第6話  ジンギトロイカ (金と三角馬)

 「ジンギ・トロイカ」

 早川輝彦・サハリンテレビのワロージャカメラマンそして通訳のキム・サーシャの

三人を「ジンギ・トロイカ」と呼んでいるのが、ワロージャの奥さんリューダ女史である。  

ジンギとは、金でありトロイカは三頭たて馬車を言う。  サハリンと北海道を結ぶ映像制作集団は多角的な仕事をこなしていた。  企画・制作は早川が担当 撮影は働き盛りのワロージャ。 運転と交渉担当はキム・サーシャである。 国営サハリンテレビ局も給与の遅配が続き3ヶ月以上もし払いが滞っていた。 そんな状況の中、ワロージャもリューダ女史そしてキム・サーシャも早川との提携により経済的に恵まれていた。 

蒼い海峡を越えた映像ビジネスが展開していた。  

 

 麻薬密売取引の現状、 違反漁船の取り締まり国境警備隊同行取材、マフィアによ

る武器の試射現場、廃棄原潜の状況取材、密漁者の射殺現場、日本の海保と警備隊の救難訓練でのヘリコ墜落事件、等々暗い報道がおもであるが、明るい話題も多く取り上げている。 

北海道知事とサハリン知事の釣り大会模様、これは笑った内容であつた。 堀知事とフラフトジノフ知事が正式会談の合間を縫ってユジノサハリンスク市 近郊の川にアメマス釣りに出かけた。  川巾が30M程でアメマスが跳ねているのが陸からでも見えた。  二人は職員が差し出す竿を手に川に入っていつた。 左手「川下」には掘知事 右手「川上」はフラフトジノフ知事 許される時間は一時間程である。  最初に竿を引き上げたのはフラフトジノフである。 見事なアメマスが跳ねている。 「早いな」と堀が一言。 笑顔満面のフラフトジノフ、ガッポーズで職員に指示を出す。「魚を外してくれ」慌てて釣り糸を手繰りアメマスを糸から外す。

それを見ていた堀は川下へ移動そして「あれわ。誰か魚を付けていたのかな・・・」と不満気に小声で洩らす。 気を好くして川上へ移動するフラフトジノフ。暫らくすると上流で歓声がする。 道職員が川上から走って来る「又釣れました」と慌てて発する。

知事「あれわ、誰かが魚を付けていたのだ」と断定的に言う。 

二人の距離は離れてお互い姿が見えない状況であった。  

地元記者が揶揄した「まだ。まだ。隣国でも遠い関係のままかー・・・」と強調した。  

戦果は地元サハリン知事が二匹、北海道側知事は坊主「戦果なし」との結果であつた。  

道の報道担当者が、早川に「音声は活かさないで下さい。お願いします。国際問題を避けたいのです。」 と一言。


 この知事交流は三年前から続けれ当初の目的は「相互訪問で友好関係の強化」を

念頭に始められたものであった。 現在も姿は「経済交流」となっているが、双方の知事の交流が続けられている。

この会談でジンギ・トロイカ隊は、混成部隊であり取材記者は早川輝彦、カメラ・ワロージャ通訳・キム・サーシャと日本とロシアの共同の取材体制を維持できる可能性を導き出した。


 トロイカは、先頭の馬が疲れると後ろの馬が交代して先頭を務める。  長距離の走行には、この交代が幾度も繰り返し目的地を目指すのである。 そして三頭の馬は疲れを軽減しながら目的を果たすのである。  トロイカの馬は交代できるが、早川らの仕事は交代が不可能に近いのである。 撮影技術も一日で出来るものではない。

記者もその点、特殊な業務であり三人三様の役割があり、特殊なトロイカ隊を強化していた。

経済的に恵まれていても彼らサハリンサイドでは、職場仲間から羨ましがられていたのも事実である。 その傾向は、早川にも思い当たる節がある。  それはサハリンテレビ局の職員食堂には昼時、大勢の職員らが昼食のために集まってくる。  一度に40名程が利用できる食堂であり料理が、家庭的なメニューでとても美味しいのである。 

それに加えて、安いのだ。 外部の人間は利用できないが、早川は特別ゲストと言う事で利用が認められていた。 トロイカ隊は時々ここを利用していた。 混んでいると席がなかなか空かない。 そんな時は時間をずらすなどして対応していた。  職員の大半はこの当時、給料の遅配などがあり、安い食堂といっても自前の弁当を持参して各自が食事を楽しんでいた。 トロイカのスタッフが食堂に入ると殆どの職員の目線が集中する。 

この時、早川は感じた。 大半は挨拶するが、大半が無視している状況である。 金廻りが良い仲間に嫉妬を感じた眼である。  「やはり、ロシア人も同じ人間であり遅配されててる人間と、金が廻っている人間とでは、天と地の違いであり。羨ましいのだなー」と思えた。 

