第24話 偉いね、優愛。大好き。
「はい。……済みません。なんとか待ってくれませんでしょうか。お給料が今度、25日なので。あと10日ほど」
『あのね相原さん。契約書に書いてますよね。2ヶ月以上賃料支払いを滞納した場合、契約を解除されても乙は異議申し立てしないものとするって。特約に』
「はい。……申し訳、ありません」
『しかも25日って。今言ってるのは7月分ですよ? 8月分はどうするんですか?』
「はい。なんとか」
『なんとかって……。取り敢えずもう話は進んでますので。8月末で契約は終わりです。立ち退かなければ遅延金が発生しますよ?』
「済みません。まだ次が決まってなくて」
『いやだから。先々月から言ってますよね? 決まってないなんてあり得ないでしょ』
「……それは……。済みません。あとちょっとだけお待ちいただければ」
『無理です。ていうかオーナーにこっちが催促されてるんですから。出て行ってくださいね?』
「……それは」
『それじゃこっちは忙しいんで。失礼します』
「あ…………」
「おかあさん?」
「……うん? どうかした優愛?」
「だいじょうぶ? おこられた?」
「大丈夫。心配ないよ」
——
——
「明里お姉ちゃんはね。おっとりした人でねえ。双子なんだけど、しっかりした明海お姉ちゃんとは真逆っぽかったね」
「おっとり……」
花楓さんから、『お母さん』の話を聞いた。もっと知りたい。なんならこれだけじゃなくて、父さんの実家でも、色んな話を聞きたい。
「優しかったなあ。なーんでも、『いいよー』って言ってくれて。天然母性というか。でもね、心の中では色々考えてた人でね。誰々と仲良くなる為には、とか。今の部活の問題点は、とか。なんかそういう話も聞かされたなあ」
「……なるほど」
「明海お姉ちゃんは逆にさ。『これはこう!』『あれはああ!』みたいな感じじゃん。でも実際、あんまりは考えてなくて。それで結構人間関係とか失敗しちゃうんだよね。まあ見てて面白い双子姉妹だったね」
「…………」
「明海お姉ちゃんの良い所はね。ほんとは誰よりも、みーんな大好きなんだよ。勝重義兄さんのことも、それで明里お姉ちゃんに譲って一歩引いたみたいなこともあるし。自分で進んで、貧乏くじ引きに行くんだよね。『私が被害を被れば解決』みたいな。だからふたりとも、実は似た者同士で、本音は優しいんだよ」
明里さんが生きていたら。そう考えても、何も思い浮かばない。そもそも会ったこともない人だし。僕にとって母親は母さんだけだ。それ以外は知らない。
だけど。
僕は明里さんを。もう亡くなってしまっているけど。『大事に』しなくちゃいけない気がするんだ。
——
「しかし、シゲは本当に、俺の知らない間に大人になってたんだな」
「大人じゃないよ。寧ろ子供みたいなワガママでしょ」
「誰かの影響か?」
帰りの車内だ。
久和瀬の方には、正月も行くことになった。もっと早くに来たかった。お墓参りも含めて。
僕はこんなに、恵まれてるんだと実感した。
「…………家族に、血も何も関係無い。僕がそう思っているのは、確かにある人の影響かな」
「……相原さんね?」
「!」
後部座席の母さんが会話に加わる。こんなことも、今まで無かったんだ。僕らは、これからなんだ。
「うん。『ごっこ』なんだけど。真愛ちゃんは僕のお姉ちゃんで。優愛は僕の妹なんだよ。遊びだけど、本心なんだ。僕は、悠太を弟と思うのと全く同じく。優愛を妹だと思ってる」
「…………なるほど」
お互い。家族と上手く行ってなかったから。求めあったんだろう。最初はそうだったと思う。
でもいつしか。僕にとって真愛ちゃんと優愛は。ふたりにとって僕は。
多分本当の家族より、『家族』になっている。
「シングルマザー、なんだよな」
「うん」
「……大変だよな。上手くサポートしてやれよ」
「家族なんだから、そんなめちゃくちゃ気を遣うってこともないけどね」
「お礼をしないとな。相原さんが、俺達家族の問題を解決してくれたんだ」
「確かに」
家族なんだから。
この言葉を僕は、本気で、あのふたりに使える。久和瀬にだって連れていきたいくらいだ。
——
——
『お掛けになった電話番号は、現在使われていないか…………』
「そんな……っ。お母さん……? 実家の家電なら流石に。……もしお父さんが出たら。……いや、そんなこと言ってられないよね。一番は優愛。一番は優愛」
『こちらは、NYY中日本です。お掛けになった電話番号は……』
「うそ………………」
「おかあさん!」
「……なあに? 優愛」
「だいじょうぶそうじゃない!」
「…………そんな顔、してたかな。ごめんね。大丈夫だよ」
「おにいちゃんは? 今日は会わないの?」
「……うん。おにいちゃんはね、旅行に行ってるんだよ」
「なんでいっしょに行かないの?」
「………………えっ、とね」
「こまったことは、おにいちゃんにそうだんしたら良いよ! おにいちゃんが助けてくれるもん!」
「……うん。そうだね。優愛はよく分かってるね」
「うん!」
——
「……一番は優愛。一番は優愛……。もう、四の五の言ってられないよね。病気だけ、気を付けたら。大丈夫。……大丈夫」
「おかあさん?」
「ねえ優愛。お母さん夜の間またお仕事になったんだけどね。お留守番、できるかな」
「まかせて! ゆあもうすぐ6歳だよ!」
「……うん。偉いね、優愛。大好き」
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