珈琲は月の下で/思いつく限り書いてみた短編集

長月瓦礫

珈琲は月の下で ステンレス缶


星のない空に青白い満月が浮かんでいる。

どこも欠けていない、綺麗な円形だ。


「ひさしぶり」


缶珈琲と花束を墓石の前に置く。

彼女が亡くなった知らせが届いたのは、去年の春ごろだった。

ちょうど連休に突入するあたりで、私もちょうど暇だった頃合いだ。


「あいさつが遅くなってごめんなさい。

少しだけ時間が欲しかったんです」


誰にともなく、言いわけをする。

切り替えられるまで、どうしても時間が必要だった。


ひとりになって、落ち着いて考える時間が欲しかった。

あそこを旅立ってから、あてもなくさまよっていた。

長い旅路だった。頭の中を整理している間にも、いろいろなことがあった。


視力も悪くないのに、メガネをかけた。

心を持つロボットがいた。毒舌な死神にも会った。

仲間にはなかなか会えなかったけれど、悪くない時間だったと思う。


「おや? めずらしいですね」


彼は花束と缶ジュースを持っていた。


「初めまして、ですね。私はニコラ・カーミラです」


「どうも。リヴィオ・アメリアです。突然来てすみません」


「ああ、あなたが……エリーゼがよく話していましたよ。

今まで会った中で、一番強い人だったと」


「そう」


それはどういう意味なんだろう。

今となってはあまり嬉しくない言葉だな。


「あいさつが遅くなってすみません」


「いいえ、こうして来てくれただけでも嬉しいです」


黄色の缶が二本並ぶ。

どちらも彼女が好きだった銘柄だ。


「いつもここに?」


「夜は暇ですし、誰も来ませんから」


まったく同じことを考えていたらしい。

誰もいないだろうと思い、この時間に私は足を運んだ。


「……時間がかかりすぎたかもしれない。

せめて、生きている間に顔を出せればよかったんだけど」


「そんなことはないと思いますよ。

彼女が死んで以来、昔の住民たちは誰も来ていませんから」


誰も来なかったのか、本当に。

あれだけ長い時間を過ごしたと言うのに、薄情な連中だ。

それとも、彼らなりのけじめのつもりなのだろうか。


「最期はどうだった?」


「幸せそうでしたよ」


「それなら、よかった」


それ以外に言葉がかけられない。

葬式には何人、来たのだろうか。倉庫は今、どうなっているんだろう。

変なことばかり気にかかってしまう。


「もしかして、あの手紙、あなたに届いたのでしょうか?」


ニコラは思いついたように言った。


「手紙?」


「ご存じないのであれば、気にしないでください。

しまっておいた宝物がなくなっていただけなので」


「それって結構、大事なんじゃ……」


「大したことは書いていないので、別にいいんです。

ちゃんと掃除をすれば、いつか出てくるでしょう」


彼は花束を置いた。

月に照らされて、余計に白く見える。


「あなたさえよければ、エリーゼの友人として招待してもいいですか?」


「今から? もうだいぶ遅いけど、大丈夫なの?」


「まだ起きてると思いますし……どうでしょう?」


またここに、戻っていいのだろうか。

故郷には違いないけれど、その人はもういない。

それでも、ここに守っている人がいる。


「それじゃあ、少しだけ」


思い出をたどっていくか。話も長くなりそうだし。

私はニコラのあとを黙ってついて行った。


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