拝啓、天国のばあさんへ。
更楽茄子
ハジマリの村 編
第1話 ばあさんへ。TV番組に取り上げられました。
職人・
「
まだ息も白く霞むの早朝。
彼は慣れた様子で仕事着の作務衣に腕を通した。
毎朝きちんと食べる朝ご飯が、日々を健康に保つ秘訣だと職人は言う。
「やっぱ仕事はキツイね、愚痴ってもしかたないんだけど。でも儂が自分で選んだ道だからね、後悔はしてないよ」
そう言って彼はまず、素材の入念なチェックから始める。
「毎日温度と湿度が違う。機械では出来ない」
ここずっと、安価な大量生産に押されていると彼は言う。
「いや、儂は続けますよ。待ってる人がいますから─────」
鍛冶職人の灯火は弱い…だが、まだ輝いている。
原料の価格が3倍にまで跳ね上がり、一時は店をたたむことも考えた。
「時々ね、わざわざ手紙までくれる人もいるんですよ。『またお願いします』って。この仕事やっててよかったなと」
そう言うと彼は、引き出しから数通のボロボロになった手紙を取り出し、楽しそうに見せてくれた。
「他県からわざわざ求めて来られるお客さんが何人もいる。体が続く限り続けようと思っとります」
技術の街と謳われたこの街の、鍛冶職人。
しかし、今一番の問題は後継者不足であると言う。
30年前は何十もの工房が軒を連ねたこの街だが、今でも現存し稼働している工房はここ一軒になってしまった。
「昔の仲間から笑い話で『いつ店を閉めるんだ?』なんて声も聞きますよ。でも、うちが最後の一軒ならなおさら続けなきゃ、とも思うんですよね」
最近ではそんな彼の熱意に惹かれ、弟子入りを志願する若者も少なくない。
「大抵の若い人はすぐやめちゃうんですよ。朝が早いだの、儂の言ってる意味が分からないだのってね」
「でもそれを乗り越える奴もたまにいます。そういう奴が、これからの職人を引っ張っていって欲しいと思うんですよ」
弟子と写ったと思われる古い写真を見ながら、そう語る職人の目は、どこか誇らしげだ。
今日も彼は、日が昇るよりも早く火を
明日も明後日も、きっとその姿は変わらないのだろう。
そう、職人の朝は早い。
―――ガイアっぽい夜明け 第765回 完―――
「…さてと、ちょっと外の空気でも吸ってくっか」
そう言うと職人はずっと鍛え続けていた刃物を優しく台へと置く。
引き戸を大きく開けて裏庭に出ようとしたところで、その足が止まる。
そしてまだ日が昇って間もないはずの家には、職人の声が響く。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
開き戸を開いた先にあるはずのいつも見慣れた裏庭は影も形もなく、鬱蒼とした森林が目の前に広がっていた。
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