第3話

 数日後。

 ユリアはアンドリューから植物園に誘われた。

 一種のルーティンと化しつつある婚約者デートの一環だ。


 柔らかな日差しに爽やかな風が心地よく、まさに絶好の植物園日和というべきだが、隣を歩くアンドリューは相変わらずにこりともせず、辛気臭いことこの上ない。

 ただ黙々と植物を見て回るさまは、まるで何かの視察のようだ。


 ユリアがあの変わった蔓が面白いとか、葉っぱの形が不思議だとか、あれこれ話を振ってみても、ただ「うん」とか「ああ」とか言うばかり。

 唯一異なる反応を示したのは、ユリアが珍しい南国の花に「まあ綺麗」と感嘆の声をあげたときだった。


「ピンクの花だな」

「ええ、あの鮮やかな色合いが素晴らしいですね」

「やはり君はピンクが好きなんだな」

「え? いえ、ピンクが特に、というわけではありませんが」


 ただ花の咲き誇る姿が美しいと思っただけだ。


「君はピンクが好きじゃないのか?」

「嫌いではありませんが、特に好きでもありません」

「では何色が好きなんだ?」

「そうですね。青い色が一番好きです」

「青?」

「はい」

「そうか……」


 アンドリューは「やはり変わっているんだな」となにやら一人で呟いている。


 ピンクよりも青を好む女性は変人だとでも言いたいのだろうか。またずいぶんと偏見に満ちた言葉である。なんでもかんでもアリスを基準に考えないでもらいたいものだ。


 その後アンドリューはユリアを有名レストランに連れて行くと、彼女の希望も聞かずに勝手にあれこれ注文し、運ばれてくる見事な料理をただ黙々と咀嚼したのち、ユリアを家まで送り届けて、「これでノルマ完了!」と言わんばかりに颯爽と伯爵邸から去っていった。


(やっぱりあの人苦手だわ……)


 ユリアは「お帰りなさい、植物園はどうだった?」と笑顔で聞いてくる母親に、「植物がいっぱい生えてたわ!」と元気よく返して自室に服を着替えに行った。

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