第5話 殲滅。

「来たれ聖よ!」


魔力を練りだし『詠唱魔法』にを選択する。


魔力には波長、属性によって種類が存在した。通常魔法師は修業初期の段階から、自身の『属性魔力』を宿している。

人によっては色んな種類の『属性魔力』を保有するが、大体の魔法師は一つ〜二つ。どれだけ多くても三つか四つほどが普通だった。


(派生属性が一つ【聖属性】……苦手だが、今回はこれでいこう)


ただし、それは一般的な魔法師の常識であって。これまでも常識外なことばかりする彼が、当てはまらないことは言うまでもなかった。魔力を練りながら、自身の中に存在する聖属性の『属性魔力』を引き出し放出した。


「『慈愛の聖霊よ』『光を統べる揺光神よ』!」


詠唱とは真なる魔法を引き出す言葉。

精密かつ効率的に発現する為の言霊。


「『災厄を背負いし者に』『絶望に瀕してる者に』!」


この世界の魔法使いの大半は、詠唱を必要とした戦法を取ることが多いが、それはあくまで一般の魔法師であり、一流の者たちはまた別格だ。

一流の中には、先程までの彼のように『詠唱破棄』、または『省略詠唱』などで実戦レベルの魔法を扱って、戦いを有利にしようとした。


中でも『省略詠唱』で戦う者が多い。『詠唱破棄』の場合は、威力や質などの低下が著しい場合が多く使用する者も少ない。


その上の『詠唱破棄』を使用する者も、Aクラス以上の上位魔法師か、魔力量が多く魔力操作に卓越した者のみに絞られる。


「『聖なる慈愛を』『生なるの光雫を』!」


そして彼は基本、詠唱は使わない。先程までの戦闘もそうだったように、魔物を倒せる程の魔法を、彼は詠唱なしで扱えた。


「『詠みを唱い』『そして願え』!」


そんな彼が唱える詠唱が。



──終わる。



「『聖霊セイレイ謳歌オウカ』!!」



今まで詠唱を一切唱えてこなかった。彼が使用する魔法────『聖霊の謳歌』。


相性の問題もあったが、詠唱をあまり使わない彼も『詠唱』が必要な高等魔法。


しかし、その分効果は絶大だ。


彼の右手から金色の光雫が溢れ出す。暗い洞窟内を照らす明るい光を彼は導き、膨張している女性のお腹の中へ流し込む。


「あっ、あ……」


するとお腹もまた金色に輝き出し、全体に満たれていく。光は徐々に強まっていくと、眩さの所為でまだ呆然とする女性たちの目が集まっていく。


そうして数分が経過した。

強まっていく輝きがゆっくりと消えていくと。



膨らんでいたお腹は──。



◇◇◇



「う……う……」

「フゥ〜……!」


脱力するように彼は息を吐く。その側では聖魔法を受けた女性が静かに眠っている。お腹の膨張が収まっており、顔色も少しだけ良くなっていた。


「さすがに……ちょっと疲れるな」


代わりに彼の額には汗が流れている。

この魔法は詠唱が必要なこと以上に、魔力調整による精神的な消耗が激しい。


『精霊魔法』と『光魔法』を扱え、さらに『派生属性』の一つの【聖属性】を持つ者だけが、使用可能な高等魔法の『聖魔法』だ。


【聖属性】Sランク魔法『聖霊セイレイ謳歌オウカ』。


恐らくこのクラスの魔法が使用出来るのは、彼を含めて世界でも五人程度しか居ないであろう。


「本当にこの魔力コントロールはしんどいな」


ただし彼の場合は限定的な発動とも言える。彼は彼の特性上『精霊』、『精霊魔法』との相性が極めて悪い。実際使えないと言ってもいいが、『派生属性』を扱えることから、莫大な魔力を消費することで使用を可能にした。


それほどまでにこれまで使用した魔法と違い、とても発動が難しい魔法。彼も相性の問題で莫大な魔力と共に、どうしても詠唱を唱えないと上手く発動が出来ない。暴走させない為にも精神力を沢山消耗するので極力使いたくないのだ。


