第4話 おかしな国へようこそ3
夜になりレンバーとニミュは旅する豚亭の2階の宿泊する場所へと上がる。
旅する豚亭は多くの者を宿泊できるように大きく作られている。
交易路としての国の発展を見込んでの事だろう。
ただ、まだ発展途上であり、満員になるほどの宿泊者はいない。
そのため、レンバーとニミュは宿泊する所を探すのに苦労はしなかった。
個室はなく、広い部屋に木の板の仕切りがあるだけだ。
仕切りを外せば大人数で宴会もできるだろう。
2階にはレンバー達の他は誰もいない。
ほとんどが酒場となった食堂である1階いる。
そのため1階は人が多くレンバーとニミュは2階に上がって食事を取る事にしたのだ。
「レンバー。これ、美味しいわ」
木の器に入っているスープを飲むとニミュは驚く。
ニミュが飲んでいるのはこの国で取れたカボチと呼ばれる野菜を中心に蕪と緑豆とキャベツを煮込み、塩と果実を元に作った調味料で煮込んだものだ。
レンバーも頷く。
橙色の野菜のカボチは甘味があり、食べると体がポカポカと温まる。
北の地にあるクロキアは南に比べて寒い地域であり、体が温まるカボチのスープはとても美味しく感じられた。
「確かに美味しい。まさか、魔の森の野菜がこんなに美味しいとは驚きだな……」
レンバーは木の匙でカボチの一切れを救い上げる。
カボチは魔の森がもたらした食材である。
そのため、最初は食べるのを躊躇したが、いざ一口食べてみると美味しかったのである。
体に悪影響がないかニミュの魔法で調べてみたが、むしろ体に良い事がわかりレンバーは安心してカボチのスープを食べる。
「ふう、美味しかった」
食べ終わったニミュは木の器を床に置くと黒麦茶を飲む。
黒麦茶は少しだけ酒精を抜いたエールのようなものでこの地域では日常的に飲まれる。
ニミュは
さすがに肉類は食べる事はできないが、その好奇心にレンバーは驚かされるばかりであった。
レンバーはニミュの食べっぷりを見て笑う。
細い体だが、ニミュの食欲は旺盛で、レンバー以上に食べたりするのだ。
「さて、食べた事だし、明日に備えて早く寝よう。光の精霊も休ませないといけないだろうし」
レンバーは空中に漂う光の下位精霊を見て言う。
蝋燭等の灯りは別料金なので、ニミュは光の下位精霊を呼びだした。
そのためレンバー達がいる区画だけ明るくなっている。
ただ、ニミュは水の精霊はともかく、光の精霊を使役するのは得意ではないので、ずっと使い続けるわけにはいかない。
この地域でも灯りを節約するために、夜は早く寝るが一般的だ。
下の階で酒場と変わった食堂とは違い、2階は光の精霊がいなければ真っ暗になるだろう。
「そうね、そろそろ……。待ってレンバー」
急にニミュの声が小さくなる。
「どうしたんだ、ニミュ?」
レンバーが首を傾げるとニミュは木板の仕切りに声を掛ける。
「誰? そこにいるのは!? 私達に何の用かしら?」
「ひい!」
突然仕切りの向こうから女の子の声が漏れる。
レンバーは立ち上がり、仕切りの向こうを見ると女の子が尻もちをついていた。
見たことがある顔である。
「君は確か食堂で……」
レンバーの目の前にいるのは食堂で給仕をしていた女の子だ。
彼女からクロがエチゴスの客である事を教えてもらったのである。
「どうしたの? 貴方、私達に用があるんでしょ?」
ニミュは女の子に聞く。
彼女は明らかにレンバー達の様子を伺っていた。
何か用があるようだ。
「じ、実はお話をしたい事がありまして!」
女の子は震えながら言う。
何か怯えているようであった。
先程から周囲を気にしている。
「話たい事? 何かな? 」
レンバーは女の子を起こすとできる限り優しい声で聞く。
「は、はい見せていただいた似顔絵の方なのですが、今は南の大きな森に行っていていないのです。その方が戻って来たら貴方の事をお伝えしますので、ここではないどこかの国で待っていて欲しいのです」
女の子がそう言うとレンバーとニミュは互いの顔を見る。
つまり女の子はこの国からレンバー達が出た方が良いと伝えているのだ。
そして、女の子の様子はただ事ではなかった。
「ねえ、それはどう言う意味なのかな?」
「ええと、それは……」
女の子は言葉につまる。
