第5話 王女をペットに

従属

▽エロイーズ・ノルベルト

 ※初回特典、一度だけ使える無制限従属化を使用してテイム


 ステータスの最下段に、今まで見かけなかった『従属』という表記欄ができていたのだ。

 しかもそこには、『エロイーズ・ノルベルト』という、俺をペットにしていたノルベルト王国第一王女の名が記されている。


 見間違いであってほしかったが、どうやら見間違いではなかったようだ。


「よく分からんけど、俺があのクソ女をテイムした……ってことだよな?」


 ステータスの表示から察するに、多分そういうことなのだろう。


「ってか、『初回特典、一度だけ使える無制限従属化を使用してテイム』って……」


 無制限従属化という表示を見るに、最初のテイムだけは相手が何であれテイムできる、という能力だったような気がする。

 であれば、強力な魔物、例えば強者で有名なドラゴンなどがテイムできたのではないか。

 そう思うと、第一王女なんぞに使ってしまったのが悔やまれる。


「いやいや、普通はその能力を使用する以前に、そんな能力があると説明すべきだろうが。確かに俺は数回しかステータスの確認はしてないけど、それでも見れる場所はじっくり見たし、そんな記述は一切なかったぞ」


 俺は誰に言うでもなく、不親切なステータス表示に非難の声を上げた。


「変な話、俺を魔王の前に連れて行ってくれれば、俺が魔王をテイムして魔王退治は終了、って可能性もあったんじゃねーの? なのに、何であのクソ女をテイムするのに使ってるんだよ……」


 初回特典が平和への切り札になり得たことに気づき、俺は心底へこんでしまう。


「それより、いつあの女をテイムしたんだ?」


 そもそも、ステータスにはスキルの使用方法が書いていないため、俺はテイムの仕方を知らない。

 しかし俺は、既に王女をテイムしている。


 何故だ?


「もしかして――」


『せ、せめて、テイム……テイムをさせてください』


 昨日の俺は、右の掌を突き出しながら王女にそんなことを懇願した。

 そしてその後、王女は俺に模擬剣を振り下ろしていたが、絶妙な距離の寸止めをしたと記憶している。

 更にその後、鬼のような形相で俺を睨みつつ、『あなた、一体何をしましたの?』と言われたような。


「あのときか……」


 現実に目を背けても仕方ない、きっとあれがそうだったのだろう。


「悔やんでも現状は変わらないし、前を向こう。――ん、何だこれ?」


 ステータスに表記されたエロイーズの名前の前に、『▽』のマークがあることに気づいた俺は、感覚的にそれをタップしてみた。


▲エロイーズ・ノルベルト

 召喚する


 タップしたことで、『▽』が『▲』に変わり、エロイーズの名前の下に、『召喚する』という文字が記された。


「召喚するって、あの女を呼べるってことか? いやいや、会わなくていいんなら一生会いたくないし。……でも待てよ。現状はクソ女から解放されただけじゃなく、逆に俺が支配する側になってるんだよな? ってことは、俺があの女をペット扱いできる立場に……」


 そんなことを思っていると、ステータスボードの『召喚する』という文字がグレイアウトする。

 そして――


「なんだこれ、眩しっ!」


 目の前が急に輝き始めた。


「な、何ですの?!」


 俺の目が正常に稼働しない中、光のあった方から声が聞こえた。

 その声には聞き覚えがあり、できれば一生聞きたくないと思っていた声だ。


 少ししてやっと目が開けられるようになると、眼前にはファンタジー風西洋鎧を着込み、黙っていれば見目麗しい金髪碧眼の美女の姿があった。


「――ちょっ、犬っころ! どういうことですの? 説明なさい!」

「なんだよお前、マジできたのかよ」

「なっ! 犬っころの分際で、このわたくしをお前呼ばわりとは生意気な。ぶち殺しますわよ!」


 今まで散々俺をいたぶってきた性悪女は、今までのように手にした剣を振り上げ、一切の躊躇ためらいも見せずに振り下ろしてきた。

 が――


「ど、どうして、ですの……」


 王女の剣は俺に届くことなく、すんでのところで止まっている。

 昨日と同じだ。


「あ、あなた、やはり・・・わたくしに何かしましたわね」


 王女がめつけてくるが、俺は今までのよう屈しない。

 何故なら俺は、勝利を確信したのだ。


 だから言ってやる。


「ねぇねぇ、俺をペットにしたつもりが逆にペットされて、今どんな気持ち?」


 俺はいい気分だぞ。


「なっ! 何を言ってますの?」


 王女が目の前に現れたときは焦ったが、それにより俺は確信を得た。

 この女は、間違いなく俺に従属している。

 そして昨日の寸止めもそうだが、ご主人様である俺を攻撃できないのだと。


「なあエロイーズ、俺の職業は何だ?」

「犬っころごときがこのわたくしを呼び捨てに――」

「いいから答えろ」


 俺がエロイーズの言葉を遮ると、奴は口をつぐんだ。

 そして――


「使役師……ですわ」


 俺の職業は何かという問に対し、不服そうな表情ながらも王女はしっかり答えた。


「はい正解」

「ど、どうしてわたくしは素直に答え――ハッ! も、もしかして……」

「おっ、察しが良いな。そのもしかしてだよ」


 あまり賢くなさそうな王女だが、どうやら己の身に何が起こったのか、しっかり理解したらしい。


「そ、そんな……」

「お前は俺にテイムされた。つまりエロイーズ、お前は俺のペットになったんだよ」

「……ふ、ふざけないでくださいまし! このわたくしが――」


 ペットがなにやら騒いでいるが、取り敢えず好きに言わせておこう。


 そんなことより、俺は性悪王女をテイムした。

 内面はどうあれ、黙って立っていれば人形のように美しい金髪碧眼の女性だ。

 姫騎士というだけあって、凛々しさも兼ね揃えている。

 その女が俺のペットになったのだ。


「ふざけた召喚に巻き込まれたと思ったけど、いやはや、随分と楽しそうな世界じゃないか」


 予期せぬペット生活から、一気に立場が逆転した。

 たとえ偶然であろうと、俺が王女をテイムしたのは事実だ。

 そして、見た目だけは美しい王女様をペットにした以上、これからの生活が楽しくないわけがない。


「さーて、どうやってこの世界を楽しもうかな」


 絶望しかなかった俺に、輝かしい未来への道が開けたのだ。


 美しい王女との、楽しい楽しい生活が――

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