早川は後にサハリンテレビ放送開局40周年記念式典に招待された。 サハリン州に落とした金額は円換算で一億円は、下らないと自負している。 殆どが取材経費で消えていた。 そんな投資か、無駄金だったのか、支援金だつたのか、友好資金なのか、未だ解決していない早川であった。 しかし、サハリンとロシア情報を日本人の眼で確認して日本に紹介した事は、大きな利益になったと強く考えるのである。


 長い往来をしていると色々な人脈に当たる。 政治家・司法関係者・役人・学者など広い人の輪が完成する。  そんな中にマフィアの親分も登場する。 

首都ユジノサハリンスク市は人口185000人余りである。  この街に組織が8グループも存在しているのである。 これは、サハリン内務省の正式見解である。 モスクワ組が6グループ・ウラジオストック組が1グループ・そして地元が1組である。 大きな金と人間の移動に彼らは移動すると昔から言われている。 そのモスクワ組のボスと知り合ったのは、街の中心部に三階建てのビルを建築していた現場があった。 近代的なビルで西洋風のたたずまいである。  このビルのオーナーがマフィアの親分であった。 当然、早川はそんな事とは知らない。 未だトロイカが完成していない時分であった。 建設中の撮影をお願いした。 その理由はサハリン州が将来的に資源を活用した新たな

時代の到来を予測するビルであると持ち上げた撮影内容であつた。 日本のマスコミ

が取材してくれる事に感激して色々と協力をしてくれた。 ボスはチェチェン系であり最近サハリンを訪れたと語っていた。 「あんたと同じ外国人だ。よろしく」と早川輝彦に挨拶をした。 ロシア国内では、チェチェン紛争が始まる寸前の時期でもあった。


 ビルはナイトクラブ・サウナ風呂・レストラン「チャイナ風 ロシア式」・ひしてダンス

ホールであり当時としては、若者らのエネルギーの消費基地として人気の的でもあった。  

ビルの完成式には招待されていたが、北海道に居てそれは出来なかった。 ボスは

元来・武装組織のマフィアであるが、将来を見据えて経済マフィアに転進する覚悟で

サハリンに来たと話をしてくれた。 武装組織では命を掛けての戦いに全てを賭けて

いるのでなかなか、兵隊が集まらないとこぼしていた。 そして好景気に沸きつつあるサハリンに狙いをつけて移動してきたのである。  モスクワでは政府機関と追突もあり住むには大変であると説明した。  市内の事務所にはチェチェ人と思える男らが、七人程たむろしていた。  40代後半のボスはコーカサス地方の出身で自慢は「大学を出ていない」である。  二十代には、マフィアの大親分ヤポンチク一家の舎弟を務めていたと後に地元のFSBの係官から知らされた。 ヤポンチクボスは極東ウラジオストックの出身でモンゴル系のロシア人である。 ヤポンとは日本人であり彼は小柄で日本人に大変似ているのでその名前の由来であつた。 ヤポンチクは新ロシア人と呼ばれる経済マフィアとして成功しアメリカへ渡りロシア・マフイァの重鎮として活躍している。


武器を見せてやるというので某場所を指定してきた。 条件は「ロシア人及びロシア系の人間を連れてこない」事である。 条件に合うのは、ワロージャは駄目・リューダも駄目・キムはロシア籍だが、東洋系の顔つきで合格。 カメラは早川が廻すことにした。 

東京キー局のN局がこのネタに乗ってきた。 経費も充分である。 さすが、全国区の放送局の予算である。オホーック海が見渡せる森林を抜けて指定場所へ向かう。 武器の使用はロシアと言えども違法でありテロ行為が加われば重罪である。  

運転はキム・サーシャが行い山道を登る。  大きな木に白いテープで矢印が付いている。 その方角に曲がる。白いテープは彼らが我々が迷わない様にと道案内用に付けられたものであった。 

黒い2台の三菱製のワゴンが止まっている。  我々の車が近づくと二台の車両から男らが、降りてきた。  近くに停車していたトヨタ製マジエスタ車からボスが降りる。 早川と握手を交わす。 キム・サーシャを日本のクルーと紹介する。 

「ダァ・ダァ」と愛想が良い言葉が森に木霊する。 と同時に二台の車から男らが降りて広場に整列する。 軍隊と同じ緊迫した仕草である。  

「我々の武器は色々ある。 最大のものは対戦車砲だ。早速試射してみる。よろしいか」とボスは言う。  整列した部下の撮影をする。 七人の男たちは三十代前半から後半の年代と思える。 中には、昔・日本で流行った金歯を光らせている男もいる。 その金歯が木立の光線で見事に輝きを増す。 身体を張った世界で金歯が役に立つ状況があるのか、早川は考えて撮影を続けた。  全員が何故か明るい雰囲気をかもし出している。  日本のテレビに出演できる嬉しさなのか、明るいく微笑んでいる。 武装集団の戦闘員は何時戦闘で命を失うかもしれない、不安で暗くなると思えるが、彼らはまったく違っていた。 「笑顔、明るい」のである。