(それでも良かった)


今回の場合は止むを得なかった。他の手段がないわけではないが、どれも女性の命を奪いかねないものばかりだ。リスクを冒しても苦手な魔法を発動させる必要があった。


そしてその賭けにも勝ったようだ。


「ギリギリ間に合ったみたいだ」


もしかして死んでしまったのでは、と焦ったが、彼女の寝息が聞こえ血色も良くなっている。疲れたような深く息を吐き彼は安堵する。おそらく体の苦しみと痛みが抜けたことで、楽になって気を失ってしまったようだ。


「よし次だ」


ゆっくり女性を横に寝かせた後、隣の女性にも同じ処置を施すため魔法を使用した。



◇◇◇



「スゥー……」

「問題なくクリアだな」


無事に処置が完了したところで少しフラついたが、休んでいる暇はない。続いてこの洞窟から出る為の行動に移った。


「あ、あの……あなたは?」

「──冒険者」


壁にもたれた女性が呆然として問いかけると彼は淡々と答える。なんとか起き上がろうしたが、力が入らないのか、足をプルプルと震わせて立てずにいた。


(こっちも治療、回復を施したいが、そっちも苦手分野だしな。消耗し切っている相手にはかえって毒か)


「冒険、者?」

「助けに来たんです。あなたたちを」


倒れそうになった彼女を優しく抱き止めて口にする。普段はしないような微笑を作りつつ、探知魔法で周囲を警戒して集中する。


「え、ええ!?」


ジークの言葉にぼんやりとした顔から驚きの顔に変わった女性。理解が追いついていない様子で目を白黒させていた。


「ほ、ホントですかっ?」


そのすぐ近くで横たわっていた女性も、驚きの顔となって訊いてくる。さっきまでは光の乏しい瞳だったが、少しずつ落ち着いてきたか、瞳に光が戻り始めていた。


「はい、すぐに出るんで掴まってください」


探知魔法で周囲を確認した後、返答を待たず彼は魔力を練り出す。治療に時間をかけ過ぎたか、少し離れた場所からオークたちが檻の方に近づいて来る。


数はそれほどではないが、殆ど動くことができない女性たちがいる中で戦うのは危険だ。


(急がないとな)


訊いてきた女性たちを片手ずつで抱える。 身体強化の魔法をかけていたが、する必要がないほど二人の体は痩せていて軽過ぎた。


「え、ちょっ」

「うわっ……!?」

「暴れないで下さい」


突然のことについ拒絶的な動きをして困惑する二人を落ち着かせるように言うと、彼は横になっているもう二人の側へと寄る。


運び終えたところで両手を振るい新たな魔法を発動させた。


「──『範囲指定移動エリアワープ』 」


唱えた瞬間、変化が起きる。彼を中心にして地面から魔力の渦が噴き出すと、彼らを包むように渦が形成される。


呆然とする女性たちごと彼を飲み込むと、渦の中に姿を消した。




渦が収まると、中にいたジークたちの姿も消えていた。


【無属性】原初魔法『範囲指定移動エリアワープ』。


短距離移動ショートワープ』、『長距離移動ロングワープ』の派生魔法。空間指定によって空間移動を行う移動魔法だ。指定した範囲の物を指定した場所へと飛ばすことができる。


「念の為に入り口にマーキングをしてよかった」

「えっ」


全体に掛ける空間移動の魔法でジークたちは移動した。

着いた場所は洞窟の外で入り口の側であった。


「こ、ここって」

「洞窟の外です」

「「えっ!? ええええええっ!?」」


すっかり意識を覚醒したか、目を見開いて呟く二人の女性の疑問に答える。突然の景色の変わり様と彼の返答に、動揺が止まらず女性たちは素っ頓狂な声を上げた。


「ここで待っててください」


彼は四人を運ぶと洞窟の入り口から、少し離れた木陰の側に座らせ寝かせる。未だに目を見開いて動揺する女性たちに告げると、再び洞窟の側まで戻ろうとした。


「あ、あの──」


その際に背後から縋るような焦り声が聞こえたが、ジークは顔だけ女性たちの方を向いて。


「大丈夫です。すぐに戻って街まで送り届けるので──


魔力が含んだ言霊を一つ。焦った様子の女性たちに向かって作り笑みで言うと、焦っていた女性や意識だけはあった女性たち、全員の意識が一斉に意識の底へ沈み込んだ。


(C、Dランクの割に簡単に落ちたか。まぁ、ここから先は刺激は強過ぎるから、手間が省けて助かったが)


