第38話


 どこへいっても、貴族どもの横暴が目につく。

 もともとは豪族上がりの汚れた血のくせに、地主として偉そうにふんぞり返り搾取の限りを尽くしている。それを当然だと思っている。

 許せることじゃない。

 俺はそういうのを見るとイラつくんだ。

 能無しのゴミは能無しらしく死ぬべきだ。

 俺の歩む王道を阻むべきじゃない。地べたに頭をこすりつけて死ぬべきなんだ。


 俺は酒場に来ていた。

 キンキンに冷えた酒を銅貨一枚で飲む。足りなかったらしいが、俺がギロリと睨むとバーテンダーは怯えたように愛想笑いを浮かべた。情けないやつ。見ていてムカムカする。

 まあ、安く酒が飲めるのはありがたい。

 少しでもリラックスしないと。

 仲間を置いてきてしまうとは、俺も旅の疲れが出ていたのかもしれない。

 会うやつ会うやつ。

 クズばかり。

 俺の心を熱くさせてくれるような男なんかいない。

 それがうんざりする。

 雁首並べてバカどもが、歳だけ食った無能だけ。

 死ねばいい。


「おい、おまえ、見慣れない顔だな。ここは俺たちのシマだと知」


 気づいた時には剣を抜いていた。なにか言いかけた大男の首が天井まで飛び上がり、梁にぶつかってゴンと鈍い音を立てた。床に転がった毛むくじゃらの頭をウェイトレスが踏んで派手に転ぶ。取り巻きのひ弱そうな男どもは悲鳴を上げながらスイングドアの向こうへ走り去っていった。

 静かになった。


「おい」

「へ、へい」

「女にピアノでも弾かせろ」


 酒場の隅でホコリをかぶっているピアノを俺は指さした。店主なのかもしれないバーテンダーはまた冷や汗を垂らしながら狡猾そうな目で愛想笑いを浮かべる。白髪交じりのクソジジイが、俺みたいな若造が怖いってか? あ?


「う、うちにはピアノを弾ける女はおりませんで……」

「だったらそこのウェイトレスに弾かせろ。ヘタでも一生懸命ならそれでいいだろ! 何がいけない!」


 俺が麦酒をぶっかけるとバーテンは泣きそうになりながら「ミ、ミーナ、はやくピアノにいけ!」と叫んだ。何も叫ぶことはない。俺は立ち上がりバーテンを殴った。バーテンはいよいよなぜ殴られてるのかわからず、抜けそうな腰を引きずるようにして逃げていった。

 酒場には男の生首を踏んですっ転んだ女と、俺しかいなくなった。

 誰も俺にピーナッツのおかわりをくれない。


「おにーさーん、あたしヘタクソだけどいいの?」

「いい。ヘタでいい。気取った技術だけのマヌケの曲なんか聞かされるより、おまえみたいな子が一生懸命弾いてくれたほうがいい」

「お兄さん、顔青いよ」

「なに?」

「親戚のお兄さんがね、錬金術師の新米だったんだけど、なにを悩んでたのか、こないだ自殺しちゃったの」


 ミーナは俺を見た。


「お兄さん、そいつと同じ顔してるよ」

「……世の中が悪いんだ。そいつは可哀想だ。きっと周りの理解が足りなかったんだ」

「そうかもねぇ」


 わかったようなわからないような、すっとぼけたその給仕の女はピアノの鍵盤をデタラメに叩き始めた。曲とも言えない曲。音とも言えない音。

 それが不思議と心地よかった。


 ギルドにいたころは常に「結果」を求められた。だから結果をくれてやった。なのにギルドは俺を評価しなかった。それは嘘だ。許せない。

 だから皆殺しにしてやった。

 やることやってんのに幸福になれない世の中なんて、なんの意味がある?

 そんなものを守ってやる義理などない。

 俺は足元に転がっている大男の首なし死体を踏みつけた。首の動脈から放血されたべとついた赤が床を汚していく。だがこいつらの心の汚れよりは、どろついた血痕のほうがマシな気がする。


「おにーさん、いつまで弾けばいいの?」

「気にするな。練習だと思え」

「ええー? もう弾くことなんてこれっきりだと思うんだけど……」

「そんなことない。出会いは大切にしろ。今日がきっかけでおまえは天才ピアニストになるかもしれない。別に構わないじゃないか。どうせいつか死ぬんだ。気にするな」

「おにーさん、厭世的すぎない?」


 ミーナは笑った。

 昔、どこかで見たような笑顔だった。










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