映画では、マフィアまたはギャングは難しい顔つきで黒服装が相場である。しかし、彼らは明るく振舞うのである。 

対戦車砲の試射である。  一人の男が肩に長径20CM程の金属製の筒を担ぐ筒先から先端が尖った物体が見える。  ボスが「ダァ」と声を挙げる。 同時に砲から金属製の物体が森に向かって飛んでいく瞬く間に大樹に当たり倒れる大樹。 「どーん」と音が後から聞こえたと思えた。 それは錯覚で音と共に木は、倒れていたのだ。 これで一発30万円円換算とボスは言う。  このセットを二十台サハリンに持ち込んだと付け加えた。 次はカラフニコフ自動銃である。 早川はこの銃はロシア政府のコマーシャルで見たことがある。

テレビ映像は、高い鉄塔からカラフニコフ銃を落下させて軍人が駆け寄り銃を手に「ロシアで最強のカラフニコフは全世界で愛用されています。 購入の要望は下記に連絡ください。」と画面に連絡先の案内が流れる。  こんな、テレビCMに驚いたが、経済的に苦境の時代ロシアも真剣に武器の輸出を考えていたのではと思えた早川である。

自動小銃は、森の木々をなぎ倒し試射は終わった。  

ボスは「この銃は、二十台持っている。 日本にも提供できる。買い手はいないか。」と言う。 「日本では武器の輸入が出来ない」と答えるた。 「そのようだな。買い手がいたら教えてくれ」 

戦争が出来る規模である。

見事な武器の試射に感激と言うか、感動と言うか、男なら一度は経験したい武器展示会であった。 


 この映像を日本へ運ぶには、到底・ロシア税関も役所も許可はしない。 事前に申請していても、軍のPRであれば可能かも知れないが。 マフィアの武器の試射となればおまけにロシアと仲たがいしているチェチェ民族となれば、許可どころか法廷闘争に発展する可能性が大きい。  しかし、この映像が日本に入れば誰も文句が、付けられない。

ニュース・ソースの厳密な取り扱いは、世界のマスコミが共に共通する聖域なのである。

衛星通信では到底送信不可能である。 事前検閲では税関に没収される。 次の案は素材を誰かが持ち出す作戦である。 サハリンテレビ局がユジノサハリンスクと函館の飛行状況をレポートする内容の番組を急遽制作する事にする。 この企画はリューダ女史の案として社内で決定された。 取材班が搭乗寸前の帰国する早川にマフィア収録テープを渡す。

この作戦には、リューダがレポーターとして役割を果たす。 カメラはワロージャで夫婦コンビである。 通訳はキムが受け持ち、テープを早川に渡す重要な役を担当した。 SATの名が入った同じ紙袋が二個用意された。 キム・の袋には素材テープが入った袋。 そして早川の持つ同じ型の袋の中には、サハリンテレビのロゴが入った新品のテープが一本。

早川は、出国手続きも終わり搭乗待合室の椅子に座っていた。 周りには日本人とアメリカ人らが次々と入ってきた。 アメリカ人が多いのは島の北部で開発される原油や天然ガスの採掘に携わる人々である。

  サハリンクルーがSATの広報官を先頭に入ってきた。 カメラを肩にワロージャが姿を見せる。 リューダも担当者と話を交わして続く。 入管と税関の二人の責任者がそれに続く、最後にキムがSATの社名入り袋を提げてきた。 

インタビューは早川から始まった。 早川の椅子の下にはSATの袋が置かれている。

「函館便の利用で不便は何かありませんか」とリューダは早川に聞いた。 「とても便利です。

将来的に新千歳空港から運行されるともっと便利ですが・・」と答えた。 キムがロシア語に通訳する。 関係者もその答えにうなずいている。 クルーが次の客を探して移動した瞬間にキムの袋と早川の袋がクロスした。 渡した合図はキムが早川の靴を踏む事である。 

2秒程の瞬間技であった。 待合室には日本人とアメリカ人などで賑わっていた。 クルーは何事もなかったように移動先でアメリカ人にインタビューしていた。  

無事に手にしたテープは函館到着後、ローカル局からマイクロ波に乗って東京へと伝送された。その夜に、全国放送された。 

その後、二年後にユジノサハリンスクと函館便が消滅して新千歳空港へと定期便になった。同時に成田空港へも不定期便が運行されている。   


2020年秋 ロシア極東地域で新たな航空会社が新設されるとのモスクワ発で伝えている。

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