第4話 居場所

 元々、この公園には帰り道に寄っていた。5月23日のことだ。

 早い時間に家に帰りたくない僕は、あずまやに座って時間を潰していた。連絡とGPS用でスマホを買い与えられていたから、ネットサーフィンをして過ごしていた。その時は確か、ネット小説にハマってた。


「ぱにぱに~」

「!」


 その日は。僕だけの居場所だと思ってたあずまやに、女の子が居たんだ。ちょっと変な歌を歌っていた。

 僕はすぐに離れようとした。こんな幼い女の子がひとりで居るなんてなんだかおかしい。関わらない方が良いと思ったんだ。

 だけど。


「おかあさんは?」

「えっ」


 女の子と目が合ってしまって。するとそう訊かれた。


「ゆあのおかあさんしーない?」

「……お母さん? はぐれたのかな」

「おれららりってゆってた」

「おれ……お手洗い、かな」


 はぐれたんだ。迷子だ。

 僕は、これは避けちゃいけないと思った。この子の母親を、探してあげないといけない、と。


「お手洗いなら、すぐに戻ってくると思うけど。……でもこんな子置いて行くかな。多目的トイレとかあるのに」

「おれららり~。ぱに~」


 お母さんを探しているようだけど。この子はそこまで気にしてもない様子だった。少し待ってから、一緒に探しに行こうと思ったんだ。


「それ何の本?」

「ぱにぴゅあ! 読んで!」

「よし。分かった。……全部ひらがなだ。カタカナにルビ。……ちょっと読みにくいな」


 子供は嫌いじゃない。少し遊ぶのは問題無いだろう。それよりも、ひとりにする方が危ない。もし僕が何か疑われたら、それはもう謝れば良い。僕よりこの子の方が大事だ。


——


 それが、17時過ぎのことで。


「優愛っ!!」

「!」


 そんな叫びが聴こえて。僕は目を覚ました。


「優愛っ! 大丈夫!? ごめんね!?」


 茶髪の、綺麗な女の人が居た。そうか、僕は眠っていたんだと気付いた。優愛と遊んで、彼女が寝てしまって。僕も連れて。


「……優愛ちゃんの、お母さんですか」

「そうだけど。…………君学生?」


 女の人は、僕の隣で寝ていた優愛をぶんどるようにして抱き上げて、僕から距離を取った。当然だ。警戒するに決まってる。さっきまで、優愛と一緒に寝てたんだから。


「ん——ぅぅ。おかあさんうるさい」

「あっ。起こしちゃっ」

「おにいちゃんは?」

「!」


 女の人の声で起きた優愛が、もぞもぞと母親の腕から脱出して。


「おにいちゃんおはよう」

「……!」


 僕の所へやってきて、膝の上に覆い被さるように乗った。


「…………おはよう優愛ちゃん。おかあさん戻ってきたよ。もう帰らないと」

「んぅ」


 そう言うと、優愛は僕から離れて。また、とてとて歩いて女の人の所へ向かった。

 その間、女の人は絶句していた。僕が、優愛の本やおもちゃをまとめて渡すと、ようやく我に返ったらしい。

 時計を確認すると、20時前だった。


「……えっと」

「優愛ちゃんひとりで居るのは危ないと思って。……そこの、北校の生徒、です。ごめんなさい」

「………………あり、がとう……?」


 目を見ると。耐えきれなかった。凄く綺麗で、美人だったから。すぐに目を逸らして、そそくさと立ち去った。こんな時間まで幼い娘を公園に放置していたにしては、凄く心配した様子で、僕を警戒していた。多分本当に、何かの理由で遅れてしまったのだろう。僕はそう思って、この件を終わらせようとした。


——


——


 次の日。


「おにいちゃん!」

「えっ」


 あずまやに。優愛が居た。優愛だけじゃなくて。


「……こんにちは」

「えっ……」


 優愛のお母さんも居た。


「えっと。相原真愛って言います。昨日は、ごめんね。あと、ありがとう」

「……いいえ。そんな」

「なんか、変な感じで終わっちゃったからさ。ちゃんとお礼言わなきゃって。優愛の面倒見てくれてたんだよね」

「……まあ」

「お名前、教えてくれる?」

「……神藤、重明」

「神藤くん。あのね、本当は、すぐ戻ってくるつもりだったんだよ。でもね、途中で……えっと。知り合いにあっちゃって。ちょっと、連れてかれちゃってさ。優愛のこと言っても聞いてくれなくて。あんな時間になっちゃって。離れてたのは、ちょっとだったんだけど」

「……なる、ほど」


 良い匂いがした。こんな美人は、見たこと無い。いや、実際はどうか分からないけど、16歳の、何の経験もない僕にとっては、『お化粧をしてお洒落をした大人の女の人』は。ちょっと刺激が強すぎた。


「だから、凄い感謝、しなきゃって。優愛、まだ5つだから。目を離しちゃいけなかったんだけど」

「……いえ。まあ。僕も、子供は好きですし」

「おにいちゃん! ぱにぴゅあ読んで!」

「えっ……と」


 既に。この時点で優愛の中では、僕はもう『おにいちゃん』になってたんだ。それを、真愛さんも分かってた。


「ふふふ。優愛ね、ずっとおにいちゃんおにいちゃん言ってたんだ。相当懐いてるんだよ。また遊んでくれる?」

「…………っす」


 そこから。

 毎日のように、あずまやで会って。優愛と遊んで。

 いつからか、真愛さんの愚痴というか、悩みも聞くことになって。

 お金が足りなくてお仕事を増やしたいけど、優愛を預かってくれる良い所が無いと聞いて。


 僕から、提案したんだ。

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