筆談部。いわゆる謎部活である。

 1


「おお……ふ……」


 晩ご飯にシチューを食って、次の日はチキンカレーを食った翌日の昼休み。


 僕は弁当箱を開けて、思わず声が出た。


 僕の弁当箱は、二段になっているタイプで、上の段がおかず。下の段がご飯——と。そんな感じがほとんどなのだが、しかしこの日のメニューは、一品だった。


 上の段。唐揚げ。


 以上。


 なんていさぎよいお弁当だろうか。


 鶏肉が思いのほか余ったようだ。ついでに言うと、じゃがいももやはり余ったようで、下の段には、ご飯とポテトサラダがフィフティフィフティで、詰め込まれていた。


 ポテトサラダをおかずと言えるのかわからないので、やっぱりおかずは一品だろう。


 てか……唐揚げ。十八個もあるんだけど。


「…………いただきます」


 ともあれ、作ってもらっている僕に、メニューに文句を言う筋合いはないだろうし、唐揚げが嫌いなわけでもないので、大人しくいただくことにした。


 うん。うまいうまい。


 ポテトサラダもうまいうまい。


 でも、量が多い。ポテトサラダって、こんなに食うものだったっけ? って確認したくなるくらいの量だしな。唐揚げも同じく。


 文句を言うことはないが、内心で思うくらいなら許されるだろう——と。僕が内心で文句(ではないなにか)と、唐揚げを咀嚼そしゃくしていると、なにやら隣から視線を感じた。


 ゆっくり隣を向いて見ると、お隣の女の子。はれのちフウチが、僕のお弁当を凝視していた。目が良いのに、度入りのメガネをしているから、めちゃくちゃ凝視していた。


 僕の弁当箱にメンチを切っていた。


「…………唐揚げ、食う?」


 めっちゃ見てることがわかったので、僕はそう声を掛けてみる。


 すると彼女は、タブレット端末に文字を書き書きして、僕に向ける。


『良いの? 大事なおかずを良いの?』


「いや、もしこれが二、三個とかだったら僕の大事な唐揚げだけどそれでも食う? って覚悟を問うけれど、一個食ってもご覧の通りあと十七個もあるんだぞ? これだけあれば、ご飯三杯は食えるだろ」


『じゃあ、唐揚げちょーだい!』


 爪楊枝つまようじみたいなやつ(カラフルなやつ)が弁当箱に入っていたので、それを使って、僕は彼女に唐揚げを渡した。


「どうぞ」


『ありがとん!』


 不意打ちの感謝の文字だった。唐揚げは鶏肉なんだけれども。


『もぐもぐもぐもぐ』


 咀嚼音まで、タブレット端末に書く丁寧さである。


『おいしい! 唐揚げおいしいよ! これが唐揚げ、って誇れる唐揚げだよ!』


 唐揚げが好きなのだろうか? やたらとテンションが上がっているようで、なによりだ。


『じゃあ……』


 と。彼女はタブレット端末に書いて、彼女のお弁当から、サンドイッチを取り出して、僕に渡してきた。


『こーかん!』


 彼女は交換と言っているのだが、僕は好感!


 グッときた……。


「ありがとう……いただきます」


 どうしよう。妹以外の女の子から、サンドイッチをもらってしまった。手が少し震えているぜ。生きていれば、こんな日が来るんだな、って。少し泣きそうになった(マジで)。


 受け取ったサンドイッチを僕は食べた。レタスとチーズとハム。普通のサンドイッチで、普通の味——なのだろうけれど、女の子からサンドイッチをもらった感動で、味がよくわからない。


 僕の舌が謎の麻痺である。


『おいしい……、かな?』


 タブレット端末にそう書いた彼女は、相変わらず僕の目を見ることはないが、なにやら少し緊張しているようにも見えた。まあ、ほとんど顔赤いので、その判断が正しいのか定かではないが。


「うん。おいしい。もし僕にリアクションの才能があれば、服が弾けていたかもしれない味だ」


 感動で味覚が狂っているけれど、僕はそう言った。優しい嘘である(異論は認めない)。


『それは、目のやり場に困るなあ…………』


 冗談が通じなかった。


 普通に返されてしまったぜ。やれやれ、僕もまだまだ、甘い。


「てか、これは晴後さんが作ったの?」


『うん。挟んだだけだけど』


「いや、挟む具材のバランスが最適と言わざるを得ないな。多過ぎず、かつ少なくない。これ、ひょっとして黄金比じゃないのか? まさか今日、黄金比のサンドイッチを口するとは思っていなかったよ。まったく……恐れ入ったぜ……」


『そこまで言われると、こっちが恐れ入っちゃうよ。恐れ多いよっ!』


 恥ずかしそうにしやがって。


 くそう。可愛いじゃねえか。


『もいっこ、リクエストしていーい?』


「ん? なに?」


『ポテサラちょっと欲しい……ダメ?』


「お安い御用だ。好きなだけ食ってくれい」


『わーい! サンドイッチに挟むー!』


 なんだその無邪気さ。


 僕を殺しに来ているのか……?


 顔面の筋力が悲鳴を上げているのがよくわかる。たぶん、今の僕は相当締まりのない顔をしているだろう。萌え死ぬかもしれない。萌え尽きるとでも言っておこう。


『ぎゅむぎゅむ』


 タブレット端末を駆使して、擬音まで書いてくれる優しさ。もう女神に見えて来たんだけど。


 そんな女神……もといメガネ晴後は、サンドイッチに僕のポテサラを挟んで、


『もぐもぐもぐもぐもぐもぐ』


 このもぐもぐである。


 帰ったら、妹に感謝しよう。お前のポテサラは、世界一だと褒め殺してやろう。


 その後、サンドイッチをもう一個もらった。


 本音を言えば、ジップロックにでも入れて、冷凍保存して家宝にしたいところだったが、しかし、


『ポテサラ挟むと味の向こう側が見えるよ!』


 と、書かれて渡されたので、家宝にすることは出来ずに、そのまま食べた。


 スーパーうめえ。


 味の向こう側が果たしてどこなのかわからなかったが、スーパーうまかった。


 そんなお昼を終えて、放課後。


 放課後は、彼女と少しだけ世間話をして、そして帰ることが最近の日課みたいになっていた。


 なので今日も、少し会話をしてから、帰宅。


 これも最近の日課みたいになっていることだが、メガネをしている彼女をリムジンまで護衛するガーディアンをやっている。


 んで、リムジンの前にいるじいや(的な人?)に一礼をして、ようやく帰宅。


 リムジンを見送って、僕も僕の帰宅路に着こう——と。校門から出ようとした瞬間だった。


 葉沼はぬま詩色しいろくん。至急、職員室まで来るように——そんな校内アナウンスが、聞こえた。


「……………………」


 僕、なにもしてないぞ……?


 呼び出しされるようなこと、なにもしてないぞ?


 うわ、なんだよ、なんだよマジで……。


 嫌だなあ。呼び出しとか、嫌だなあ。


「……………………」


 これが、僕が一歩でも校外に出ていれば、知らなかった、という弁が通用するだろうか?


 まだ校内だけど、校外に出ていた——と。お茶目な嘘が通じるだろうか?


 悩むぜ……。


『至急って言っただろ。校門で突っ立ってないで、すぐ来い』


 見てんのかよ。見られてんのかよ。


 そう言われてしまっては、バックレるわけにもいくまい……。


「はあ……」


 やだなあ——と。心底思いながら、僕は職員室までゆっくりとのろのろ歩き出したのだった。

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