48話 日の丸

 文化祭2日目。


 快晴の空の下、バスでクラブハウスに向かった。日曜日の朝ということで車内は空いており、1番後ろの席にどっかりと腰掛けた。

 いま、バスに乗っているのは予想外のトラブルに見舞われたから。

 実は昨日の帰りにケッタに乗っていたところ、落ちていた金属片を踏んでしまいタイヤがパンクした。


「昨日から運が悪いな」


 文化祭1日目が終わり、まりあを家まで送ってから帰宅したのだが、その後からとにかくトラブル続きだ。


「まじか」


 昨日からこの言葉を何度言ったことか。

 玄関を開けて廊下の電気のスイッチを押すが明かりは点かず。


 風呂を沸かそうとすれば給湯機の異常を報せるランプが点灯。おかげで近くのスーパー銭湯に行くハメになった。


 朝は珍しく自然に目が覚めたんだけど、時間を確認しようとスマホを見ると真っ暗な画面。よく見ると充電コードが抜け掛かっていた。


「これがアネゴの変化のろいか」


 占いなんて信じてないが、試合前にこうもトラブルが続くとテンションが下がる。


 クラブハウスに着いてからものろいは続く。


 ブチっと先日替えたばかりの靴紐が切れたり、ドバドバっと水筒の蓋が外れてビショビショになったり。


 極め付けは……


 「……ない」


 ホワイトボードのフォーメーションの中に自分の名前が載っていなかった。


 最近はずっとスタメンに名を連ねていたし、調子もよく結果も出ていたからショックは小さくなかった。


 それでも、昨期までのことを思えば今期は出来すぎている。

 

 そう自分に言い聞かせながら、気持ちを切り替えてベンチに腰掛けると、隣で暢気に欠伸をしているレイがいた。


「なにしてんだよレイ。集合かかってるぞ?」


 スタメンはすでにユニフォーム姿でベンチ前に集合がかかっている。それなのにウチのエースはジャージ姿で頬杖つきながらボーっとグラウンドを眺めていた。


「ん? 知ってるけど?」


「いや、知ってるなら着替えろよ」


「は?」


 俺の言葉を理解できないのか、レイの頭の上にはわかりやすく? が浮かんでいるようだった。


「なんだユウ。寝ぼけてるのか? それとも久しぶりのスタメン落ちがショックでコジさんの話聞いてなかったとか?」


 背後からの声に振り返ると呆れ顔の修さんがこれまたジャージ姿で座っている。


「あれ?」


「あれ? じゃねぇよ。天皇杯予選だって始まるからターンオーバーだって言ってただろ。ったく、普段はしっかりしてるのにお前はたまに抜けてるよな」


 ベンチ前のスタメンを見ると若干大きめの背番号が並んでいた。


「あ、あれ?」


「珍しい。彼女できて人間らしくなったんじゃない?」


 頬杖を突きながらレイが僅かに口角を上げる。


「元から人間らしいだろ。とは言え話きいてなかったのは間違いないな」


 そこは素直に反省すべき点だと自覚しながらも、久しぶりのベンチスタートに違和感を感じてる自分に成長を感じた。


 試合は普段試合に出ていないメンバーの奮闘もあり3点リードで終盤を迎え、残り時間10分のところでアップを切り上げてベンチへと戻った。


「よおユウ。いいタイミングで戻ってきたな。次、ウチのコーナーになったら交代な」


 ベンチの前で戦況を見ていたコジさんが、グラウンドを見たまま話しかけてきた。


「……ウス」


 この展開で守備固め? リーグ戦の得失点差を考えてのことだろうか? 

 なんとなく違和感を感じながらもベンチには座らずにストレッチで身体をほぐしていると、ホイッスルの音が耳に届いた。


「行くかぁ」


 同じタイミングでレイも呼ばれ、左足からラインを跨いで前線へ走り寄った。


「9番マーク!」


 ゴール前のポジション争いで相手ディフェンスの注目を集めたのは入ったばかりのレイだった。


 普段なら俺にもしっかりとマーカーがついているところだが、試合終盤のレイとの同時投入ということもあり若干緩めの対応だ。


 キッカーの手が上がりゆったりとした助走から「パンッ」という音とともにニアに低くライナー気味のボールが飛んできた。

 