そして全員分の布を用意してその上に寝かせる、少し強引だったかと心の中で謝り……。


「では、少々失礼します」


洞窟の入り口前へと移動した。



◇◇◇



「さて、じゃあオーク共には迷惑かけた分の清算でもしてもらおうか?」


先ほどまでの丁寧な口調から一変。さっきまで狩っていた時のような表情で洞窟の奥に視線を向ける。


「おうおう、ワラワラ出て来た」


探知魔法で徐々に入り口に近付いているオークの大群を捕捉。さらにその数と種類を見分けていると。


「さすがに全員気がついたか」


魔力の高さや気配の質が全部バラバラだが、ある程度の把握は出来た。


「ん、大体百体くらいか」


探知に引っ掛かる反応から大体の数を把握。総数は二桁を超えているが、彼はちっとも焦っていない。


「殆どが四星の雑魚の群れだが、五星も結構いるな。特に高いのが三つ。ジェネラルブラックオークで間違いないか」


最重要の危険対象が残り一体の筈だったのが、実はあと三体という事実に対して動揺しない。


「どちらにせよ、人質はもういない」


オークの軍団が徐々に洞窟の入り口へ近付く。仮にもしこの場にAランクBランク、C・Dランクなどの構成した複数パーティーが控えていたとしても、今まさに迫りくる百体近いオークに勝てたかもしれないが、間違いなく苦戦は免れなかっただろう。


(いや、あの街にも中々の粒揃いが居るし、質は落ちてもギルドマスター彼女のギルドメンバーならいける筈)


その冒険者たちも何人か返り討ちにあってしまったが、彼が知っているウルキアで名のある冒険者たちを想像してみる。些か街の陣営に対し少々不安を覚えたが、とりあえず。


「ここで倒してしまえば、問題ないけ……どっ!」


──パンッ!

胸の中心で両手を叩き、手を合わせるように構えを取る。 身体の中にある魔力を両手に集めると、新たな魔法を構成していく。


そして左右の手の間を少しずつ空けていき、僅かな空間を作って集めた魔力で空間を満たした。


「ふっ!」


引き締めた表情で息を吐くと、両手の間から魔法で出来た魔力の塊を生成される。

 濃縮された無属性の球体だ。野球ボールサイズの魔力の球体を両手の間に浮かばせると、彼は洞窟の方に視線を向けた。


「『時空決壊爆弾クラッシュ・コア』」


見た目はただの魔力球のようだが、その球体は決して無闇に放つものではない。


【無属性】原初魔法『時空決壊爆弾クラッシュ・コア』(対人使用禁止)。


何故(対人使用禁止)と加えられているかと言うと、彼曰くだからだ。


この魔法を開発したのはまだ十歳ぐらいの時。その場で当時世話になった師匠に見てもらったのが事の始まり。その性能を評価して貰おうとしたが、テストとして無人で魔物ばかりの山を、実験代わりに一つ吹き飛ばしてしまったのだ。


結果、山なのに平らになった元山を見た師匠から肩を掴まれる。天然なところが多い師匠であったが、この時は珍しく焦りに満ちた顔をしていた。


『この魔法については今後使用を禁じます』

『え、どうして』

『いいですね?』

『なんで──』


『師匠命令です』


『……はい』


といった具合でバッサリと言われてしまったが、その後の議論の末、「対人での使用は認めないが、相手が魔物である時は周りの事を考慮した上で使用を認める』といった感じで、この魔法の使用許可を師匠からもぎ取ることに成功した。


といってもそれ以降、この魔法を使う機会は殆どこなかったが。


(破壊力が強過ぎて被害も多いからな。この魔法は)


