第40話

 そんな二人を横目に、ガイナスが次の行動を起こす。


 「そうとなれば、カイルの両親に挨拶へ行かなければな」


 そう言うと、予め用意していた包装された真四角の箱を手に取った。

 上質な紙で包装された箱。

 あれは、この村で手に入る物ではない。

 包装紙を見る限り、街の菓子屋で購入してきた品物なのが分かる。


 なぜ分かるのって?


 あれは両親に連れられて、街に行った時だ。

 街中を歩いていると、一際甘くて香ばしい匂いがしたんだ。

 その匂いの先にあったのが、『ティランドール菓子店』。

 その店は格式高く、富裕層を相手にする様な高級店だ。


 ショーウィンドウには見本の商品が置いてあってな。

 丁寧に作られた煌びやかなお菓子に、甘党な俺の心を鷲掴みにされたっけ。


 食べてみたいと思ったが、値段を見て、とても両親に頼めない価格でな。

 俺は何も言えずに諦めたんだ。


 食べてみたい。

 口いっぱいに頬張りたい。


 そんな欲求を、『ティランドール菓子店』の店先に置いてきたもんだから、あの店のシンボルマークや包装紙が、強烈に記憶へ焼き付いてて、よく覚えていた。


 しかし『挨拶』する為に、何故それが必要なんだろうか。

 いや。

 今はそんな事、どうでもいい。

 そう。

 そんな場合ではない。


 生唾が、ゴクリと喉を通る。


 あれを食べれるのか?

 だって、そうだろう?

 今から俺の家に持参する流れだろう?

 という事は、という事だよな!?


 ただ『挨拶』するだけなのに、手土産持参という疑問に思う所があったが、俺の甘党レーダーが手土産をロックオンしてから、意識は完全に『ティランドールのお菓子』に向いていた。

 そう。

 その小包に目を輝かせ、凝視するほど。

 匂いなどするはずもないのに、記憶にある甘い香りが漂っているかの様に見えていた。


 「あなた?挨拶にいくなら〜、綺麗な格好をしないとダメよ〜?」


 気を抜けば、ハァハァと涎を垂らしてしまいそうだったが、ガイナスさんを呼び止めるニーナさんの声で、俺は平静を装い、それを保った。


 「あ、そうだな。確かにそうだ。すまん、少し興奮していた」

 「ふふっ。慌てん坊なんだから〜」


 そう言われるや否や、ガイナスはわざとらしく大きな咳払いをした。

 少し耳が赤くなった様な気がするが、真摯な声量で彼は話し出す。


 「一時間ほど準備の時間をくれ。カイルは先に帰って、ベイルとカータさんに、『挨拶』をしに伺うと伝えてくれるか?」

 「わかりました、一時間後ですね?」

 「あぁ、一時間後に」


 その確認を取り、俺は頷くと、ティナの家を出た。

 玄関の扉が、しっかり閉まった事を確認すると、俺の足は抑えが効かないバネのように弾み出す。

 隣の我が家に向かう足取りは、最高に軽やかだった。

 夢にまで見た『ティランドール』のお菓子を食べれるのだ。

 それも一時間後に。

 気分が上がらないわけない。


 おっしゃぁぁ!

 めっちゃ嬉しい!

 本当に!

 いや、本当に!今年で一番嬉しい!

 剣術の練習で、新しい事が身に付いた時より全然、段違いで嬉しい!

 これ以上の事は起こりようがない!

 やった!やった!やった!!

 もう、最高だよぉぉぉ!!

 今日という日に感謝するぜ!


 スキップ、スキップ、ガッツポーズ。

 スキップ、スキップ、ガッツポーズを幾度と繰り返し、俺はルンルン気分で自宅を目指した。


 『挨拶』という言葉の重要性を、深く考えることもせずに。

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