第49話

 そういえば、両親のキスはどうなったのだろう。

 プリシラが話しかけてきたから、視線を逸らしてしまったが、結局、したのか?してないのか?

 いや、それ以前の問題としてだ。

 俺とプリシラが話をしていた時間、会話に入ってこないのは不自然じゃないか?


 そう思い、両親に視線を戻した。


 視界の切れ目から映し出されてきたのは、キスが終わったばかりの二人の顔が離れていく瞬間。

 唇が重なり合う所は見えなかった。


 まぁ別に、どうしても両親のキスシーンを見たかったわけじゃない。

 しかしだ。

 結局の所、キスのやり方が分からないままになってしまったのは残念に思う。

 だってな、いざ、ティナとキスをする場面に遭遇した際に、どうしたらいいのかわからん。

 『キスの仕方を教えてくれ!』なんて、両親に頼むわけにもいかないし。

 みんなはどうやって覚えるのだろうか。

 自然と出来るものなのか?

 謎だが今回の件で、一つだけ分かった事がある。

 それだけでも大きな収穫と言えよう。


 妹と会話していた時間は、どう考えても数秒というわけではない。

 そうなるとキスって、長い間しなければならないって事だな!

 しかし正直、驚きが隠せない。

 そんなに長い時間を使って行うとは。

 俺のイメージ的には、お互いの唇が軽く触れる程度の物だと思っていたんだけどな。

 幼い頃でかなりうろ覚えなんだが、この村で結婚式があった時、新たな夫婦になった二人が、そんな感じでしていたと思う。

 てっきり、アレが当たり前だと認識していたんだが。

 そうか、勉強になる。

 しかしーー。


 苦悩は深まる。


 その長い時間、何をすればいいんだ?

 全然わからん。

 回数をこなすのだろうか。

 こう、鳥が木を突つくように?


 脳内で、鳥が木に穴を掘る映像が流れる。

 それを自分が鳥、ティナを木と見立てて想像してみる。


 『ティナ、準備はいいか?』


 鳥に扮したカイルは、真剣な面持ちで覚悟を問う。

 対して樹木に扮したティナは、どっしりと構え、枝木をバッチコーイとさせて強気に言う。


 『いいよ〜!かかってきなさい!』


 フフッ。

 樹木ティナも可愛い。

 こんな可愛いらしく元気な木なら、毎日お水をかけて育てたい。

 お日様の当たるところに連れて行って日光浴させたらきっと、『いい天気だねぇ〜!ポカポカして気持ち良いよぉ、カイル〜』なんて言いながら、ティナはお昼寝しちゃうんだろうなぁ。

 くっ!

 可愛すぎる!

 その姿を堪能したい所だが、今はキスの練習だ。

 受けるがいい!

 今しがた発想を得た、連続キッスだ!


 『よぉし!それじゃあキス開始!』

 『いやぁん!あ、ちょっと!?カイル!激しいよ、ちょっと一回ストップしてぇ!』

 『ストップは出来ない!これはティナを思う、俺の気持ちなんだ!』

 『そうなの〜?なら嬉しい!じゃあ、もっともっとして?』

 『分かってくれたか!俺の気持ち、全て受け取ってくれぇぇ!』

 『受け取りま〜す!』


 楽しい。


 その感情しかない。

 しかしその気持ちは、昂り過ぎていた。

 現実世界で、「エヘヘ」とニヤついてしまうほど。


 「お兄ちゃん?どうしたの?嬉しいの?」


 プリシラの言葉に、カイルは現実世界に再度呼び戻される。

 再び犯した、自らの失敗を悔いる。


 マズイ。

 変な妄想をしている場合ではない。

 状況が、ややこしくなるばかりだ。

 どうする?

 丁寧に対応しても、良い展開になりそうにない。

 そうなるとーー。

 プリシラよ、すまん。

 こんな事はしたくなかった。

 不甲斐ない兄を許してくれ。


 カイルは決めた。

 妹の問いかけはスルーして、強引に舵を切る事を。


 「母さん、プリシラの服が、サイズ合わなくなってるんだ。どうしたらいい?」

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