エゴ・ドキュメント 

天英文庫 サハリンマン

第1話 なきうさぎ物語

 えぞなきうさぎ物語  

えぞナキウサギあまり聞いたことがありませんね。動物学者は「古代の化石」と評します。

世界には色々な国にこのナキウサギが存在しています。日本では北海道の中央部の高地に住んでいます、蝦夷(えぞ)なきうさぎと言っています。ナキウサギは二百五十年前の氷河期に誕生した哺乳類です。この時代にはマンモスなども生息していました。

ですから北海道でも高地(標高千五百メートル以上)の低温地帯の火山のガレ場で生息しています。 ウサギと言いますがウサギでは無くて一見してハムスターの様な小動物です。短い四脚と丸い耳、短い尾を持っています。体長は約十八~二十センチで体重は七五~二百九十グラムです。特徴は餌を食べた後に緑色の糞をします。さらに栄養を強化する手段としてこの糞を食べます。


草食系の雑食であり岩場の多い地域でも多彩な餌を菜食出来るのです。巣は岩場の中にあり外敵から身を守るには都合の好い環境でもあります。 縄張り意識も強く無断進入者には強行姿勢で挑み撃退するまで戦います。


一夫一妻で結婚すると一生その絆は守られます。岩場には大型の鳥類が飛来して獲物を探す姿が見かけられます。尾白鷲・熊鷹・大鷲・中にはキタキツネも天敵です。天気の好い日には、エゾナキウサギは岩場で日向ぼっここをします。 天敵が現れると「キッ・キィィ」と高音の声で威嚇します。 巣穴は入り口から百メートルもある迷路状になっています。ナキウサギは冬眠はしません。秋には冬の食料を巣に保存します。この迷路には時々シマリスが巣を作っています。シマリスは冬眠しますから冬場に双方が顔を合わす事はありません。双方の巣穴は岩石と丈夫な火山岩で出来ています。内部の温度は年間平均で十二~十五度前後とされています。


内部は迷路になっていて落とし穴まで作られています。環境が高地であるから動物の侵入はほとんどありません。しかし、自然界は何が起きても不可能はありません。防備は即、生命の維持につながります。 今回の物語は十勝岳の麓の岩場に広がるナキウサギ王国です。この国には、十三頭が生息しています。 


陸上での天敵は北狐です。彼らは集団でナキウサギの生息地区を襲う事があります。この岩場から一キロメーター程の場所に北キツネの巣が目撃されています。キツネは草食系ではないので殆ど山の上まで来ることが無いのですが、万が一と言う事もありますから充分に気を付けなければいけません。この岩場にはシマリス家族も同居しています。シマリスは冬眠しますので十一月から翌年の春まで姿を現しません。普段この王国を守っていてるのは、ナキウサギとシマリスそして雀蜂がこの国を防衛しています。 キツネも雀蜂に刺されると死に至ることも多々あります。それはキツネは昔から遺伝子として組み込まれているからです。このナキウサギ王国の支援部隊はシマリス(食糧の採取と保存)であり防衛隊は雀蜂(敵を攻撃する鋭い針)なのです。


雀蜂もこの岩場の一部に大きな巣を幾つも作っています。

ナキウサギがウサギの仲間に加わったのは歯です。ナキウサギの歯はウサギの歯の本数と同じで前歯の上が二重構造になっている事。それとピョン・ピョンと飛び跳ねます。ですからナキウサギはネズミの仲間ではなくウサギのなかまなのです。氷河期から生き残っている理由は寒さに強いからです。三十センチくらいの雪が降っても平気で外に出て動き回ります。


積雪が多い時には巣穴のトンネルを移動して生活しています。食物は高山植物の葉や茎、花やコケなど何でも食べます。越冬用には巣穴の近くに餌を集めて保存します。冬季間にその食糧を家族で消費します。同じ縄張り内にはオスとメスが繁殖して一年に一度夏に子供を生みます。一回に二~四匹の子供を生みます。子供の成長は早く秋頃には親と同じ大きさになります。親はこの頃に子供を縄張りから追い出します。子供は新たな縄張りを作りつがいの相手を探して巣作りをします。


