常に上手だ。全然年齢を感じない見た目から、典型的な美人秘書。さぞかしエッチな雰囲気で職場の士気を挙げているに違いない。まるでオタサーの姫だな……。

 9月24日。連休が明け、泣きたくなる水曜日は休みをブチ込んだため、およそ2周間ぶりの出社日だ。

「井守、大丈夫か? 休まなくてもいいか? 医者はいったか?」

 上司はやたらわたしに絡んでくる。もともと細かいことに口を出してくるので辟易としてはいたが、心配されるのは悪い気分ではない。

「大丈夫……だとは思います。長いこと休ませてくれてありがとうございます。ただ、まだ医者には連絡ができていない状況です。コロナでなかなか予約も取れないみたいなので」

 それは嘘だ。自分の精神の心配などしていない。目の前で誰かが殺されたわけでもない。PTSDはおそらく無い、と自分の中では思っている。目の前の画面に映っている建物仕様も昼までに直し終われるだろうし。それより懸念事項なのは、ムジカレのレビュー、そしてパイク氏から打診のあった「ウェブ会議」だ。パイク氏の話によれば、各作品ともに、レビューをする、その作品の関係者が作品自体を知らないということになっているらしい。明らかに普通じゃない状況で、打開策を考えようという会議を開きたいというのだ。

「松木さん、一つお願いしてもいいですか」

「何だ? ……休みなら構わない。仕事もあるだろうけど、お前の健康が大切で」

「本社の広報課にお願いをしてほしいのですが」


 わたしのお願いは、その日のうちに実行された。

 本社のイントラページに載っている、毎年の新入職員の自己紹介について。

 名前:井守千尋

 出身:新潟大学工学部建築学科大学院

 趣味:ピアノ演奏、舞台

 一言:大きなものを作ってみたい、という願いをもって入社いたしました。右も左もわからない新人ですが、先輩のみなさま、同期のみんな。ご指導ご鞭撻どうぞよろしくおねがいします。

 改竄、である。わたしがムジカレのヒロインであることを、これ以上会社内で知られないような措置だった。次にメールの削除についてだ。わたしが会社を休んでいた2週間の間に、同期や先輩たちから何通ものLINEが届いていた。これは社内メールでも同様であり、それだけわたしはくれないのモデルであることをベラベラと話していたのである。高校の同級生たちには全員に、大丈夫だから、と連絡をしたし、というか、7人とは直接飲んで笑って解消してきたのだが、無事であることは伝えてある。一方、弊社の職員の中にも、ムジカレのファンは何人もいたようで、わたしの身を案じてくれている人はたくさんいた。

 その人たちに、一通一通メールを返しているうちに、24日は終わった。定時に帰る。無理はするなよ、と同僚に言われているが、しかし連日新聞の見出しを騒がせているミスリル経典テロ事件を見る度にわたしが被害者になっていたかもと心配が募るのだろう。それは仕方がないのかもしれない。事件から二週間近くが経つと、ムジカレという作品名はあまりに有名になって、アマゾンでも再び取り扱いをはじめるようになったらしい。しかし、それは悪質な超高額転売。一番刷られているはずの「ムジカ・レトリックの園」が最安値で1万5000円からだ。最も少ない「織」に至っては8万円からである。わたしが東北で買えたムジカレの古本が一冊110円だったことを考えると、切れ切れでも買ってよかったと思った。旅費と合わせたらということは考えない。


 夜7時。パイク氏からのチャットが入った。

『井守さん、こんばんは。今日の9時から「非実在ライトノベルをレビューする会」を開いても大丈夫ですか?』

 非実在ライトノベルをレビューする会。それは、レビューする人間にとっては非実在という認識のライトノベルをレビューする、というものであり、まるでカクヨムのお題のようなタイトルである。

『あれから、他全員にもあたってみましたら、今日10人全員が来られるそうです』

「マジですか」

『マジです』

「行きます、絶対に」

 今夜集まる10人のうち、数名はもうわたしに取って芸能人のような、雲の上の存在が混ざっているのである。例えば。

 涼宮ハルヒの憂鬱のレビューをする、B(仮名)さん。どうして彼(彼女)が仮名かというと、角川スニーカー文庫において、ハルヒシリーズの2人めの担当編集だった人だからである。今回、現役のKADOKAWAグループの編集者として、何故か他社のレビューに参加するという後ろめたさから、仮名で登録したとのこと。

 また、ズコー伸之さん。アクセル・ワールドのレビューを担当する方であるが、作者である川原礫が九里史生名義でソードアート・オンラインをウェブ連載している頃からの友人であるという。その真偽はわたしには不明だが、川原礫自身のイラストによるSAOの同人誌頒布時に手伝いに言ったとかなんとかいわれているため、嘘ではないのだろう。名前は須郷伸之からいじっているが、ズコー、って、ゼロ年代の匿名掲示板じゃないのだから。

 人類は衰退しましたの田中ロミオは、ゲームシナリオを書いていた人らしく、ゲーム会社の人が入っていたり、秋山瑞人や壁井ユカコの大学時代の親友がいたり、どうやって連絡をつけたのか、パイク氏の心理掌握術がやべぇな、と思いながらわたしは準備をする。

 自分が、井守千尋であること。そして、ムジカレの関係者であること。これをひと目でわかるような恰好に整える。ハルヒについて、ぐるぐるグルーミー、なんてタイトルにしないで、応募時のタイトルを尊重してくれてありがとう。川原礫にずっとSAOを書かせてくれてありがとう、アクセルが受賞してもなおウェブ上にSAOを残しておいて、三木一馬に読ませるきっかけがあってありがとう。そんな言葉がきれいにまとまらないまま、私はシャワーを浴び、髪を整えて2つに結び、実家からもってきたフォーマルな恰好を身に纏った。

 8時55分。わたしは早霧谷にラインをする。

「どうしたのテレビ電話……。なに、コスプレ?」

「やっぱりそうなんだな?」

「どっからどう見てもくれないだね」

「この衣装、うちにあったんだよ。あんたなにか知らない?」

「いや、ちぃが作ったんでしょ」

 新潟高校の制服を改造した、ムジカレでくれないが着ている制服。度が少し弱いが高校時代にかけていたメガネと、昔はよく2つおさげをしていたのに、いつの間にかやめていた髪型を組み合わせると、これが紅和奏に本当に似ているのかの確認をした。本当に似ているらしい。というか、このコス衣装はわたしが作ったというのか!

「お姉ちゃんに写真送ったら喜ぶと思うよ」

「このあと、レビュワーとの会談があるんだよ」

「ふぅん……。いいなあ。ラノベ関係者でしょ?」

「うん」

 時間は、58分だった。

「ごめん、また終わったら連絡するから」

「はいよー。よろしく」

 わざわざ恥ずかしい恰好をしたのは、それがきっかけで記憶が戻るかもしれないからだ。今から会議で集う人たちは、きっと何かヒントをくれるはず。

 そう信じて、Zoomにログインをし、ウェブカメラのスイッチをオンに切り替えた。

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