第6話
その後も二人の交際は比較的順調だった。
あれ以来、アンドリューからのプレゼントは、全て青を基調にしたものへと様変わりした。青い薔薇に、青いハンカチ、青いショール。特注だという真っ青なケーキを贈られたときは一瞬反応に困ったものの、その気持ちが嬉しくて、母親と一緒に完食した。
たとえ婚約した動機がアリスへの恋心にあったとしても、今は婚約者であるユリアと誠実に向き合おうとしてくれている、ユリアにはそんな風に感じられたのである。
デートのときは相変わらず無口で仏頂面だったが、ユリアはめげずにあれこれ話しかけ、たまに二言以上の返事を引き出せたときは、心ひそかに快哉を叫んだ。
鏡はときどき夜中に光って、くだんの男性とユリアの間をつないだが、あちらも試行錯誤しつつも、婚約者との愛を順調にはぐくんでいるようだった。
そんな折、アリス・アンダーソンの元からお茶会への招待状が舞い込んだ。以前のように女友達数人で集まるのかと思いきや、アリスとルイス夫妻にユリアが加わる形の、こじんまりとしたものだという。
(そういえば、ルイスさまとはまだじっくり話したことはないのよね)
これを機に親しくなれば、彼の口から学生時代のアンドリューについて色々聞けるかもしれない。彼がどんなものが好きで、どんなことで喜ぶのかが分かったら、今までよりもアンドリューと打ち解けられるに違いない。
幸せな未来を想像して、ユリアはひとりほほ笑んだ。
お茶会当日、使用人に案内されて屋敷に入ると、アリスの言葉にたがわず、中は眩しいほどのピンクで統一されていた。ローズピンクにサーモンピンクにベビーピンク、ありとあらゆる種類のピンクがあふれ、おまけに何だかひらひらきらきらしている。その中を威厳たっぷりの老執事が佇むさまは、なかなかにシュールな光景だ。
先導に従いサロンの方に進んでいくと、奥の方から男女が笑い合うような、なにやら楽しげな声がする。
客はユリア一人のはずだし、アリスが夫のルイスと話しこんでいるのだろうか。
近づくにつれ、次第に声が明瞭になってきた。
一人はやはりアリスのものだ。
そしてもう一人は……誰だろう。
朗らかな男性の声が、半ば開いたドアの向こうから響いてきた。
「まあアンドリューさまったら本当にお話上手で面白いですわ。それでそのお友達はどうなさったんですの?」
「そいつはこともあろうに、騎士団長に向かってこう言ったんですよ。『今日はあのドラゴンの日だった』って」
「まあ、うふふ、そう言われては団長さまも立つ瀬がありませんわね」
「そうなんですよ、ドラゴンを持ち出されては、さすがの団長も叱れなかったみたいで仕方なく――」
ユリアはドアの隙間から見えた光景が信じられなかった。あのアンドリューが笑顔を浮かべ、身振り手振りを交えつつ、楽しそうに話している。
呆然と立ちすくんでいると、ふいにアンドリューがこちらを向いた。
「ユリア?! なんで……なんで君がここに……っ」
「あら、私が呼んだのよ。いらっしゃいユリア!」
驚愕の表情で固まるアンドリューをよそに、アリスが笑顔を浮かべて立ち上がった。
「貴方たちはまだちょっとぎくしゃくしてるって聞いたから、私やルイスさまと一緒なら、もっと気楽に話せるんじゃないかと思ったの。お互いが来ることを黙っていたのはちょっとしたサプライズよ、ね、ユリアもびっくりしたでしょう」
「え……ええ……」
「ルイスさまは仕事でちょっと遅くなるらしいから、私とアンドリューさまの三人のお茶会になるけど、別に構わないわよね? それじゃユリア、アンドリューさまの隣にいらっしゃいな」
「……ごめんなさいアリス、私ちょっと気分が……ううん、急用を思い出したの。だからちょっと失礼するわね。本当にごめんなさい、そのままお二人で楽しんで!」
ユリアはふたりの返事を待たずにそのまま侯爵邸を飛び出した。
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