 ニアのゴールポストにいたレイがマーカーを背負いながら一歩引く。

 俺はゴール正面の密集地帯を擦り抜けてボールに右足を伸ばした。


『ピー!』


 ボールがゴールに吸い込まれ、得点を告げるホイッスルが吹かれた。


♢♢♢♢♢


 文化祭2日目


 ゆーとのいない文化祭。


 昨日同様にウチのクラスは盛況。


「いらっしゃいませ。お二人ですか?」


チア衣装ではなく、今日はクラTで受付に座っている私。


「はいっ! あ、あの相根先輩でお願いします!」


興奮気味に迫ってくるのは1年生だったのね。


 男子中心だった昨日とは一転。今日は朝から女子のお客さんが中心。


 お目当ては……


「もう少し右を狙うといい」


「はっ、はひっ!」


 肩に手を置きながら背後から耳元で囁くみっちゃん。


「そうね。次はもう少し肩の力を抜いてみようか」


「わ、わかりました!」


 グッと拳を握り締めながら太陽のように眩しい笑顔を見せるアヤ。


 我がクラスの誇るかっこいい女子ツートップ、みっちゃん&アヤの応援団風の学ラン姿目当ての女子が、朝からひっきりなしなのだ。


 ちなみに、みっちゃんが今着てる学ランはゆーとの中学時代のものらしい。

 

「みっちゃん、写真、写真撮ろう!」


 学ラン姿のみっちゃんと朝からツーショット写真を撮りまくったことはゆーとには内緒にしておこう。


「はー、すごい混んでるね」


 聞き覚えのある声に顔を上げると、宮園さんが教室内を見渡しながら話しかけてきた。


「あら、いらっしゃい。おひとりさま?」


「そうだね。かっこいい彼氏のいる柘植さんと違っておひとりさまだね」


 悪意のない言葉だったはずなのに宮園さんの表情はわかりやすいくらいにヒクついている。


「あら、気が合うわね。自慢の彼氏なのよ」


 宮園さんの反応がおもしろくて思わず意地悪を言ってしまいたくなるくらいだ。


「あははは。惚気かいマリー」


「……なによ。おひとりさまじゃないじゃない」


「えっ? ……あ〜、あははは。卑屈になりすぎてました。はい。2人でお願いします」


 照れたように笑う宮園さんと光輝くんを案内すると、ちょうど休憩の時間になった。


「真理亜、お疲れ様」


 控え室になっている空き教室にはいると、学ランのボタンを外したみっちゃんがくつろいでいる。


「かっこいい」


 思わず言葉が漏れてしまうくらい自然な佇まい。

 

 ちょっと神さま、みっちゃんになんでも与えすぎじゃないかしら? まあ、そこにはみっちゃんの日々の努力もプラスされているからグゥの音も出ないんだけど。


「ふふっ、ありがとう。どうやら友人ゆうとの試合もハーフタイムの……ん? どういうことだ? スタメンに友人ゆうとの名前がない」


 スマホを見ていたみっちゃんの表情が曇る。


「えっ? ゆーと出てないの? 文化祭休んでまで行ったのに?」


「ああ。そうみたいだ。……いや、ちょっと事情がありそうだ。他の主力も出ていない。今日は控えメンバー中心みたいだ」


 みっちゃんが安堵の表情を浮かべた。


「あ〜、ずっと試合続いてるもんね。今日がたまたま休養日だったのね」


「いまの友人ゆうとがスタメンを外れるのは考えにくいからね。どうやら控えメンバーでも優位に試合を進めてるみたいだ。私たちは心配なく文化祭を楽しませてもらおうか」


 さっと差し出してきた手を握り、私はみっちゃんと文化祭デートを楽しんだ。これって浮気かしらね?



「お疲れ様〜!」


 充実した2日間の文化祭も終わり、後夜祭の準備のためみっちゃんと小倉くんとグラウンドにでると、宮園さんと光輝くんが出迎えてくれた。


「やあ陽菜乃、お疲れ様」


 さりげなく光輝くんを無視したみっちゃんの態度を気にしつつも、私はスマホでゆーとの試合結果を確認した。


「うぉっ! ユートのやつ出場時間5分で点取ってやがる」


 同じタイミングで小倉くんもスマホを見たようで、ゆーとの活躍に驚きを隠せなかったみたい。


「ん? 試合終盤に交代したのね」


 後半35分からの出場で得点したゆーと。


 これだけでも十分な驚きだったのに……。


「おいっ! ユート、代表候補に選ばれてやがる!」


 小倉くんと光輝くんはハイタッチで喜び、みっちゃんは大事そうにスマホを胸に抱きしめながら空を見上げ、宮園さんは……人目も憚らずに号泣した。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る