「待ってレンバー、大変だわ」
ニミュは周囲を見て言う。
「どうしたんだ? ニミュ?」
レンバーはニミュに聞く。
「ねえ、レンバー。私が常に周囲を警戒する魔法を使っているのを知っているわよね?」
「あ、ああ確かそうだったな、それがどうしたんだい?」
「その子以外に誰かが見張っていないかその魔法の範囲を広げようと思ったんだけど、上手くいかないの。どうも誰かに魔法を阻害されているみたい」
ニミュは顔を青くして言う。
ニミュとは短い付き合いだが、レンバーはそれがいかに大変な事なのかがわかる。
これまで、道中ニミュのその魔法のおかげで多くの危険を避ける事ができたのだ。
その魔法を阻害している者がいる。
つまり、危険な状況なのだ。
レンバーは女の子を見る。
もしかすると女の子はレンバー達に危険を伝えようとしてくれたのかもしれなかった。
「も、もしかして君は私達に危険を伝えようとしてくれたのかい?」
「ええと……。私はその……、アンジュちゃんから……。このままここにいると危険かもしれないからと……」
レンバーが聞くと女の子は顔を下に向け小声で何かを言う。
アンジュというのが誰なのかわからなかったが、危険を伝えようとしているのは確かなようだ。
「レンバー。詳しい話は後にした方が良いわ。この国を出た方が良いわ」
「ああ、ニミュ。だけど門は閉められているはずだ。出るのは難しいかもしれない……」
どこの国も夜の間は城門を閉めるのが一般的で、開けてもらうのは難しい。
その国の王や貴族の許可でもあればともかく、ただの旅人であるレンバーでは開けてもらえないだろう。
「確かにそうね。でも、この国の城壁はしっかりと作られていないわ。どこか抜け道があるかもしれない。ねえ、貴方。どこか通れる場所を知らない?」
「それでしたら、あの場所が……。案内します」
「ありがとう。それじゃあ行こうか。そういえば名前を聞いてなかったね。名前を教えてくれるかいい。私はレンバー、そしてこちらは旅の仲間のニミュだ」
「は、はい! グレーテと言います!」
グレーテは名前を言うと立ち上がる。
宿代は前払いなので、踏み倒す事にはならない。
レンバーとニミュはグレーテの案内でこの国を出る事にするのだった。
◆
「ダンザの旦那。ここに隠し階段があるぜ。おそらく抜け道だろうな」
エチゴスの館の裏にある礼拝所。
その奥にある神王オーディスの像の裏を調べているモンズが言う。
グレーテという少女の跡をつけたダンザ達は礼拝所に入るところを見た。
しばらく物陰から様子を見ていると、程なくしてグレーテは礼拝所から出てくる。
そして、ダンザ達は誰もいなくなった礼拝所を調べる事にしたのである。
その後、斥候としての能力が高いモンズは隠し階段を発見した所であった。
「こんな抜け道を用意しているって事はやはりエチゴスは裏で何かをしているんだろうぜ。それじゃあ。中に入ろうじゃねえか」
「まあ待て、ゴウズ。ここは慎重に行こうじゃないか。こういう道には罠がしかけられているもんさ。もし魔法の罠なら、モンズでも危ないからな」
ダンザは大男のゴウズを止める。
ダンザは魔女狩人の経験から、こういった隠し通路には罠がある事が多い。
モンズは優秀な斥候だが、さすがに魔法の罠を見破るのは難しい。
「確かにな。もしエチゴスが魔の森の魔女と関わりがあるのならその可能性もあるな。魔法の罠は魔術師の領分だ。俺の目でも見つけられねえ。だがよ旦那、だったらどうする?」
「簡単な事だ、モンズ。案内人を見つければ良いのさ。ここを教えてくれた娘っ子とかどうだ?」
ダンザは笑って言う。
「なるほどな、さすが旦那だぜ。あの娘を縛り上げて、吐かせてやる」
「ああ。そして、もし吐かないようなら、指の1本1本を切り落としてやるぜ。くっくくく」
ゴウズもモンズも笑う。
2人ともダンザの手伝いのために拷問をする事がある。
ゴウズとモンズはそれを楽しんでいた。
ダンザ達は魔教に属する者を調べるために何名もの女性を切り刻んだ過去があった。
その中には無実の者も大勢いたりする。
ダンザはさすがに楽しむ事はないが、2人のやる事を黙認している。
魔に魅入られた者を野放しにすれば、もっと大きな被害が出る。