ナキウサギの結婚は、この秋口に新たな縄張りを持つと同時に相手を探します。平均寿命は四年から五年と予測されています。しかし、中には縄張りから子供を追い出さない王国もあります。それは、子孫が続かない可能性がある場合に親は意識して縄張りを子に譲るのです。この傾向は人間にも当てはまりますね。

人間も近年「縄張りから出て行かない」子供が多くなっている傾向が強く感じられます。


巣穴の入り口は沢山あります。でも利用される玄関はほんの少数です。殆どがダーミーとされ外敵の侵入を阻止しているのです。雀蜂はわずかな空間を飛び回れるので外部との出入りは自由です。強敵は巣穴近くで待ち伏せしている猛禽類です。 子供のナキウサギが誤って巣穴近くまで出てくるのを待ち受けているのです。外に出た子供は一瞬の内に鷹などに捕食されるのです。 そこで登場するのが雀蜂の出番です。攻撃蜂が巣穴近くを偵察している姿をよく見かけます。 子供が玄関から出そうなると、猛禽類がいると「ブーンブーン」と羽音で威嚇します。子供は驚いて巣穴へ逃げてしまいます。しかし、雀蜂がいない時間帯では、鷹・鳶・鷲などの鳥は子供を巣穴の中まで追って捕らえてしまいます。


一瞬の間に子供は空を飛んでいきます。雀蜂が追っても全て終わりです。

ですから、夏の終わりから秋に掛けて雀蜂はナキウサギの防衛に専念するのです。

同居人のシマリスは、単独行動が多く木の実やドングリなどを好んで餌にします。しかし、この岩場からかなり遠くへ行かないと餌場はありません。北キツネの縄張りを越えて森林地帯にその餌が多くあります。木木を飛び移る習性があるので危険性は少ないのです。


でも陸地で捕食しているとキツネや蛇・アライグマに襲われる事も多くあります。近年、北海道でもアライグマが繁殖して猛烈な勢いで増えています。この動物は、元々、外来種であり人間が飼育していたものを捨てた結果と専門家は言います。アライグマは木登りが出来るので野鳥の巣を狙い繁殖前の卵や幼鳥かし、を襲います。一番最悪のパターンは札幌市に近い野幌森林公園内に数十年もの間「青サギ」のコロニーがありました。このコロニーには数百羽もの青サギが生息していました。この公園内には大型池や沼があり青サギの給仕場があり豊富な餌を捕食していました。


しかし、誰かが公園内にアライグマを捨てたので森林帯はアライグマ王国に変貌したのです。 青サギのコロニーは二年間で崩壊しました。大学もアライグマ研究に時間を掛けている様ですが、解決まで時間がかかりそうです。青サギのコロニーは少数ながら別な地域で再活動を始めました。

ナキウサギは静かな性格で天気の好い日には巣穴から出て皮膚についたダニや虫を取ります。夏から秋にかけては越冬用の食糧を集める仕事があります。子育て中はオスかメスのどちらかが子育てをしています。


「キッー・キッー」「キーィ・キーィ」と感高い声を発生させます。この声の違いは聴く人の聴覚の関係と思えます。

十勝岳の王国で四匹のナキウサギが生まれました。二ケ月で大人程に成長する子供は自然界では異常な早さです。 しかし、全部が成長する事は余りありません。殆どが二匹程度しか育たないのです。大きな理由は栄養です。


その背景には、毎年採取される野の花や茎の栄養によって母乳が大きく影響を受けるのです。 この年は不作が続きヒグマが都市まで出てきて市民を驚かせました。ナキウサギも自然界に従って生活をしなければなりません。


生まれた子供の二匹は生まれてまもなく亡くなりました。死骸の処分はお父さんの役目です。巣穴の近くでは他の動物の餌食になり巣の場所が判ってしまいます。 そこで一匹、一匹お父さんは口にくわえて遠くまで旅に出ます。北キツネの縄張りにも入り埋葬地を探すのです。亡骸を口にくわえて岩場を降りている最中に空中から鷹が猛スピードで降下して来ました。隠れる場所はなにもありません。


ナキウサギのお父さんも鷹の存在に気がついていません。危機一髪 お父さんを助けてくれたのは雀蜂の防衛軍てだした。数匹の防衛蜂は鷹に向かって突進して行きます。空中戦が繰り広げられています。陸地のお父さんは亡き子をくわえて木の根の元にうずくまっています。 数匹といっても雀蜂は剣の様な武器の針があります。それに刺されると鷹であろうと死にいたる傷を負うことになります。

命掛けの戦いが続きます。


鷹は羽を大きく上下させて雀蜂の接近を阻止しょうと躍起です。雀蜂も四方八方に別れて鷹の弱点を探しています。雀蜂のリーダーは全員に鷹から少し離れろと仲間に合図を送りました。鷹は両足を大きく広げてナキウサギへ急降下します。広げた足は獲物を捕らえる瞬間に行う行動です。ここで雀蜂のリーダーは一斉にこの鷹の広げた足に突撃を開始しました。四方八方から雀蜂の太い槍が鷹の足に刺さります。羽を大きく羽ばたいて風を起こしても雀蜂は怯みません。鷹は獲物どころではありません。雀蜂の剣は三ケ所に及び鷹は撤退を決めて低空飛行で森の中へと姿を消しました。 剣を抜かれた三匹の雀蜂はナキウサギの近くに落下し死に至りました。

「お父さんもう大丈夫だよ。行って下さい」とリーダーの声が聞こえた様に思えました。


この日は無事にかえりましたが、まだ一匹の赤ちゃんの処分が待っています。余り長い間巣穴に死骸を置くと匂いを嗅いで他の肉食動物が来る可能性もあります。

そこで、お父さんは天気の悪い雨の日にその処分をする事にしました。 雨が降っても雀蜂はお父さんに協力すると約束してくれました。雨の中お父さんと雀蜂は移動を開始しました。 北キツネの縄張りを越えようとした時にメスのキッネがナキウサギの匂いを嗅いで追跡を開始していました。 遠くには雀蜂が軍団で移動しています。

物音は雨の音しか聞こえません。


子供の死骸をくわえたお父さんは、大きな白樺の木の下で休憩しました。その時、突然キツネはナキウサギの親子を襲ったのでした。一瞬の出来事でキツネの口には、子供を咥えたお父さんが左右に振り回されています。それを見ていたスズメバチのリーダーは突撃を全員に命じました。

キツネの弱点は、鼻です。それと耳の中です。


二箇所を同時に攻撃しない事には、ナキウサギを放す事は絶対にありえないとリーダーは考えたのです。最初の攻撃は耳でした。雨が強くなりナキウサギのお父さんは子供を放してしまいます。耳には二箇所の針が刺さりました。しかし、キツネは一向に痛みを受けている様子には見えません。 リーダーは鼻の攻撃を指示しました。 


キツネが頭を振っているので鼻への攻撃は難航しています。

雀蜂の攻撃は、無音の事もあります。 この様に相手の弱点を襲う時には無音の攻撃なのです。二匹同時に左右からの攻撃が成功しました。キツネはもんどり打ってひっくり返りました。ナキウサギのお父さんも木の根元まで飛ばされてしまいました。でも怪我はしていません。キツネは鼻を赤くして猛烈なスピードで雨の森を逃げて行きました。


雀蜂の犠牲は二匹で済みました。

お互いに助け合う事で子孫を残す遺伝子が生まれるのです。

この岩場は十勝岳への登山道から見える場所です。夏には大勢の登山客が近くのガレバから山頂へと向かいベテランになると東側のニペソツ山まで縦走する人もいます。

このニベソツ山周辺の然別湖の岩場にもエゾナキウサギのコロニーがあります。写真家はこのコロニーを被写体として記録しています。十勝の王国と交流はまったく無いと研究者は報告しています。しかし、それは未知の世界です。


何故かと言いますと北海道に生息している羆は一晩で二十キロメーターも移動している記録があるからです。

然別湖の王国と十勝岳の王国が交流していた事実が判明したら新たな世界観が広がるでしょう。

                   

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