同じく危険な魔法として挙げられた『絶対切断ジ・エンド』の方が使用度が増えた。対人での直接の使用は禁じられていたが、武器などが対象の場合は相手が人でも特別に使用を認めれて、彼も使い易いと感じたからだ。


(武器破壊でガードごと斬れるから便利なんだよな)


この時もあれやこれやと師匠を惑わして使用許可をもぎ取ったが、こちらの言いつけについては割とすぐに破ることになる。


武器どころか対人に向けて多用したことを、破門覚悟で打ち明けたが、師匠からのお叱りは一切なかった。



と、このように師匠からの『師匠命令』があるほど危険な魔法『時空決壊爆弾クラッシュ・コア』が今、発現される。


「……」


球体を構えながら探知魔法でオーク衆の位置を把握。座標として読み取ることにする。今から行うことは、より正確な位置情報が必要な方法なのだ。


だが、この系統の魔法は使い慣れていたので、彼としても大して疲労はなく問題なく発動が出来た。


「──ココだ」


そして導き出した座標から次の魔法を発動させた。


(『繋がる時空の扉ゲートワープ』)


生み出した球体を片手で浮かせて、空いた片方の手を前に出すと、目の前で魔力の渦が扉のように出現。渦の中心で穴が開くと徐々に広がり、その先の光景が映り込んだ。


『ブォッ!?』


彼の視界に映ったのは、ここに向かっていたオークの群団。洞窟の入り口へと進行していたが、突然出現した渦とその先にいたジークを見て驚きの声を上げて止まった。


【無属性】原初魔法『繋がる時空の扉ゲートワープ』 。


座標を示して場所を繋ぐ時空の道筋を形成させる空間魔法。


これが内部と外部を接続して発生する魔法で『短距離移動ショートワープ』、『長距離移動ロングワープ』、そして『範囲指定移動エリアワープ』 などと同じ派生魔法の一つだ。


「よぉ」


空間を繋げて出現した彼に戸惑うばかりのオーク衆を他所に、片手に浮かせた『時空決壊爆弾クラッシュ・コア』を構えて。


「受け取れ。コレは俺からの──


不敵な笑みでそう告げると、浮かばせてた球体を繋げた空間の先。洞窟内のオーク衆へと放り込む。


軽くパスでもするかのように、超危険な爆弾をオークたちへプレゼントした。


『ブォッブォ!!?』


放り込まれた球体を見て慌てふためくオークたち。どうやら本能で近付く球体の恐ろしさを感じたようだが、集団で移動していたのが仇となっていた。


いくら広い洞窟とはいえ限度がある。只でさえ巨体であるオークが集団で洞窟内を移動している。このような場面では咄嗟に逃げられるかどうか。


「では皆様」


考えるだけ無駄な話だ。洞窟内で肉詰め状態になってしまったオークたち。必死に逃げようとするが、誰も彼も四方に逃げようとして全然動けていない。


「達者で」


それを開いた空間越しで眺めたジークは、これはまた清々しい程の笑みを浮かべながら手を振って。


(じゃあな)


それを合図に時空の扉の魔法を解いた。音もなく閉じた渦が消えた瞬間。




ドドドドドッガガガガ───ンッ!!!!


連続で響き渡る爆裂音と岩壁が崩れる音。同時に発生する地響き。彼が見える洞窟の表面から無数のヒビが走ると、次々と崩れて内部から破壊され尽くされていく。


最終的には洞窟そのものが粉々になって崩壊。中に入ったオークたちも大量の岩のブロックの下に埋められた。



◇◇◇



「やっと終わったぁ〜〜。これで依頼コンプリートか」


探知魔法で全滅したことを確認する。ついその場でだらしなく欠伸を混じりに両腕を上げて背伸びをしてしまう。


「──っ、おっといけない、まだ仕事中だった」


まだ眠らせた彼女たちの保護もある。気を緩めるのは早過ぎると、緩めかけていた頰を引き締めた。


「じゃあさっさと病院まで運んでギルドの方に戻りますか」


目立たないようにローブをさらに深く被り直して、彼は人質となっていた女性たちの所へ戻ることにした。


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