そう思っているダンザはそのために少数の無実の者が死んでも仕方がないと思っているのである。
「さて、娘を探すか、痛めつければ言う事を聞くだろう。おそらく食堂に戻ったはずだ。行くぞ」
ダンザ達は礼拝所を出ると旅する豚亭へと向かう。
すでに夜であり、辺りは暗いが月が出ているので、真っ暗ではない。
ダンザ達は全員夜目が効くのでこの程度の暗さであれば問題がなかった。
「待て……」
旅する豚亭へと向かう途中であった。
先行するモンズがダンザとゴウズを止める。
「どうした? モンズ?」
「静かにしてくれ、旦那。娘っ子が出てくる。誰かと一緒だ」
モンズの言葉でダンザ達は物陰に隠れる。
ダンザの視線の先にはグレーテとレンバー達の姿がある。
急いでいる様子であった。
「あれは昼間あった。レンバーとか言う奴だ。エルフも一緒だな。どこに行く気だ? 後をつけるぞ」
ダンザが言うとゴウズとモンズは頷くのであった。
◆
「グレーテは大丈夫かしら……」
エチゴスの館の地下でアンジュは溜息を吐く。
グレーテの話を聞いてアンジュは迷った。
似顔絵の人物がクロキと同一人物かどうかわからなかったのである。
普通なら神のごとき力を持つ者がただの人間と友になるわけがない。
しかし、アンジュが知る彼は例外である。
つまり、本当に友である可能性もあるのだ。
本来なら闇エルフにも知らせるべきだが、彼女達とアンジュは仲が悪い。
闇エルフ達は顔の良い男を除き、人間を下等な存在と見ている。
そのため、魔戦士達といっても人間であるウォード達とは仲が悪いのである。
それは元人間のアンジュに対しても同じで、同じ暗黒騎士や白銀の魔女に仕えるであっても話をする事はほとんどなく、嫌われているようであった。
そんな闇エルフ達から離れるために、アンジュは人間の多いこの地に遊びに来るようになったのだ。
ただ、御菓子の城と違い、この地では闇エルフと連絡を取る方法がなく、それにもし似顔絵の人物がクロキでなかったら、人間の戯言を信じたと言われてアンジュの立場が悪くなるだろう。
グレーテの話を聞かなかった事にする方法もあったが、折角居場所を作ってくれた恩義を考えると躊躇われた。
考えた結果、闇エルフが動く前にこの国から離れてもらう事にしたのである。
「はあ、私が伝えられたら良いのだけど、さすがに人形が言っても話を聞いてくれないわよね」
アンジュは自身の新しい体である人形の手を見る。
本来アンジュは実体を持たない
日の光がある場所では活動ができない。
そのため、不便だろうと人形の体をもらったのである。
ドワーフ製の精工に作られた少女の人形はとても美しく、その衣装も綺麗でアンジュは一目見て気に入った。
しかし、人形は人形である。
初めて会う普通の人間に話かけても驚かれるだけだろう。
だから、グレーテに行ってもらったのである。
アンジュはグレーテの事を考え地下にいる人達を見る。
今アンジュがいるのは魔王を崇めるための礼拝所である。
集まっている者達は魔王を崇拝する者達だ。
元々はヴェロス王国の外街で活動していた者達でこの地の噂を聞いて移住して来たのだ。
魔に魅入られた者。
魔に魅入られた罪人とされて本当に堕ちた者。
生活苦で神々ではなく、魔王に縋った迷い者。
理由はそれぞれだ。
その者達の中には子どもを持つ者もいて、一緒にこの地へと来ていた。
そして、グレーテもその1人である。
子ども達はアンジュの遊び相手であり、出来れば守ってあげたい存在であった。
「ただ、伝えるだけだから、大丈夫だと思うけど……。うーん、やっぱり弟に連絡しよう」
アンジュはそう呟くと弟であるジュシオに連絡を取る事にするのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
更新です。
色々とやりたい事はありますが、時間がなかったりします。
設定資料集も続きを作りたいし、絵も描きたい。
そして何よりも英語化をもう一度チャレンジしたい。
英語ができる方の指摘では自動翻訳はダメみたいです。
翻訳を依頼するにもお金がかかるし、何か良い方法ないでしょうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます