後輩。買い出し。お見舞い。僕と彼女のルーツ。

 1


 矢面やおもて仁尾にお


 一年D組(進学クラス)。


「……………………」


 やべえ奴に目をつけられていた。


 僕が感じた率直な感想は、これしかないだろう。


 放課後。視聴覚室にて、僕はそう思った。


 本当なら、本日の部活は休みで、僕は帰宅している予定だったのだ。だが、予定は予定通りに進むことなく、帰りのホームルームが終わってすぐ。教室にやって来た九旗くばた先生に呼び出され、こう言われたのだ。


 入部希望の生徒がいるから、会ってやれ——と。


 まさかまさか、筆談部に入部希望者が居るとは思わなかったが、しかし顧問からそう言われたら、部長として対応せねばならない。


 だから僕は、本来なら帰宅している予定を変更して、今現在、視聴覚室にて新入部員の女の子——矢面仁尾と対面しているのだ。


 そして対面した感想がやばい奴に目をつけられていた——である。


 見た目は普通の女の子。ツインテールの女の子で、どこにでも居そうな一年生なのだが。


「……え、と。矢面……さん?」


 僕は、様子を見ながら声を出した。


 かれこれ視聴覚室で対面してから、五分以上が経過しているのだが、ずっと僕にガンを飛ばす後輩女子に問いかける。なぜそんな僕を睨む?


「違ってたら悪いけど、もしかしてきみ。僕になにか恨みでもあるのか……?」


 その視線。熱量。というかもはや圧力。


 ここ最近、僕が感じていた強い視線の正体。それはもう、この後輩女子からの視線で間違いない。殺意すら感じるくらいだ。


「なんすか? べつにないっすけど?」


「そう……ならいいんだ。悪かったね……」


「はあ。まあいいっすけど」


 態度悪!


 これが後輩の態度か? なんだそのかろうじて使ってる敬語!


「つーかぼく、入部ってことでいいんすよね?」


「ん、ああ……、うん」


「あざす」


「……………………」


 あざす!?!? 初対面の先輩相手に三文字だとっ!?


 なんかムカつくその態度!


 あといつまで僕を睨むつもりなんだ?


 僕はきみの親でも殺したか?


「詩色、居るー?」


 こんな殺伐とした視聴覚室に急に登場したのは、無鳥だった。最近の無鳥は、なんだか急にしか登場しないな。


「あー! わーい、無鳥せーんぱーい!」


「……………………」


 ええええええええええええええ!?


 誰だよお前えええええええええ!?


 なにその笑顔! 眩しい笑顔なんだそれ! 僕に対する態度との違いが凄すぎるだろ!


 それもう、僕への差別行為だからな?


「って、あれ仁尾ちゃんじゃん! えー? うちの高校来てたんだー? なんだよー言えよー」


「えっへへー。先輩と同じ高校に入るまで、内緒にしとこー、って。ぼく、勉強頑張ったんですう」


「えらいえらい」


「えへへへ。撫で撫でされちゃいましたあ。えへへへへ」


 こわ。ちょうこわい。え、ちょうこわい。


 さっきまでの顔と違う……。さっきまで、僕を親の仇みたいに見てたじゃん。その顔どこやったの? 表情筋どうなってんの? 表情って、そんなアタッチメントみたいにコロコロ変えられるものなの?


「……無鳥、知り合いか?」


 すげえ恐怖を感じながら、僕は無鳥に問い掛けた。


「うん。中学のとき通ってた、バスケクラブの後輩だよ。たしか仁尾ちゃん、三中だったよね?」


「はいー。無鳥先輩は、二中でしたよねえ」


「そうそう。やたらとあたしに懐いてくれてさー。可愛い後輩なんだよ」


「えへへへへ。ぼく照れるなあ。えへへ〜」


 本当に誰だよお前。さっき僕にガンを飛ばしてた態度のクソ悪いツインテールどこ行った? 別人過ぎるだろ。


 さっき僕に『なんすか?』って言ってたあのツインテールはどこ行ったんだよ。お前誰だよ。


「ここに居るってことは、まさか仁尾ちゃん入部希望?」


「えへへへへ。ですです〜」


「おーマジかー! じゃあ部活が賑やかになるなあ!」


「またよろしくお願いします。せーんぱい」


「うんうん。いい子いい子」


「えっへへへへ〜」


「……えと、無鳥。なにか用でもあったのか?」


「あ、そうだった。でもまあ、あとでラインするわ」


「……わかった」


「じゃあ、あたし帰るから。仁尾ちゃん、また来週ねー」


「はーい!」


 無鳥はそのまま帰って行った。


 無鳥が居なくなると、再び僕を睨み始める。なんなの? それがきみのルーティンなの?


「……………………」


「なんすか? ぼくになんか文句あんすか?」


「文句もあるけど、というか、質問なんだけど」


「あ、文句あるんすか。へえ」


 文句はあるよ。山ほどあるし、山で言えば富士山くらいの高さがあるよ。あるに決まってんだろ。今は言わないけど、ないわけねえだろ。


「はあ。まあ構わないっすけど」


「きみ、二面性がすごすぎない?」


 二面性というか、さっきまでのきみと今のきみは、本当に一人の人間か? 同一人物とは思えないくらいの変貌へんぼうだったけれど、精神構造になにかトラブルない? 平気?


「べつに。そんなことないと思いますけど。なんか悪いっすか?」


「いや、悪くはないよ……」


「つーか先輩。はっきり聞くっすけど、詩色先輩って、無鳥先輩のなんなんすか?」


 …………きみこそなんなんだよ。


 僕に対してなんでそんな態度なんだよ。


「僕と無鳥は友達だよ」


「ほんとっすか? 狙ってるんじゃないんすか?」


「狙ってねえよ」


「ならいいっすけど。無鳥先輩に手え出したら、ぼくが黙ってないっすから。そのつもりで」


「きみは、なんだ? 無鳥の信者か?」


 得体がしれないんだけど。なんなんだよこいつ。


 超怖えよ。本当に、なんだよ。なんで僕は、軽く見下されてる感じなんだよ。どんなスタンスから僕と喋ってるんだよ、こいつ。


 いやマジで…………。妹のしぃるとは別角度の性格の悪さを感じる。しぃる以外に、ここまで性格悪いやついたのか。広いな世界。


「信者、つーか、ぼくは無鳥先輩を愛してるんで」


 愛してるのか。それはなんとも言えねえな。発表されても、なんか困る。問うたのは僕だが。


「…………無鳥のどこを愛してるんだ?」


「全部っすねー」


「全部なのか……」


「だってえ〜、無鳥先輩は、気高くてえ、美しくてえ、可愛い所もあってえ、後輩にも優しいし〜、スタイル抜群だし〜、今はショートヘアだけどロングも似合うし〜、良い匂いするし〜、スカート似合うし〜パンツスタイルも似合うし〜、ほっぺ舐めたい」


「急に最後、願望をちまけたなっ!」


 無鳥を褒める時だけ、ニコニコしやがって。その笑顔で僕にも接しろよ。演技で良いから、せめて第一印象くらいはその笑顔で来いよ。


 てか、なんだって? は? 気高くて美しい? それ誰の話だ?


 気高い? 無鳥が?


 背高いの間違いだろ。気高い無鳥なんて見たことねえよ。


 あーつまり。この後輩はあれか。なんとなく途中からわかってはいたけど、つまりつまり、百合僕っ娘、ってやつか。

 

 初めて見たよ。実際に目にすると、萌えねえな。


 まあ、この後輩だからなのかもしれないが。


「つーことで、とりあえずよろしくっすー、詩色先輩」


 もしかして、僕に対してだけそのキャラなのかな?


 だとしたら、それがどこまで貫けるのか、少しだけ楽しみになるけど。無鳥が居るときは、僕にどんな風に接してくるつもりなのだろうか……。


「そうか。僕が無鳥と話したりしてたから、殺意を込めて僕を睨んでいたのか」


「殺意とか睨むとか言われると、ぼくのイメージが悪くなるんで、パッションを込めた眼差し、って言ってもらっていいっすか?」


「そのパッションが全部殺意だったじゃねえか! どの立場から僕に意見してんだ! あときみのイメージはすでにだいぶ悪いからな! もう手のほどこしようがないからな!?」


「まあ、詩色先輩からのイメージとか、えぐいくらいどうでもいいんで、いいんすけど」


 なんだろうな。一周回って、なんか親しみやすい気すらしてきた。きっと勘違いかもしれないが。えぐい勘違いかもしれないが。


「まあ、部活は来週からだから、今日はこれで終わりだ」


「おつでーす。あざしたー、あーだる」


 こうして、筆談部に進入部員が加入した。


 怖いくらい濃い奴だった。

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